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第32話 護衛任務(前)


 ギルドの一角には、今回の商隊護衛に参加する冒険者たちが集まっていた。


 俺たちを除けば、二組。


 一組は、男三人のパーティ。

 もう一組は、男女四人のパーティだった。


 最初に声をかけてきたのは、男三人組の方だった。



「お、あんたらが追加の護衛か。よろしく頼むよ」



 柔らかい笑みを浮かべたヒュームの男が、軽く手を上げる。



「俺はアセム。斥候をやってる。先行、索敵、道中の確認が主な仕事だな」



 見るからにベテランだ。

 年齢は三十代半ばくらい。物腰も慣れていて、こういう顔合わせを何度もこなしているのが分かる。



「ゴズキだ。槍使いだな。前に出て、寄ってきた奴を叩き潰す」



 隣のワーウルフが、牙を見せて笑う。

 体が大きい。槍も長い。前衛としては頼れそうだった。


 ただ、ちょっとエマを見過ぎだ。

 ほら、フードを深く被り直しちゃったじゃないか。



「ザナックです。薬師をしています。回復薬の調合、簡易治療、毒や麻痺への対処もできます」



 最後の男は、丁寧に頭を下げた。


 薬師がいるのはありがたい。

 戦闘で怪我をすることもあるだろうが、六日の道中となれば、体調不良や毒虫、食あたりの方が厄介な場合もある。



 【安息の黄金】



 名前の印象どおり、落ち着いた護衛向きのパーティに見えた。





 続いて、もう一組。



「レイモンドだ。剣士で、蒼き雷鳴のリーダーをしている。基本は前衛。状況によっては馬車側の防衛にも回る」



 若い男だった。

 だが、声に浮ついたところはない。



「ペラートだ。魔法使い。雷と火が得意だが、馬車の近くでは威力を絞る。巻き込みは避けたいからな」



 エルフの男が、少し胸を張って言う。

 高慢そうではあるが、言っている内容はまともだ。火力を誇るだけでなく、使えない場面まで先に言うあたり、実戦慣れしている。



「オーナ。弓と追跡。耳もいいから、斥候も少しならできるよ」



 ビーストの女性が、軽く手を上げる。

 サバサバした口調だが、目はよく動いていた。相手の武器、立ち位置、馬車との距離。そういうものを自然に見ている。



「メリンダです。ヒーラーを担当しています。怪我や疲労があれば、早めに言ってくださいね」



 最後に、ヒュームの女性が丁寧に頭を下げる。

 しっかり者という印象が強い。声も穏やかで、安心感がある。


 そして、胸が大きい。否。めちゃくちゃ大きい。


 いや、見るつもりはない。

 だが、目立つものは目立つ。


 エマは───俺をにらんでいるな。うん。



『視線制御を推奨します』


(分かってるよ)



