第20話 無いなら、作ればいい
鉄を打つ音が、通りに響いていた。
熱気と金属の匂い。工房街は、いつ来ても騒がしい。
「ここだな」
「ええ」
見慣れた工房の前で足を止める。中では、職人が無言で槌を振っていた。一定のリズムで、迷いがない。
「邪魔するぞ」
声をかけると、ちらりと視線だけ寄越した。
「ギルドから紹介されたアキラだ。工房の設備を借りたい」
「おう。使うなら奥だ」
「ああ」
短く返して、中へ入る。
作業台に材料を並べる。木材、金属の軸、固定具。エマが横で腕を組んで、黙って見ていた。
「・・・何を作るの?」
「ちょっとしたやつだ」
軸を手に取り、長さを合わせてから差し込む。固定具を軽く打ち込み、関節部分を作る。折れる方向と力の逃げ方を確認しながら、慎重に組んでいく。木と金属が噛み合うたびに、小さな手応えが返ってくる。思ったより精度が出ている。
展開する。
荷車だ。
「・・・また荷車?」
「ああ」
さらに補強を入れながら、荷重を想定して支点をずらす。もう一度、押してみる。軋まない。悪くない。
「持ち運びできるやつだ」
「持ち運び?」
「分解じゃなくて折り畳み」
操作すると、関節が滑らかに動いてコンパクトに収まる。そのまま肩に担ぐ。
軽い。
「・・・それ、持ち歩けるの?」
「ああ。必要な時だけ使う」
もう一度展開する。滑らかに開く。乗って負荷をかけてみると、エマが一瞬だけ言葉を失った。
「・・・見た目以上に丈夫ね」
「そのために組んでるからな。よっし、これでいいだろ」
軽く叩く。問題ない。
ふと、横から視線を感じた。職人だ。いつの間にか手を止めて、こちらを見ている。腕を組んで、品定めするような目だった。
「・・・おい」
「なんだ」
「それ、いくらで卸す?」
やっぱり来たか。
「まだ試作だ」
「関係ねぇ」
職人が鼻で笑う。値踏みするというより、もう値段を考えている顔だった。
「使えるもんは売れる。それだけだ」
エマが小さく肩をすくめる。
「早いわね」
「商売だからな」
道具を持ち上げる。軽い。悪くない。だが――
「量産できるかどうかだな」
「できるなら話は早ぇ」
「考えとく」
短く返すと、職人もそれ以上は追わなかった。互いに、それで十分だとわかっている。
「気が向いたら持ってこい」
「ああ」
それで話は終わりだ。だが、売れるという確信は持てた。工具を片付けながら、ぼそりと呟く。
「これ、魔道具にしたらもっと軽くできるんだろうな」
エマがちらりと見る。
その瞬間。
『羨ましい』
頭の中に声。手が止まる。
(・・・お前か)
『はい』
(急だな)
『魔道具研究の実地観察機会を欲しています』
(だからって勝手にやるなよ)
『現時点では観察を優先します』
(・・・珍しいな、慎重じゃないか)
少し考えてから、口に出す。
「なあ。魔道具職人って珍しいのか?」
エマが軽く息を吐いた。
「いきなりね」
「気になった」
少しの沈黙。それから、エマが口を開く。
「・・・珍しい、なんてものじゃないわ」
「へぇ」
「魔道具職人は、鍛冶師みたいに独学でなれるものじゃないの。専門の教育機関で術式理論を学ばないと、理解すらできない」
静かな声だった。感情を抑えているというより、ただ事実として知っている口ぶり。
「そんなにか」
「ええ。そして、各国が囲い込んでる」
「囲い込む?」
「国家か、息のかかった大商会。自由に動ける魔道具職人なんて、基本いないわ」
視線が少し鋭くなる。
「じゃあ例外は?」
少しだけ間があった。
「・・・いるとしたら」
一拍。
「闇ね」
それだけで十分だった。
(・・・なるほど)
『リスク評価を更新します』
(絶対に勝手に動くなよ)
『了解』
やけに素直だな。
工房を出ると、夕方の光が通りを柔らかく染めていた。荷車を担いで歩く。軽い。これなら使い勝手はいい。
「・・・それ、いいわね」
エマがぽつりと言った。
「ああ」
