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第22話 異世界、日本人。導き出される結論は

 井戸の縁に桶をかける。


 縄をほどき、落とす。

 水に当たる鈍い音。少し待って、引き上げる。


 ズシリと重い。


 腕に食い込む感触をそのままに、母屋まで運ぶ。

 半分ほどでちゃぽんと音を立て、水が縁からこぼれた。


 足元に落ちる。


 地面に吸われる。



「・・・この辺に住んでる人はいつもこれをやってるのか」



 思わず漏れる。


 背後でエマが肩をすくめた。



「普通よ。この辺だけじゃないわ」


「普通か」



 水をためておく甕にジャーっと流し入れる。



「こう、水魔法でジャーっと・・・」


「トランスレイスは普通ではないわ」


「それじゃ、魔道具で・・・」


「金持ちしか買えないわね」


「そうか」



 もう一往復。

 同じことの繰り返し。

 身体強化されているこの体では疲労を感じないが、一般の人にとっては大層な重労働になるだろう。


 桶を置く。


 少し考えて、息を吐いた。



「ふーむ、それじゃ水回りもやっちゃいますか」


「水回り? なにそれ。どうするの?」



 エマが首を傾げる。



「まず、自動で水を揚げる」


「は?」


「で、管を通して水を分配する。水を使う場所全部に行きわたらせる」


「・・・どういうこと?」


「蛇口をひねれば水が出るようにする」


「意味が分からないわ・・・」


『一般家庭に常設給水設備はほぼ存在しません。上位階級は魔道具で代替しています』


「・・・そういうことか」


「何を一人で納得してるのよ」



 呆れたように言いながらも、視線は井戸と母屋を行き来している。


 止める気はない。


 アキラは地面にしゃがみ込み、木の棒で線を引いた。



「井戸がここ」



 丸を描く。



「で、一回持ち上げてここに溜める」



 横に四角。



「そこから落とす。台所、洗面、風呂、水を使う場所に流していく」



 線を三方向へ伸ばす。


 エマは黙って見ていたが、すぐに別の場所を指した。



「ちょっと待って」


「ん?」


「出した後はどうするの?」


「外に流す」


「どこに」



 間髪入れずに返される。

 アキラは一瞬だけ黙り、図の外側に線を引いた。



「いったん外に・・・」


「そのまま?」


「・・・」



 考える。


 確かに、そのまま流したのではトラブルになりそうだ。

 臭いも含めて。



(排水、そのままじゃまずいな)


『浄化槽の設置を推奨します』


(できるのか?)


『当然です』


「・・・いったん排水はここに集める」



 線を引き直す。



「で、きれいにする」



 エマが目を細めた。



「・・・なんですって?」


「だから、汚水をきれいにして、それから外に流す」


「どうやって? まさか浄化の魔道具でも買うつもり? 十万ガルドはするわよ?」


『魔道具! 気になります』


(気にすんな)


「いや、微生物っていう小さい生き物に食わせて、きれいにする」


『いえ、正確にはナノマシンを用いて分離した有害物質を、ローエングラム式の光触媒を通じて分子レベルで──』


(そんな説明できるか!)


「スライムみたいなもの?」


「まぁ近いかな」


『否、全然違います』


(いいんだよ!)


「まぁ、任せろ」



 さらに線を調整する。



「洗面と風呂はまとめる」


「それはそうね。水使う場所は近い方がいい」



 小さく頷いた。そして目を細める。



「でも・・・本当に作るつもりなのね」


「当然だ」




「さてと、まずは揚水だな」



 てきぱきと屋根にタンクを取り付けていく。

 タンクの内部は、ナノマシンにより腐敗を防ぐためのコーティングが施されていく。



(井戸から直接引けるか?)


『可能です。ですが、生水は危険です。まずは濾過装置を通し、煮沸、冷却をして密閉したタンクにためておきましょう』


(そんな事できるの!?)