 俺は軽く咳払いをして、一歩前に出た。



「アキラだ。剣を使う。前衛もできるが、状況によっては遊撃に回る」


「エマよ。魔法を使うわ。攻撃もできるけれど、精密な制御や補助の方が得意ね」



 エマの自己紹介は簡潔だった。


 顔合わせとしては、特に問題ない。

 どちらのパーティも役割がはっきりしているし、人数のバランスもいい。前衛、斥候、火力、回復、薬師。護衛任務としては、かなり安定した編成に見える。


 ただ、エマは少しだけ距離を取っていた。



「どうした?」



 小声で聞くと、エマは一瞬だけ安息の黄金の方を見た。



「・・・少し、苦手かもしれないわ」


「相性の問題か?」


「たぶん、そう。悪い人たちだと言いたいわけじゃないの。ただ、ちょっと視線が嫌というか、少し距離を置きたい感じがするだけ」


「まぁ、見過ぎなのは傍から見ていても分かった」



 俺には、そこまで強い違和感はなかった。

 だが、エマがそう感じるなら距離は取るべきだろう。


 人付き合いにも相性はある。


 それに、長旅だ。無理に仲良くする必要はない。



 自己紹介が終わったところで、商隊長が前に出た。


 年齢は五十前後だろうか。日焼けした顔に深い皺があり、服装は派手ではないが、よく手入れされている。現場をよく知る商人、という印象だった。



「今回の護衛、引き受けてくれて感謝する。目的地は交易の中継都市ブリンバン。ここから馬車で六日ほどかかる」



 商隊長が地図を広げる。



「運ぶ品は、主に食料品と衣料品だ。保存の利く穀物、干し肉、布地、簡易な衣服。ブリンバンは中継都市だからな。こういう品はいくらあっても困らん」



 食料品と衣料品。


 高級品というより、生活物資だ。

 だが、量があれば十分な価値になる。盗賊や魔物に狙われる可能性はあるだろう。



『荷台内部をサーチ。申告品目以外の貴金属を確認』


(何だ?)


『宝石類。量は限定的です』


(隠し荷か?)


『断定不能。商取引用の決済資産、予備資金、または護衛に公開していない高額品の可能性があります』



 まあ、商人が荷のすべてを護衛に話すとは限らない。

 それ自体は不自然ではないだろう。



(念のため、荷のリストを作っておいてくれ)


『了解。積載物の推定リストを作成。以後、変動を監視します』



 これで、少なくとも荷物の増減には気づける。

 マジックバッグの時にも思ったが、アルの管理能力は便利すぎる。便利すぎて、俺が雑になりそうで怖い。



「出発する!」



 商隊長の声で、馬車が動き出した。


 車輪が石畳を鳴らし、やがて街門を抜ける。


 ヴェルクハーフェンの喧騒が背後に遠ざかり、土と草と馬の匂いが強くなっていく。


 護衛任務。


 言葉にすれば地味だが、商人が物を運び、冒険者がそれを守る。こういう仕事があるから街と街が繋がっているのだと思うと、ただの移動にも少し違う重みが出てくる。


 昼前までは、何事もなく進んだ。


 荷を満載した馬車の速度は遅い。歩く速度に合わせて進むため、派手な戦闘よりも退屈との戦いに近い。とはいえ、油断はできない。街道沿いには茂みも林もあり、魔物が潜む場所はいくらでもある。


 昼休憩は、小川の近くで取ることになった。


 馬に水を飲ませ、荷台を確認し、簡単な食事を済ませる。食料品を運んでいるだけあって、商隊側の食事は悪くなかった。硬いパンと干し肉だけではなく、豆の煮込みのようなものまで出てきた。



「護衛にちゃんと飯を食わせる商隊は信用できるな」


「そこなの?」



 エマが少し笑う。



「大事だろ。腹が減ってると判断が鈍る」


「それは否定しないわ」



 食事を終え、再び出発してしばらくした頃だった。



『複数の生体反応を検知。前方右手、茂みの奥。数、二十一』


(魔物か?)


『体格、移動速度、装備反応から、小型亜人族の可能性』



 アルの警告とほぼ同時に、オーナの耳がぴくりと動いた。



「右!」



 短い声。


 次の瞬間、茂みを突き破って小柄な影が飛び出してきた。


 犬に似た顔。粗末な革鎧。錆びた短剣や棍棒。



「コボルドだ!」



 誰かが叫ぶ。


 数は多い。


 だが、統率は低い。食料品の匂いに釣られて飛び出してきた、と考えるとしっくりくる。



「馬車に近づけるな!」



 レイモンドがすぐに前へ出る。


 俺もその横に並んだ。


 最初の一体が棍棒を振り上げて飛びかかってくる。


 半歩ずれて、首筋を斬る。


 血が飛び、コボルドが地面に崩れた。


 ゴズキは槍を大きく振るい、二体まとめて吹き飛ばしていた。力任せだが、威力はある。前衛としては普通に頼もしい。


 ペラートの雷が走る。


 馬車から離れた位置にいたコボルドだけを正確に焼き、火花が草の上で弾けた。火を使うと言っていたが、この場では雷を選んだらしい。荷や草に燃え移る危険を避けたのだろう。


