第19話 肉とスパイス
依頼を終えて、街へ戻る。
荷車の軋む音が、やけに心地いい。
荷台には、今日一日で得たものを詰め込めるだけ詰め込んである。
討伐した獣の部位。依頼対象の採集物。それに、帰り道で見つけて仕留めた獲物。
車輪が軋むたびに、しっかり稼いだという実感があった。
「・・・重くない?」
「まぁな。だが荷車が壊れなきゃ大丈夫だ」
「はぁ・・・」
北門が見えてくる。
門番がこちらに気づいて、にやりと笑った。
「お、今日も荷車がいっぱいだな!」
そのまま、荷台を覗き込む。
「・・・それは、アンガーブルか?」
「ああ。依頼の途中で見つけたから仕留めた」
門番が感心したように頷く。
「やるじゃねぇか。そいつ、この辺じゃ森の奥にしかいねぇやつだぞ」
「へぇ」
「肉はうまいんだがな。脅威度が高くて低ランクの冒険者じゃ狩れねぇ。かといって高ランクの冒険者は肉なんぞわざわざ持ってこねぇ。だから、なかなか出回らねぇんだ」
「なるほどな」
「まぁ、肉はめちゃくちゃうまいからな。出回るとすぐ売れる」
そこで、門番がにやりと笑う。
「で、どこに卸す?」
「多分マディンさんのとこだ」
「よし、明日買いに行くか。あそこなら確実に出すからな」
門番が、満足そうに頷く。
「そりゃよかった」
軽く返す。
エマは隣で、深くフードを被って何も言わない。
最初はこういうやり取りに眉をひそめていたが、今は慣れたようだ。
門を抜け、街の中に戻る。
この流れも、もう日常だ。
ギルドは朝からそこそこ混んでいた。
だが、依頼を終えて戻る時間帯になると、顔ぶれはある程度固定される。
いつものカウンターへ向かう。
「おかえりなさい、アキラさん」
ミーアが顔を上げた。
「エマちゃんも、お疲れ様です」
「依頼の完了報告だ」
討伐証明部位を出す。
さっと確認。
「はい、大丈夫です。今回もきれいに処理されてますね」
手際よく書類が進む。
「素材も回収してるなら、買取はいつも通りで?」
「ああ」
「分かりました。肉類はマディンさんのところに回しておきますね」
「頼む」
流れるように手続きが進んでいく。
金額を確認し、受け取る。
エマが横で軽く頷く。
問題なし、と。
「それと」
ミーアが、ふと顔を上げた。
「アキラさんとエマちゃん、まだパーティ登録はしてないんですね」
少しだけ間が空く。
俺とエマが、ほぼ同時にミーアを見る。
そういえばあったな、そんな制度が。エマも以前は別の人とパーティを組んでいたしな。
「必要か?」
「固定で組んでるなら、その方が便利ですよ」
さらりと返ってくる。
「依頼の紹介もしやすいですし、実績もまとまりますから」
エマが小さく息を吐いた。
「・・・そうね」
「そうだな」
俺も頷く。
ここまでずっと二人で動いてきた。
今さら否定する理由もない。
「じゃあ、やるか」
「ええ」
短く決まる。
ミーアがにこりと笑った。
「では、パーティ登録ですね」
書類が一枚、差し出される。
「パーティ名をお願いします」
――そこで、止まった。
俺とエマが、同時に沈黙する。
「・・・必要なんだな、やっぱり」
「必要なんでしょうね」
エマが淡々と返す。
俺は少し考えて、口を開いた。
「終焉の方舟」
「いやよ。終焉って縁起でもない」
即答だった。
「じゃ、黒翼旅団」
「却下。黒い翼なんて付けたくないわ」
「うーん、深淵の灯火なんて・・・」
「無理。さっきから何なの? 物騒な言葉ばかり」
「えー、カッコいいじゃん」
「はぁ・・・」
ため息。
完全に呆れられている。
「じゃ、エマは何かあるか?」
「・・・・・・ヴェルク共同調査班・・・とか?」
「お役所か」
「何が悪いのよ」
「堅いしロマンがない」
「ロマンって・・・それ必要?」
「・・・必要だろ」
少し間が空く。
エマも考えている。
俺も考える。
・・・妙に難しいな、これ。
「それじゃ・・・静夜の双灯、とかどうだ?」
口に出してみる。
エマが、少しだけ黙った。
