表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/60

第20話 無いなら、作ればいい


 鉄を打つ音が、通りに響いていた。


 熱気と金属の匂い。工房街は、いつ来ても騒がしい。



「ここだな」


「ええ」



 見慣れた工房の前で足を止める。中では、職人が無言で槌を振っていた。一定のリズムで、迷いがない。



「邪魔するぞ」



 声をかけると、ちらりと視線だけ寄越した。



「ギルドから紹介されたアキラだ。工房の設備を借りたい」


「おう。使うなら奥だ」


「ああ」



 短く返して、中へ入る。

 作業台に材料を並べる。木材、金属の軸、固定具。エマが横で腕を組んで、黙って見ていた。



「・・・何を作るの?」


「ちょっとしたやつだ」



 軸を手に取り、長さを合わせてから差し込む。固定具を軽く打ち込み、関節部分を作る。折れる方向と力の逃げ方を確認しながら、慎重に組んでいく。木と金属が噛み合うたびに、小さな手応えが返ってくる。思ったより精度が出ている。


 展開する。


 荷車だ。



「・・・また荷車?」


「ああ」



 さらに補強を入れながら、荷重を想定して支点をずらす。もう一度、押してみる。軋まない。悪くない。



「持ち運びできるやつだ」


「持ち運び?」


「分解じゃなくて折り畳み」



 操作すると、関節が滑らかに動いてコンパクトに収まる。そのまま肩に担ぐ。

 軽い。



「・・・それ、持ち歩けるの?」


「ああ。必要な時だけ使う」



 もう一度展開する。滑らかに開く。乗って負荷をかけてみると、エマが一瞬だけ言葉を失った。



「・・・見た目以上に丈夫ね」


「そのために組んでるからな。よっし、これでいいだろ」



 軽く叩く。問題ない。

 ふと、横から視線を感じた。職人だ。いつの間にか手を止めて、こちらを見ている。腕を組んで、品定めするような目だった。



「・・・おい」


「なんだ」


「それ、いくらで卸す?」



 やっぱり来たか。



「まだ試作だ」


「関係ねぇ」



 職人が鼻で笑う。値踏みするというより、もう値段を考えている顔だった。



「使えるもんは売れる。それだけだ」



 エマが小さく肩をすくめる。



「早いわね」


「商売だからな」



 道具を持ち上げる。軽い。悪くない。だが――



「量産できるかどうかだな」


「できるなら話は早ぇ」


「考えとく」



 短く返すと、職人もそれ以上は追わなかった。互いに、それで十分だとわかっている。



「気が向いたら持ってこい」


「ああ」



 それで話は終わりだ。だが、売れるという確信は持てた。工具を片付けながら、ぼそりと呟く。



「これ、魔道具にしたらもっと軽くできるんだろうな」



 エマがちらりと見る。


 その瞬間。



『羨ましい』



 頭の中に声。手が止まる。



(・・・お前か)


『はい』


(急だな)


『魔道具研究の実地観察機会を欲しています』


(だからって勝手にやるなよ)


『現時点では観察を優先します』


(・・・珍しいな、慎重じゃないか)



 少し考えてから、口に出す。



「なあ。魔道具職人って珍しいのか?」



 エマが軽く息を吐いた。



「いきなりね」


「気になった」



 少しの沈黙。それから、エマが口を開く。



「・・・珍しい、なんてものじゃないわ」


「へぇ」


「魔道具職人は、鍛冶師みたいに独学でなれるものじゃないの。専門の教育機関で術式理論を学ばないと、理解すらできない」



 静かな声だった。感情を抑えているというより、ただ事実として知っている口ぶり。



「そんなにか」


「ええ。そして、各国が囲い込んでる」


「囲い込む?」


「国家か、息のかかった大商会。自由に動ける魔道具職人なんて、基本いないわ」



 視線が少し鋭くなる。



「じゃあ例外は?」



 少しだけ間があった。



「・・・いるとしたら」


 一拍。


「闇ね」



 それだけで十分だった。



(・・・なるほど)


『リスク評価を更新します』


(絶対に勝手に動くなよ)