 オーナの矢は静かだった。


 弓弦の音がしたと思った瞬間には、コボルドの喉に矢が刺さっている。逃げようとした個体も、背中から射抜かれて倒れた。


 エマは大きな魔法を使わなかった。


 近づいてくるコボルドの足元を土で絡め、動きが止まったところをレイモンドが斬る。派手ではないが、前衛としてはかなり助かる。


 数分もかからなかった。


 最後の一体が逃げようとしたところを、オーナの矢が仕留める。


 街道に静けさが戻った。



「助かった。さすがだな」



 商隊長が胸を撫で下ろす。


 危なげはなかった。


 蒼き雷鳴は安定している。安息の黄金も、少なくとも戦闘だけ見れば頼れる。

 特にゴズキの槍術はかなりのものだ。


 そのゴズキが槍を肩に担ぎ、つまらなそうに笑った。



「へっ、雑魚が! 食後の運動にもならねぇや」



 荒っぽいが、まぁ冒険者らしいと言えばらしい。

 ただ、チラチラとエマを見るのはやめて欲しい。


 ザナックは倒れたコボルドを見下ろし、肩をすくめた。



「肉は食えないし、毛皮も価値無し。魔石も小さい。こんなゴミ、まとめて燃やしてしまいましょう」



 少し、言い方がきつい。


 だが、襲ってきた相手だ。討伐対象の魔物や亜人族を、いちいち悼む冒険者の方が少ないのかもしれない。


 俺はエマの方へ近づいた。



「なあ」


「何?」


「亜人族って、ヒト族と何が違うんだ?」



 エマが一瞬、目を丸くした。



「あなた、そんなことも知らないの?」


「知らん。コボルドも見た目だけなら、ビーストやワーウルフと何が違うのか分かりにくい」



 俺の感覚だと、どちらも獣人系に見えなくもない。


 だが、この世界では明確に区別されているようだった。


 エマは少しだけ考えてから、声を落とした。



「亜人族は、ヒト族と意思の疎通ができないわ。言葉を覚えることも、交渉することも基本的には不可能とされている」


「知能が低いってことか?」


「種類によるわ。ただ、少なくとも社会的な約束を結ぶ相手ではない、という扱いね」



 なるほど。

 単純な外見ではなく、意思疎通と社会性の問題らしい。



「それから、ヒト族と交わった場合、必ず亜人族が生まれる」


「交わった場合って・・・」



 思わず聞き返す。

 エマの表情が、はっきりと冷えた。



「有名なのはゴブリンやオークね。ヒト族の女性をさらっては、種を植え付ける。壊れても、廃人になっても、産ませ続ける」



 声が低い。

 怒りを抑えているのが分かった。



「女性の敵よ」


「お、おう・・・」



 思ったより強い反応に、少し引く。


 だが、内容を考えれば当然だ。


 ラノベ知識ではよくある設定として見たことがある。けれど、それがこの世界の現実として語られると、温度がまるで違う。


 娯楽の設定ではない。


 被害がある。


 だから憎まれている。



「だから、亜人族は基本的に討伐対象なの。ビーストやワーウルフとは違うわ。彼らは会話ができるし、社会を作り、約束も守る。ヒト族と同じ側にいる種族よ」


「なるほどな」



 ようやく整理できた。


 この世界の分類は、俺が思っていたよりずっと実務的で、同時に生々しい。



「それにしても聞いたのが私でよかったわ。ゴズキさんに聞いていたら、間違いなく殴られていたわね」


「以後気を付けます・・・」



 確かに、ワーウルフのゴズキにコボルドと何が違うんだ、などと言ってしまったら確実に激高しただろうな。気を付けよう。



『亜人族に関する現地認識を記録』


(今はそれでいい)