短く答えて、そのまま宿へ向かう。
部屋に戻ると、荷車を下ろして初めて気づいた。
置く場所がない。
「・・・狭いな」
「ええ」
即答だった。折り畳んでも、それでも邪魔だ。材料も増えている。やりたいことも増えている。頭の中で、必要なものを数え上げる。作業スペース。収納。火。道具。どれも足りない。はっきりと、足りない。
エマはそのあいだ、少し違うものを見ていた。
狭い部屋。積まれた荷物。そして、当たり前のようにそこにいるアキラの背中。
視線を、ほんの少しだけ逸らす。
(・・・このままでも)
ほんの一瞬、思う。狭くても、雑然としていても、不思議と居心地が悪くない。だが――
(さすがに、これは・・・)
小さく息を吐いた。
それと同時だった。
「・・・家、探すか」
「・・・家、探した方がよさそうね」
視線が合う。一瞬だけ間が空いて、それからどちらともなく笑った。
理由は違う。結論は同じだ。
「遅いわよ」
「だな」
この街でやる。それはもう決まっている。
だから――拠点がいる。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
朝。パンをかじりながら、ふとエマと目があった。
エマも同じことを考えている顔をしていた。
「今日、行くか」
「ええ」
短い返事。それで決まる。
向かったのは、冒険者ギルドではない。商業ギルドだ。
冒険者ギルドが街の入り口近くに構えているのに対して、商業ギルドは街の中心部、広場に面した通りに建っていた。外壁は石造りで、看板も装飾も控えめだ。ただ、扉だけが妙に立派で、分厚い木に金具が打ってある。金を動かす場所だと、見た目で主張している。
扉を開けると、中は静かだった。
冒険者ギルドとは別の世界だ。あちらは朝から怒鳴り声と椅子を引く音が混ざり合っているが、ここには低く抑えた話し声と、紙をめくる音しかない。カウンターはいくつかに仕切られていて、それぞれで担当が違うらしく、奥では帳簿を広げた男が二人、何かを照合していた。壁際には棚が並び、丸められた地図や束ねた書類が整然と収まっている。床は石畳で、靴音がよく響く。
全体的に、金の匂いがする場所だった。正確には、金と紙と、少しだけ蝋の匂い。
「いらっしゃいませ」
受付の男が顔を上げた。
「物件を探したい」
「住居でしょうか」
「ああ」
男が一枚の紙を取り出す。
「用途は?」
「住むのと、あと作業だな」
「工房・・・ですかな?」
「そこまで本格的な設備は不要だ」
「そうですか・・・では倉庫付きなどいかがでしょうか?」
「ああ、それがいい」
男がさらさらと書き込む。
「他に条件は?」
少し考えてから答える。
「キッチンは広めがいい。水回りは独立して、できれば風呂も」
男の手が止まった。ゆっくりと顔が上がる。
「・・・風呂、ですか」
「あるだろ?」
「・・・いえ」
間があった。
「ございません」
「え?」
思わず聞き返す。横で、エマがため息をついた。
「あなた、何を言ってるの」
「いや、何って・・・風呂だろ」
「この街にそんなもの、普通はないわよ」
「じゃあトイレは?」
「外よ。地区ごとに共同のトイレがあるわ」
「台所は?」
「炉と調理台。敷地内に井戸があればいい方ね」
淡々とした声だった。当たり前のことを説明している顔だ。
「・・・マジか」
「普通よ」
即答だった。
少し考える。この世界の「普通」は、そういうものか。ならば――最初から期待する方が間違いだったということになる。
だが、それはそれとして。
「・・・不便じゃないのか?」
「慣れれば別に」
「ええ・・・慣れたくねぇな」
エマが少し呆れた顔をした。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
その後、紹介された物件を何軒か見て回った。