『可能です』


(さすがだぜ、相棒)



 心の中で短くやり取りし、作業に入る。


 屋根に取り付けたタンクユニットを完成させる。

 ほとんどナノマシンによる作業で、謎の装置がその場で生成され取り付けられていく。どうなってんだコレ・・・




 次に井戸。


 まず、井戸自体を完全に囲ってしまう。

 その上にポンプユニットを設置。細かい加工はほとんどナノマシン任せだ。俺は位置と構造を決める。

 集めておいた潰れた鎧などの鉄くず、その他AIが集めてきた謎の金属片でどんどん配管ができていく。

 ひとまず屋根のタンクに接続された。


 その先に濾過層。


 粗い砂、細かい砂、布・・・その程度を想像していたが、出来上がったのはフィルター交換式の濾過器だった。


 ・・・これ、他人に見せたら面倒なやつだな。



『試運転を開始します』



 シューンとポンプユニットから音がして、管の中を水が流れる音がした。

 意外と静かだ。悪くない。


 そこでエマに肩を叩かれた。



「アキラ、ちょっと外に出てくるわね」


「ああ」


『トイレですね』


「わかっとるわ!」


「突然何よ・・・変な人」



 しまった、声に出た。

 まあいい。気を取り直して作業を続ける。



「次はタンクから家中に配管を通す」


『希望から設計図を作成──完了。配管の作成を開始します』



 壁の一部がぼんやり光ったかと思うと、スーッと管のようなシルエットが浮かび上がり、徐々に厚みが増して、あっという間に管が形成されていく。



「すげぇな。それしか言えねぇ」


『原始的な作業です。驚くには値しません』


「俺からすると驚きなの。ナノマシン、すげえんだな」



 配管が出来上がる頃、エマが戻ってくる。



「何よコレ・・・」


「お帰り。ちょうどできたところだ」


「もう何も突っ込まないわよ。で、これは何なの?」


「見てろ」



 そう言って栓をひねると、管から水が噴き出した。


 それをカップに入れ、栓を閉じる。



「水・・・!?」


「ああ、井戸から水を揚げて、あのタンクにためてる。で、これをひねると水が出てくるってわけだ」


「これは・・・画期的だわ」


『煮沸、冷却も完了しています』


(お、それじゃ試しに飲んでみるか)



 そうしてカップに口をつけようとすると・・・



「!? ちょっと! まだ煮沸してないでしょ!?」



 腕をつかんで止めるエマ。



「大丈夫だって。あのタンクの横についてるユニットで、濾過、煮沸、冷却して、それから溜めてるの」


「は?」


「いやだから・・・」


「魔道具なの?」


「魔道具じゃない」


「じゃあ・・・もういい、やっぱり聞かない。けど、そのまま飲めるのね?」


「そうだ」



 俺はそのままゴクっと一口。


 ・・・美味い。



「こんな美味い水、初めて飲んだぞ」


「・・・ちょっと私にも飲ませなさいよ」



 そう言ってカップを奪ってエマも飲む。



「~~~~!!」


「すごいだろ?」


「・・・認めるわ。こんな水、初めてよ・・・」


「これから毎日飲めるんだぜ」


「毎日・・・」



 これからの生活に少し思いをはせる。



「これで風呂も行けるな!」


『無理です』


(なにぃッ!?)



 即座に否定される。



『数日で井戸水が枯渇します』


(あー、なるほど。水源の問題か)


『使用量が補給量を上回ります』


「なるほどなぁ・・・」


「また一人でいろいろな顔をして・・・どうしたのよ」


「足りない」


「何が?」


「風呂に湯ををためるには、井戸水じゃ全然足りない」


「・・・まぁ、そうでしょうね。で、どうするの?」



 決まっている。答えは一つだ。



「買うぜ」


「え?」


『給水の魔道具!!』


(そうだ。行くぞ!)




 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




『フンフフ~ン』



 今、俺たちは魔道具店にいる。


 なぜか俺より浮かれているAIがウザすぎる件。



『初の魔道具ですよ!? ワクワクするに決まってるじゃないですか!』


(お前AIだろうが!)


『AIだってワクワクするときはするんですー』



 お前、こんなキャラだったか!?



 

 店員に案内してもらって、給水の魔道具を手に取る。


 水筒型、ケトル型、いろいろな形状のものがあるが、今回はこれだ。

 筒形。一方に魔石を取り付けるところがあり、ここに水の魔石を乗せる。

 そして、無属性の魔石を使うスイッチユニットを使えば、遠隔操作でオンオフできる優れものだ。


 お値段なんと、値切って値切って小金貨10枚。

 日本円にして、約300万円だ。


 それを即決で買う。


 お風呂に入るという経験──プライスレスッ!!