 コボルドの死体は、街道から少し離れた場所で焼かれた。


 焦げた毛と肉の臭いが、しばらく空気に残った。


 その臭いを背に、商隊は再び進み始めた。





△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼





 最初の野営地に着いたのは、日が傾き始めた頃だった。


 街道から少し外れた広場のような場所で、周囲には低い木々が並んでいる。過去にも商隊が利用しているのだろう。地面はある程度ならされ、古い焚き火の跡も残っていた。


 馬車を円形に寄せ、外側を荷台で囲む。


 荷物を降ろす者、馬の世話をする者、火を起こす者。商隊の人間たちは手慣れていて、こちらが口を出す必要はほとんどなかった。


 護衛側は、周囲の確認と夜番の割り振りだ。


 初日の夜は、安息の黄金が前半、蒼き雷鳴が中盤、俺たちが後半という形になった。


 夕食後、焚き火の明かりから少し離れた場所で、エマが俺に向き直る。



「あなた、先日魔法を使っていたわよね?」


「ああ」


「少しだけ、魔力操作を見ましょうか。どうせ基礎も学んでいないんでしょう?」


「頼む」



 昼間の戦闘では剣を使ったが、魔力の感覚も少しずつ掴めてきている。マジックバッグの修復で無理やり魔力を流したのも、感覚を掴むきっかけにはなった。


 ただ、独学は危ない。


 その点、エマは容赦なく基礎からやらせてくれる。



「まずは瞑想。呼吸を整えて、体の中を流れる魔力を探すの」


「体内の血流を感じるみたいなものか?」


「似ているけれど、違うわ。血よりも曖昧で、意識を向けると形が変わる」


「面倒だな」


「魔法は面倒なものよ」



 エマは当然のように言う。


 俺は目を閉じ、呼吸を整えた。


 焚き火の音。馬の鼻息。遠くで誰かが荷物を動かす音。夜の草が風に揺れる音。


 その奥に、自分の中を流れるものを探す。


 最初は分からない。


 だが、完全に何もないわけではない。


 かすかな温度のようなものがある。



「・・・あるな」


「そう。それを無理に動かそうとしないで。まずは、どこにあるかを覚えるの」


『主観感覚を同期。微弱な魔力変動を感覚として検知確認』


(補助は少なめで頼む。自分で掴みたい)


『了解。補助量を低下。観測は密に』



 エマの声に従いながら、ゆっくりと魔力を感じていく。


 こういう時間は、不思議と悪くない。


 未知の技術を学んでいる感覚に近い。魔法という言葉の響きはファンタジーなのに、やっていることは精密な身体制御にも似ている。


 頭はSF、心はファンタジー。


 我ながら忙しい。



「今、少し動いたわ」


「分かるのか?」


「分かるわ。まだ粗いけれど、最初にしては悪くない」


「そりゃどうも」



 エマに褒められると、少しだけ嬉しい。


 そんな穏やかな夜だった。


 少なくとも、俺はそう思っていた。



『定期チェック。積載物に変動を確認』



 アルの声が、静かに割り込んだ。



(何?)


『食料品の一部が減少。布地一束の位置が移動。小型貴金属反応の一部が荷台外へ移動後、消失』



 目を開ける。


 焚き火の向こうでは、見張りの冒険者がゆっくりと歩いている。商人たちは眠り、馬も落ち着いている。


 一見、何も起きていない。



(盗難か? いつだ? 犯人はわかるか?)


『可能性が高いと推定。一時間前の定期チェックでは検出されませんでした。ただし、現段階では実行者の断定不可』


(誰が見張りだった?)


『現在の見張りは安息の黄金。周辺に複数の死角があります』


(ナノマシンは散布していなかったのか?)


『材料不足で運用は限定的。大部分を外側に向けて探知していました』



 まあ、警戒するなら外側だよな。


 そこで、ようやく疑念が形になった。


 最初から怪しかったわけじゃない。


 だが、荷が消えた。


 見張りの時間と重なった。


 それなら、疑う理由になる。


(記録は?)