「・・・少し長いわね」
「そこ?」
「“静夜”はいらないと思う」
「じゃあ削るか」
「“双灯”でいいんじゃない?」
少しだけ視線を合わせる。
「・・・まあ、それなら」
エマが小さく頷いた。
ミーアが、すぐに書き込む。
「では、“双灯”で登録しますね」
さらりと、名前が形になる。
"双灯"。
口の中で、一度だけ繰り返す。
悪くない。
「“双灯”のお二人ですね。エマちゃんも、それでよろしいですか?」
「ええ、問題ないわ」
エマが答える。
それで、終わりだ。
紙一枚。
それだけのことだが――
少しだけ、実感があった。
今まではただの二人だった。
これからは、“双灯”だ。
「次の依頼、見ていきますか?」
ミーアが自然に続ける。
「ああ」
「ええ」
俺とエマは同時に答えた。
並んで掲示板へ向かう。
もう、迷いはない。
この街でやる。
この街で稼ぐ。
そして――
やることは、まだある。
――双灯、か。
まあ、悪くない。
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こうして数日が経った。
そんなある日のこと。
肉の焼ける匂いが、通りに漂っていた。
夕方の市場は人が多い。
帰りがけに軽く何か食っていく、という流れも、もう当たり前になっていた。
「今日はここでいいか?」
「ええ」
露店の前で足を止める。
串焼き肉だ。
炭の上でじゅうじゅう音を立てている。
店主がこちらを見る。
「お、兄ちゃんたち。また来たな」
「二本くれ」
「はいよ」
手際よく焼き上げて、串を差し出してくる。
受け取る。
あちッ!
でも、いい匂いだ。
・・・しかし。
少しだけ、足りない。
俺はポケットに手を入れる。
小さな布袋。
指でつまんで、軽く振る。
ぱらり、と粉が肉の上に落ちた。
炭火で炙られた脂へ触れた瞬間、香りが変わる。
さっきまでの単純な香ばしさの奥から、甘さと辛さ、それに少しだけ土っぽい苦みのようなものが立ち上がった。
ただ焼いただけの肉が、急に料理らしい顔になる。
「・・・うまそうだな」
自分でやっておきながら、思わずそう言ってしまった。
一口、かじる。
――――
「・・・っ」
止まる。
やばいな、これ。
噛むたびに味が変わる。
脂の甘みの後に、香りが抜けて、その後に少しだけ辛みが来る。
舌が忙しい。
「・・・うまっ」
思わず漏れる。
その瞬間。
「ちょっと待って」
横から声。
エマだ。
じっと、俺の串を見ている。
「今、何をかけたの?」
視線が鋭い。
店主も止まっていた。
「おい兄ちゃん、今のは何だ?」
二方向からの圧。
「いや、ちょっとした・・・」
「ちょっとした、じゃないわよ」
エマが一歩詰める。
「匂いが変わったわ。明らかに」
店主も腕を組む。
「今のは見逃せねぇな」
・・・面倒なことになったな。
「ほら、もう一本やるから」
店主が新しく焼いた串を差し出す。
「それ、俺のと嬢ちゃんのにもかけてくれ」
逃がす気がない。
エマもじっと見ている。
仕方ない。
袋を開ける。
三本の肉串に特製スパイスを振りかける。
ぱらり。
香りが立つ。
エマが一瞬、息を止めた。
店主の目が細くなる。
「・・・食ってみな。飛ぶぞ」
俺が言うと、二人とも同時にかじった。
――――
止まる。
完全に止まる。
エマの動きが止まった。
店主も止まった。
噛んだまま、固まる。
「・・・なに、これ」
エマがぽつりと呟く。
店主が、ゆっくり息を吐いた。
「・・・おい」
低い声。
「なんだよ、これ」
「だから、ちょっとした――」
「誤魔化すな」
被せてくる。
「それで逃げられると思うなよ」
エマも頷く。
「説明して」
完全に包囲された。
・・・無理だな、これは。
ため息をつく。
「分かったよ」
二人が前のめりになる。
「これは、複数のスパイスを独自の割合で配合したものだ。この町の市場で売ってるものと、西の森で採取したもの。だが、全部そのままではダメだ」
「どういうこと?」