『了解』



 やけに素直だな。


 工房を出ると、夕方の光が通りを柔らかく染めていた。荷車を担いで歩く。軽い。これなら使い勝手はいい。



「・・・それ、いいわね」



 エマがぽつりと言った。



「ああ」



 短く答えて、そのまま宿へ向かう。


 部屋に戻ると、荷車を下ろして初めて気づいた。

 置く場所がない。



「・・・狭いな」


「ええ」



 即答だった。折り畳んでも、それでも邪魔だ。材料も増えている。やりたいことも増えている。頭の中で、必要なものを数え上げる。作業スペース。収納。火。道具。どれも足りない。はっきりと、足りない。


 エマはそのあいだ、少し違うものを見ていた。


 狭い部屋。積まれた荷物。そして、当たり前のようにそこにいるアキラの背中。

 視線を、ほんの少しだけ逸らす。



(・・・このままでも)



 ほんの一瞬、思う。狭くても、雑然としていても、不思議と居心地が悪くない。だが――



(さすがに、これは・・・)



 小さく息を吐いた。

 それと同時だった。



「・・・家、探すか」

「・・・家、探した方がよさそうね」



 視線が合う。一瞬だけ間が空いて、それからどちらともなく笑った。


 理由は違う。結論は同じだ。



「遅いわよ」


「だな」



 この街でやる。それはもう決まっている。


 だから――拠点がいる。




 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 

 朝。パンをかじりながら、ふとエマと目があった。

 エマも同じことを考えている顔をしていた。



「今日、行くか」


「ええ」



 短い返事。それで決まる。


 向かったのは、冒険者ギルドではない。商業ギルドだ。


 冒険者ギルドが街の入り口近くに構えているのに対して、商業ギルドは街の中心部、広場に面した通りに建っていた。外壁は石造りで、看板も装飾も控えめだ。ただ、扉だけが妙に立派で、分厚い木に金具が打ってある。金を動かす場所だと、見た目で主張している。


 扉を開けると、中は静かだった。


 冒険者ギルドとは別の世界だ。あちらは朝から怒鳴り声と椅子を引く音が混ざり合っているが、ここには低く抑えた話し声と、紙をめくる音しかない。カウンターはいくつかに仕切られていて、それぞれで担当が違うらしく、奥では帳簿を広げた男が二人、何かを照合していた。壁際には棚が並び、丸められた地図や束ねた書類が整然と収まっている。床は石畳で、靴音がよく響く。


 全体的に、金の匂いがする場所だった。正確には、金と紙と、少しだけ蝋の匂い。



「いらっしゃいませ」



 受付の男が顔を上げた。



「物件を探したい」


「住居でしょうか」


「ああ」



 男が一枚の紙を取り出す。



「用途は?」


「住むのと、あと作業だな」


「工房・・・ですかな?」


「そこまで本格的な設備は不要だ」


「そうですか・・・では倉庫付きなどいかがでしょうか?」


「ああ、それがいい」



 男がさらさらと書き込む。



「他に条件は?」



 少し考えてから答える。



「キッチンは広めがいい。水回りは独立して、できれば風呂も」



 男の手が止まった。ゆっくりと顔が上がる。



「・・・風呂、ですか」


「あるだろ?」


「・・・いえ」



 間があった。



「ございません」


「え?」



 思わず聞き返す。横で、エマがため息をついた。



「あなた、何を言ってるの」


「いや、何って・・・風呂だろ」


「この街にそんなもの、普通はないわよ」


「じゃあトイレは?」


「外よ。地区ごとに共同のトイレがあるわ」


「台所は?」


「炉と調理台。敷地内に井戸があればいい方ね」



 淡々とした声だった。当たり前のことを説明している顔だ。



「・・・マジか」


「普通よ」



 即答だった。


 少し考える。この世界の「普通」は、そういうものか。ならば――最初から期待する方が間違いだったということになる。


 だが、それはそれとして。



「・・・不便じゃないのか?」


「慣れれば別に」


「ええ・・・慣れたくねぇな」



 エマが少し呆れた顔をした。




 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 その後、紹介された物件を何軒か見て回った。


 どれも似たようなものだった。炉、井戸、外のトイレ。それが「普通の家」の全てで、広さや立地が違うだけだ。井戸やトイレが遠いところはエマが即却下した。


 通りを歩きながら、頭の中で考える。


 水は外から運ぶ。風呂は無い。トイレは外で共同。火は炉だけ。・・・この街の全員が、そうやって暮らしている。インフラとして存在していないのであれば、個人が文句を言っても仕方がない。


