第31話 マジックバッグ
商隊護衛の出発は、明後日。
ギルドでの手続きも終わり、依頼の詳細も確認した。
あとは準備を整えて、当日を待つだけだ。
――そのはずだったのだが。
「・・・多くないか?」
必要なものを書き出したリストを見て、思わず呟いた。
食料、水、予備の衣類、簡易な野営道具、ロープや油といった消耗品。
これまでの移動では、必要最低限しか持っていなかったが、今回は事情が違う。
片道六日。
しかも商隊護衛。
途中で補給できるとは限らないし、何かあった時に余裕があるかどうかで、生存率が変わる。
(持てるなら、持っていくべきだな)
ただし問題がある。
量だ。
普通に持てる量ではない。
俺は、壁際に立っているエマに視線を向けた。
「エマ」
「何?」
「買い出し、頼めるか」
エマは少しだけ目を細めた。
「あなた、こういう時だけ遠慮なく人を使うのね」
「信用してるってことだ」
間。
小さくため息をつく。
「・・・そう言えば何でも通ると思ってない?」
「通ってるだろ」
「否定はしないけど」
呆れたように言いながらも、差し出したメモを受け取る。
一瞥しただけで大体のことは頭に入ったらしい。さすがだ。
「夕方までには戻るわ。何か追加があれば、帰ってから聞く」
「頼む」
玄関に向かって歩いていたエマが扉に手をかけて振り向く。
「夕食、期待してるわよ」
エマはそのまま部屋を出ていった。
扉が閉まり、部屋に静寂が訪れる。
俺はゆっくりと息を吐いて、床に置いたバッグに視線を落とした。
マジックバッグ。
正確には――壊れたマジックバッグだ。
中古で安く出回っている理由は単純で、修理がほぼ不可能だからだという。
だが、構造は残っている。
残っている部分は比較できる。
つまり、解析の材料にはなる。
(やるか)
『解析未完了。現段階での修復作業は推奨しません』
即答だった。
「分かってる。でも、時間が足りない」
商隊護衛は二日後。
それまでに持ち運びの問題を解決できるなら、それに越したことはない。
「完全に理解してから、なんてやってたら間に合わないだろ」
『リスクが高い行為です』
「ゼロじゃないならやる。どうせ安物だ」
アルは一瞬だけ沈黙した。
『・・・解析しつつ補助を行います』
「助かる」
俺は床に座り込み、マジックバッグを手に取った。
内側に刻まれた魔法陣。
断線。歪み。焼け跡。
素人目にも分かるくらい、状態は悪い。
だが、完全に消えているわけではない。
“何か”は残っている。
「アル、時空間系の知識、突っ込めるだけ頼む」
『了解。関連知識をインストールします』
次の瞬間、頭の奥に情報が流れ込んできた。
頭の中から外側に圧力がかかる感覚。
「ぐっ・・・」
量が多すぎる。
空間位相、局所固定、次元干渉、エネルギー供給――
理屈としては理解できる。
だが、それを「使える」レベルではない。
「・・・入ったけど」
『数理モデルの知識量が不足しています。理解度は限定的です』
「だろうな。それもインストールできるか?」
『一度に大量のインストールは、脳への負担が大きいので非推奨』
「うーん、じゃ、これでやるしかないか」
完全な理解ではない。
だが、何も知らない状態よりはマシだ。
俺は魔法陣を指でなぞった。
「これ、完全に独立してるわけじゃないよな」
『続けてください』
「中にあるエネルギー源から魔力を引っ張ってきてる。たぶん魔石。あと、周囲の魔素も取り込んでる」
断線部分に触れる。
「で、この辺りで流れが途切れてる。なら、とりあえず繋げてみるか」
『論理的根拠が不足しています』
「ヤマカンだ。それで流れを見るんだよ」
『非推奨です』
「でも何かがわかるぜ。やらないと何もわからない」
アルは数秒沈黙した。
『補助精度を上げます』
「それでいい」
俺はゆっくりと魔力を流した。
流れを順に追っていく。
ここは・・・流れが粗い。
だが、感じられる。
引っかかる場所を探る。
・・・歪み?
一度中止する。
「ふぅ・・・」
魔法陣を書き換え、今度は更にゆっくり魔力を動かしていく。
そこにアルが補正をかける。
『出力を制限。流量調整』
魔力が、細く流れる。
先ほど歪みを感じた場所を探る。
ここをこうして、と・・・
空間が、わずかに歪む。
――いけるか?
次の瞬間。
嫌な音がした。
内側から押し潰されるように、バッグが歪む。
弾ける。
「・・・あ」
形が崩れ、革が散らばり、そして――
『対象、機能停止』
「いやー、今のは惜しかったな」
『いえ、控えめに表現しても失敗です』
「むぅ」
苦笑する。
だが、手応えはあった。
どこで崩れたか、感覚として残っている。
『構造解析を更新。再試行を推奨』
「もう一個いくか。次はもっと慎重に、な」
二つ目のバッグを手に取る。
またゆっくり、時間をかけて同じように魔力を流していく。
だが、今度は違う。
『流量をさらに低下。断線部を仮想回路で補完』
魔力が、細く、しかし確実に巡る。
歪みが、安定する。
『安定率、低。容量、大幅低下。危険度、中』
「つまり?」
『限定的な使用は可能です』
息を吐く。
「・・・キタな」
近くにあった木箱を掴む。
袋の口を開き、押し込む。
――消えた。
一瞬、理解が遅れる。
手を入れる。
触れる。
引き出す。
出た。
「すげぇ!」
『空間収納機能の限定復旧を確認』
「マジかよ・・・」
もう一度試す。
毛布を入れる。
消える。
「うおぉ! マジかよ!!」
毛布を取り出す。
問題ない。
「これ、普通に使えるな」
『容量は約二立方メートルと推定』
「十分すぎるだろ」
思わず笑った。
その時だった。
「ただいま――」
扉が開く。
エマが入ってきて、動きを止めた。
床に散らばる革と、俺の手元を見る。
「はぁ・・・何をしているの?」
俺はバッグを持ち上げた。
「見ろ」
「・・・何を?」
「マジックバッグ、復活した」
間。
「・・・え?」
ゆっくりと近づいてくる。
「壊れていたでしょう、それ」
「一個完全に壊したけどな」
「壊したの!?」
「その代わり、これができた」
木箱を入れる。
消える。
取り出す。
エマの目がはっきりと変わった。
「うそ・・・本当に、空間が・・・」
「だろ?」
エマはしばらく黙ってバッグを見ていた。
やがて、顔を上げる。
「普通、壊れたマジックバッグは直せないわよ」
「俺は普通じゃないからな」
「知ってる。けどそういう問題じゃないわ」
小さく息を吐く。
だが、口元は少しだけ緩んでいる。
「・・・とんでもないことをしている自覚はある?」
「ある」
「ならいいわ」
エマは軽く首を振った。
「けど・・・これがあれば、運搬はかなり楽になるわね」
「そのためにやった」
『収納物リストを作成。以後、出納履歴を記録します』
(そんなこともできるのか)
『盗難検知にも利用可能です』
エマがこちらを見る。
「これで大きな荷物をかなり減らせるわね」
「だな」
俺たちは顔を見合わせた。
出発の準備は整った。
あとは、やるだけだ。
「アキラー。お腹がすいたわー」
「おう」
今日はちょっと豪華にしよう。
そう決めた。