「あなた、わかってるの? それ、貴族の設備よ」


「そうなのか?」


「普通の家で入れるものじゃないわ」



 だが、完全には否定しない。



「井戸だけじゃ水が足りない」


「・・・それはそうだけど」



 エマはなかなか納得できないようだ。

 だがきっと、風呂に入ればいいものを買ったのだと理解するだろう。



「そもそも、風呂だって大貴族の屋敷とか豪商の邸宅にしかないものよ?」


「俺には必要なんだ」


「まあ、あなたがそういうなら・・・私がお金を出すわけじゃないし・・・」


「決まり、な! 楽しみにしててくれ!」



 これで風呂が作れる。

 俺は意気揚々と自宅に戻った。




 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




「さて・・・ここからは一気にやるぞ」


「・・・やっぱりそうなるのね」



 半ば諦めた声だった。




 まず台所。


 流しを据え、水口の高さを調整する。

 跳ね返りを見ながら角度を変え、排水を繋ぐ。




 次に洗面。


 広めの洗面台に、大きめの鏡、顔を洗う位置に蛇口を取り付け、排水を微調整する。



「・・・次はトイレだな」



 ぼそりと呟く。


 エマが足を止めた。



「え? 何を作るって言ったの?」


「トイレを家の中に作る」


「・・・は?」


「だから、トイレ」



 エマの眉が跳ね上がる。



「ちょっと待って」



 完全に止まる。



「それ、本気で言ってるの?」


「ああ」


「無理よ」



 一歩近づく。



「臭くて住めなくなるわ」


「大丈夫だって。使った後は水で流す」


「流すって・・・近所迷惑よ?」



 間を置かずに続く。



「この街、汲み取りで回ってるのよ? 勝手に流したら、ご近所から何を言われるか・・・」


「大丈夫だって。さっき説明したろ? 浄化してから流すから」


「理解が追い付かないけど・・・」



 視線が鋭くなる。



「信じて大丈夫なのよね? 失敗したら最悪、苦情どころじゃ済まないわよ。追い出されても文句言えない」


「俺を信じろ」



 俺とAIを、だがな。



『お任せください』


(頼りにしてるぜ)



 トイレ側の構造を組む。


 便器の作成。この世界にあるぼっとん便所ではない。



(ところで、ジェイクの時代のトイレはどんなだった?)


『トイレはありません』


(は?)


『スーツや下着と一体化していて、即時分解、たんぱく質や有機物、水分などに分けられて転送──』


(うん、全く参考にならない。よし、あれで行こう)



 決まった。


 異世界転生と言えばこれしかあるまい。


 その名もずばり、ウォシュレッ〇!


 便器の一形態と思われがちだが、立派に商標登録された商品名のアレである。



(作れるよな?)


『可能です』


(よし)


『陶器をベースに、強化セラミックで補強しつつ、除臭機能などは強化しておきます』


(任せた)



 こうしてトイレが出来上がる。




 最後に、風呂。


 母屋の奥を区切って浴室と脱衣所にする。

 床を整え、勾配を確認。

 排水位置を調整する。


 少しだけずらす。



「そこ、何になるの?」


「ここが風呂だ」


「・・・ふーん。本当にやるのね」


「ああ」



 浴槽を作成する。


 あっという間に大理石のような浴槽が完成する。

 しかも広い。五、六人くらいで入っても足を延ばしてゆったり入れそうだ。


 給水の魔道具を繋ぐ。


 排水を繋ぐ。


 試しにスイッチで魔道具を起動。

 水があふれだす。



「おお・・・結構勢いがあるな」



 ゆっくりと、浴槽の底に水が溜まっていく。

 まだ冷たい水だ。


 だが、形はできた。


 手を止める。


 全体を見る。


 台所。


 洗面。


 トイレ。


 風呂。


 水回りはこれで完成だ。



「いい感じだ」



 エマも同じように見ていた。


 しばらくして、ぽつりと漏らす。



「・・・ちょっと意味が分からない。貴族でもこんな設備無いわよ」


「だろ?」


「だろ、じゃないわよ。もう・・・」



 だが、否定はしない。


 風呂を見る。

 水が溜まっていく。

 ついに風呂に入れる。


 ――そこで、手が止まる。



「・・・」


「何?」


「・・・ヤベ」


「何がよ」


「お湯にする方法、考えてなかったわ」



 エマが固まる。


 数秒。



「・・・は?」


(――どうするか)



 相棒が、静かに答えを出そうとしていた。


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