 だが、それはつまり。



「・・・無いなら、作ればいいか」



 独り言のつもりだったが、エマに聞こえた。



「何を?」


「風呂。水回り。キッチン」


「・・・は?」



 足が止まる。エマが正面から顔を見てきた。



「それって・・・物件を改修するってこと?」


「ああ」


「そんなこと、できるの?」


「やれる」



 短く答える。エマがしばらく黙った。



「・・・改修前提の物件なんて、あるのかしら」


「聞いてみよう」



 商業ギルドに戻ると、男は少し驚いた顔をしたが、すぐに一枚の紙を出してきた。



「一件だけ、あります。かなり古いですが・・・広さはあります。改修前提というか、建て替え前提で、土地のみの契約となっておりますので、建物自体はお好きになさっていただいて大丈夫です」


「案内してくれ」


「かしこまりました」



 通りを外れた、少し静かな一角。問題の建物は、すぐにわかった。


 古い。というか、ボロい。むしろ廃墟だ。


 扉を開けると、きぃ、と情けない音がした。


 中に入る。


 埃。軋む床。剥がれた壁。光は、かろうじて入ってくる程度だ。


 エマが一歩入って――止まった。



「・・・無理」



 即答だった。



「こんなところ、住めるわけないでしょ」



 まあ、気持ちはわかる。普通に見れば、そうだ。



 だが――


 視線を巡らせる。



 まず広さ。一階は十分な奥行きがある。隣には倉庫として使われていたらしき建物もあり、壁一枚で繋がっている。合わせれば、相当な作業スペースになる。用途で分けてもいいだろう。柱の位置は悪くない。荷重を受けているのは四隅だけで、中央は思い切って抜けそうだ。床は軋んでいるが、腐っているわけではない。張り替えれば済む。


 奥へ進む。外壁に近い一角がある。排水の勾配が取れる。ここにキッチンを据えて、外から管を引き込めば室内で水が使える。炉は既製品を入れるより、煙突ごと組み直した方が早い。


 一階の隅、外壁沿いのスペース。ここだ。床を掘って石を積む。湯を張る。排水は外へ抜く。天井まで仕切れば湯気も逃げない。


 二階へ上がる。住居スペースだ。骨格はしっかりしている。壁を塗り直して窓枠を換えれば、普通に住める。


 全部、見える。完成形が、もう頭の中にある。



「いや、これ当たりだろ」


「どこが!?」



 エマの声が強くなった。



「全部だ。ここにキッチンを作る。水も室内に引ける。あの隅に風呂も作れる」


「・・・本気で言ってるの?」


「ああ」



 視線を外さずに言う。エマがしばらく黙って、こちらを見ていた。


 否定しない。ただ、見ている。


 アキラが「やれる」と言う時の顔を、エマはもう何度か見ていた。荷車を組んだ時も、職人に値踏みされた時も、同じ顔だった。根拠のない自信ではない。すでに完成形を見ている目だ。


 小さく息を吐く。



「・・・後悔しても知らないわよ」


「しないし、させない」



 受付の男が恐る恐る口を挟む。



「こちらで、よろしいでしょうか」


「ああ」



 迷いはない。


 鍵を受け取る。重みがある。


 もう一度、扉を開けて中に入る。静かだ。埃っぽい空気。軋む床。何もない空間。


 だが、俺にはもう空っぽには見えなかった。頭の中には、既に別の光景がある。朝の光が差し込むキッチン。室内に引いた水が流れる音。石を積んで作った風呂。削って磨いた作業台。一から組み直した、自分たちの拠点。


 横を見ると、エマがまだ少し不安そうに立っていた。それでも、隣にいる。

 なら問題ない。


 軽く息を吐いた。



「・・・まずは掃除だな」



 エマが小さく頷く。



「・・・そうね」



 少しだけ間があった。そして、



「まぁ、俺に任せろ」



 そう言った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