「スパイスごとに適切な下処理がある」
袋を軽く振る。
「これは最終形だ」
店主が腕を組む。
「で?」
「市場でスパイスを見てきたが、生か乾燥しかなかった。でもそれじゃだめだ」
「・・・ほう」
「一度発酵させてから乾燥させた方がいい奴がある」
エマが目を細める。
「発酵・・・」
「おっちゃんのとこにもあるコレは、一回茹でてから干す」
「茹でる?」
「そのままだと良い香りが出ない」
店主が食い入るように聞いている。
「それと、これは深めに炒る」
「炒るのか」
「やらないと香りが立たない」
少しの間。
二人とも黙っている。
情報を整理している顔だ。
「・・・なるほどな」
店主がゆっくり頷いた。
「だからあの匂いか」
エマも小さく息を吐く。
「・・・そんな使い方、聞いたことがないわ」
「だろうな。だから実験中だって言ったろ?」
軽く返す。
店主がこちらを見る。
「兄ちゃん」
「なんだ」
「頼む。それ、ウチで使わせてくれねぇか?」
来たか。
「まだ安定してない」
「構わねぇ」
「毎回同じ味にはならないぞ」
「それでもいい」
真剣な目だ。
・・・まあ、こうなるよな。
「簡略版なら出せる」
「簡略版?」
「発酵とか、処理が面倒なものを省いたものだ」
「十分だ」
即答だった。
エマが横から口を挟む。
「本当にいいの?」
「いいも何もよ」
店主が笑う。
「こんなもん見せられて、何もしねぇ方がもったいねぇ」
・・・商売人だな。
少しだけ頷く。
「分かった。後でまとめる」
「助かる」
店主が満足そうに笑った。
そして、もう二本焼き始める。
「今日はサービスだ。食ってけ」
「いいのか」
「いいから食え」
エマと顔を見合わせる。
まあ、ありがたくもらうか。
串を受け取る。
また一口。
・・・やっぱりうまいな。
スパイスなしでも、十分にうまい。
だからこそ、さっきの差が際立つ。
店を離れる。
少し歩いたところで、エマがこちらを見る。
「・・・ずるい」
「またかよ」
「こんなもの、黙って持ってるなんて」
「言っただろ、実験中だって」
「十分な結果が出てるじゃない」
「まだ途中だ」
エマが少しだけ黙る。
「・・・料理、本当に得意なのね」
「得意だが、作れる場所が無いからな。食ってみたいか?」
「別にそういう意味じゃ――」
「顔に出てる」
「出てない」
即答だった。
・・・分かりやすいな。
そして、ヴェルクハーフェンから始まったこの小さな露店の串焼きが、やがてデア=グラント全土へ広がることになるのだが――
それは、まだ少し先の話だ。
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夜。
酒場に入る。
ここも、もう顔を覚えられている。
「よぉ、双灯」
バーテンが軽く手を上げた。
「来たか」
「どうも」
席につく。
酒を頼む。
すぐに出てくる。
エマが一口飲む。
少しだけ表情が緩む。
その様子を見て、バーテンがにやりと笑った。
「ほんと、エマちゃんはアキラにべったりだよな」
「っ!?」
エマが固まる。
「そ、そんなことは無いから」
即座に否定。
「そう、し、仕事仲間ってだけよ」
少し噛んだ。
「効率のためなんだから仕方ないでしょ」
言い切る。
バーテンが頷く。
「はいはい」
俺は横でグラスを傾ける。
「へぇ、効率なんだ」
「そうよ」
「ふーん」
「なにその顔」
「別に」
少しだけの間。
エマが視線を逸らす。
バーテンがくすくす笑っている。
・・・完全に遊ばれてるな。
まあ、嫌いじゃない。
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店を出る。
夜風の冷たさが、火照った頬に気持ちがいい。
並んで歩く。
自然と、足並みが揃う。
何も言わない。
でも、違和感はない。
エマとはうまくやれている。
金銭的な余裕もできた。
この街での生活が、少しずつ形になってきている。
そんな実感があった。