『映像、熱源、荷物移動経路を保存済み。ただし、直接的な犯行映像は不完全です』


(十分だ。明日、レイモンドに相談する)


『了解』



 俺は顔を上げた。


 エマがこちらを見ている。



「どうしたの?」


「少し、気になることができた」


「今、話せること?」


「まだ確定じゃないが、安息の黄金に疑うべき動きがあった。明日、確認してから話すが、エマも気にしておいてくれ」


 エマは少しだけ目を細めたが、それ以上は聞かなかった。


「分かったわ」


 夜は静かだった。


 だが、その静けさの中で、荷物は確かに減っていた。





△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼






 翌日は、比較的安定した道中だった。


 小型の魔物や、ファングウルフの群れが出たが、護衛がこの人数なら脅威にはならない。レイモンドが前を押さえ、ゴズキが横から突き崩し、オーナが逃げ道を潰す。ペラートとエマが必要な場所だけ魔法で補助すれば、戦闘はすぐに終わった。


 昼過ぎ、休憩のタイミングを見て、俺はレイモンドに声をかけた。


「レイモンド。少し話せるか」


「ああ」



 馬車から離れすぎない位置で、俺は昨夜の件を伝えた。


 レイモンドの顔が、少しずつ険しくなる。



「確証は?」


「荷の移動記録はある。ただ、犯人を直接見たわけじゃない」


「誰の見張りの時だ?」


「安息の黄金」



 レイモンドはすぐに否定しなかった。

 それだけで、まともな判断ができる人間だと分かる。



「分かった。今夜、動きがあれば確認する」


「オーナは追跡は得意か?」



 少し離れた場所で矢の手入れをしていたオーナが、耳だけこちらに向けた。



「聞こえてるよ。追跡なら任せて」


「危険はある」


「だから、見つからないように追うんでしょ」



 オーナは軽く笑った。


 頼もしい。




 その夜。


 空気は冷えていた。


 焚き火の火は小さく落とされ、商隊は眠りについている。最初の見張りの当番は、安息の黄金だった。


 アセムが一人、焚き火から離れる。


 足音は小さい。見張りの巡回に見えなくもない。


 だが、進む方向が少しおかしい。


 街道の外。林の奥。


 オーナが静かに立ち上がった。



「行く」



 それだけ言って、闇に溶けるように消えた。






 俺たちは待つしかなかった。


 時間が、妙に長く感じる。


 焚き火の薪が小さく爆ぜる音だけが聞こえていた。


 やがて、オーナが戻ってきた。


 顔が険しい。



「黒だよ」



 その一言で、空気が変わった。


 レイモンドが低く聞く。



「何を聞いた?」


「盗賊と会ってた。道の先に待機してる連中と繋がってる。荷を少しずつ抜いてるのも、安息の黄金で間違いない」



 メリンダが息を呑む。


 オーナは続けた。



「それだけじゃない。襲撃の段取りも話してた。任務失敗に見せるつもりらしい」


「方法は?」


「薬。睡眠、麻痺、毒。ザナックが使うって」



 レイモンドの手が、剣の柄に触れた。



「全員を動けなくして、盗賊に襲わせる。荷は全部奪う。生き残るのは安息の黄金だけ。命からがら逃げた、ってことにするつもりみたい」



 焚き火の光が、メリンダの顔を照らしていた。


 青ざめている。


 だが、オーナはそこで言葉を止めなかった。



「それと・・・エマとメリンダを生かして連れていく話をしてた。奴隷として売るって。久しぶりの上玉だから皆で味見をしようって、下卑た目で笑ってた」



 空気が凍った。


 エマの表情が消える。


 メリンダは唇を噛んだ。


 俺の中で、何かが静かに冷えていく。


 最初は、ただの相性の問題だと思っていたが・・・



 今はっきりと分かった。


 安息の黄金は、俺たちと同じ護衛ではない。


 敵だ。



「どうする?」



 レイモンドが俺を見た。


 若いリーダーの目ではなかった。


 今ここにいる者を守るために、判断する者の目だった。


 俺はゆっくり息を吐いた。



「全員に共有する。商隊長にも話す。ただし、すぐには騒がない」


「理由は?」


「向こうには凄腕の薬師がいる。十中八九俺たちを薬で潰すつもりなんだろ。なら、そうして油断したところで仕掛ける。そこを押さえれば、言い逃れできない」



 レイモンドが頷く。



「同感だ」



 エマが静かに口を開いた。



「アキラ」


「分かってる」



 声が、自分でも少し低かった。



「誰も連れていかせない」



 夜はまだ深い。


 焚き火の火は小さく、周囲は静まり返っている。



 だが、その静けさはもう、穏やかなものではなかった。


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