どれも似たようなものだった。炉、井戸、外のトイレ。それが「普通の家」の全てで、広さや立地が違うだけだ。井戸やトイレが遠いところはエマが即却下した。
通りを歩きながら、頭の中で考える。
水は外から運ぶ。風呂は無い。トイレは外で共同。火は炉だけ。・・・この街の全員が、そうやって暮らしている。インフラとして存在していないのであれば、個人が文句を言っても仕方がない。
だが、それはつまり。
「・・・無いなら、作ればいいか」
独り言のつもりだったが、エマに聞こえた。
「何を?」
「風呂。水回り。キッチン」
「・・・は?」
足が止まる。エマが正面から顔を見てきた。
「それって・・・物件を改修するってこと?」
「ああ」
「そんなこと、できるの?」
「やれる」
短く答える。エマがしばらく黙った。
「・・・改修前提の物件なんて、あるのかしら」
「聞いてみよう」
商業ギルドに戻ると、男は少し驚いた顔をしたが、すぐに一枚の紙を出してきた。
「一件だけ、あります。かなり古いですが・・・広さはあります。改修前提というか、建て替え前提で、土地のみの契約となっておりますので、建物自体はお好きになさっていただいて大丈夫です」
「案内してくれ」
「かしこまりました」
通りを外れた、少し静かな一角。問題の建物は、すぐにわかった。
古い。というか、ボロい。むしろ廃墟だ。
扉を開けると、きぃ、と情けない音がした。
中に入る。
埃。軋む床。剥がれた壁。光は、かろうじて入ってくる程度だ。
エマが一歩入って――止まった。
「・・・無理」
即答だった。
「こんなところ、住めるわけないでしょ」
まあ、気持ちはわかる。普通に見れば、そうだ。
だが――
視線を巡らせる。
まず広さ。一階は十分な奥行きがある。隣には倉庫として使われていたらしき建物もあり、壁一枚で繋がっている。合わせれば、相当な作業スペースになる。用途で分けてもいいだろう。柱の位置は悪くない。荷重を受けているのは四隅だけで、中央は思い切って抜けそうだ。床は軋んでいるが、腐っているわけではない。張り替えれば済む。
奥へ進む。外壁に近い一角がある。排水の勾配が取れる。ここにキッチンを据えて、外から管を引き込めば室内で水が使える。炉は既製品を入れるより、煙突ごと組み直した方が早い。
一階の隅、外壁沿いのスペース。ここだ。床を掘って石を積む。湯を張る。排水は外へ抜く。天井まで仕切れば湯気も逃げない。
二階へ上がる。住居スペースだ。骨格はしっかりしている。壁を塗り直して窓枠を換えれば、普通に住める。
全部、見える。完成形が、もう頭の中にある。
「いや、これ当たりだろ」
「どこが!?」
エマの声が強くなった。
「全部だ。ここにキッチンを作る。水も室内に引ける。あの隅に風呂も作れる」
「・・・本気で言ってるの?」
「ああ」
視線を外さずに言う。エマがしばらく黙って、こちらを見ていた。
否定しない。ただ、見ている。
アキラが「やれる」と言う時の顔を、エマはもう何度か見ていた。荷車を組んだ時も、職人に値踏みされた時も、同じ顔だった。根拠のない自信ではない。すでに完成形を見ている目だ。
小さく息を吐く。
「・・・後悔しても知らないわよ」
「しないし、させない」
受付の男が恐る恐る口を挟む。
「こちらで、よろしいでしょうか」
「ああ」
迷いはない。
鍵を受け取る。重みがある。
もう一度、扉を開けて中に入る。静かだ。埃っぽい空気。軋む床。何もない空間。
だが、俺にはもう空っぽには見えなかった。頭の中には、既に別の光景がある。朝の光が差し込むキッチン。室内に引いた水が流れる音。石を積んで作った風呂。削って磨いた作業台。一から組み直した、自分たちの拠点。
横を見ると、エマがまだ少し不安そうに立っていた。それでも、隣にいる。
なら問題ない。
軽く息を吐いた。
「・・・まずは掃除だな」
エマが小さく頷く。
「・・・そうね」
少しだけ間があった。そして、
「まぁ、俺に任せろ」
そう言った。




