第7話 街の散策
「それじゃ、行こうか」
アルヴァインに促され街に出る。やはり街灯の明かりに照らされた、ファンタジーな街の風景がたまらない。
行き交う人々はほとんどがエルフだが、それ以外の人種もいる。
エルフの次に多いのはトカゲの様な見た目をした種族。ハイリザードと呼ばれているらしい。
同じくらいよく見るのは獣人種で、猫というかライオンっぽい人種と、狼のような犬のような人種の二種類いる。
そしてアルヴァイン達と同じ人間種。ヒュームと呼ばれているらしい。
子供だと思っていたが、よく見ると顔つきは大人のように見える人種もいる。
凄いな。これが異世界か。
エルフの国は密林の中にあるようなもので激しく湿度が高い。
なので、元々湿地を好むリザードマンがエルフの次に多く、ヒュームはあまり見かけない。極端に湿気を嫌うドワーフ族なんかはほとんどいないのだとか。
「さ、着いたぞ」
きょろきょろとしながらアルヴァイン達に付いて行くと、一軒の雑貨屋らしき店に付いた。
「ここで日常に必要なものも、旅や冒険に必要なものも大体揃う。まずは日用品から買っていこうぜ」
なるほど。確かに俺は何も持っていない。
しかし、この世界で何が必要なのかも正直わからない。
アルヴァインに相談しながら色々なものを購入していく。
服、下着、タオル代わりの布の端切れ、植物の茎をブラシにしたような歯ブラシ、表面がつるつるとした外套、大きめの背負いカバン、などなど・・・
必要なものを一通りそろえたら、なんと銀貨4枚が吹っ飛んだ。
まあ何も持っていなかったからな。それに現代日本や宇宙文明とは違い、工場で大量生産された安価なものは何一つない。どれもがそれなりの金額なのだ。
「さて、次は武器と防具を見ておきたいな」
「・・・ああ、それなら俺が死蔵してる物を渡そう。どうせ使わない」
殆ど喋らないランスロットが喋った。何か久しぶりに声を聴いたな。
「いいのか?」
「・・・ああ、拾ったはいいが、売るのもめんどくさくて死蔵してある」
「それは助かる」
「・・・戦闘ではナイフを使っているように見えた。サブとしてはそれでいいだろうが、メインはちゃんと持っておいたほうがいい。剣と槍ならどっちがいい?」
確かに、この世界の基準で考えるなら、ナイフ一本であらゆる魔物と相対するのは避けるべきだろう。俺のナイフなら全然いけるのだろうが、ここは好意で頂くべきだろうな。
「それじゃ剣で」
「・・・わかった。それじゃこれを。それと、魔獣の革を使ったプロテクターも。拾い物だから気にしなくていい」
ランスロットから金属製のショートソードと色々なパーツに分かれた軽量な皮鎧を手渡され、装着していく。
「す・・・すごい・・・・・・」
気が付くとアルヴァイン、エルザ、フィオナの三人がポカンとした顔でこちらを見ている。
もしかして、ただで貰うようなものじゃ無かったり?
実はめちゃくちゃ良いものだったりする!?
「ランスロットがこんなにしゃべってるの、初めて見た・・・」
そっちかーい!!
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その後、街をぶらぶら歩き、露店が集まる所で偶然見つけたこの辺の地図を買ったりした。
食べ物の露店もあったのだが、誰も買おうとしない。
アルヴァイン曰く、「エルフとは味覚が合わない」のだそうだ。
確かに、ギルド併設の食堂の食事も薄味だった。
試しに見たことも無い野菜と肉と串焼きを買ってみたのだが、やはり味が薄い。
というか、調理を見ているとオイルをかけて焼いているだけだ。そこに塩や胡椒などは無い。
しかし味はともかく。どこへ行っても初異世界という感動の連続で、気が付けば鐘が2つ聞こえた。
もう夜8時か。
「さ、そろそろ俺達も宿に戻るぜ。アキラ、道はわかるか?」
『通った場所のマッピングは完了しています』
さすがAI様だ。俺は感動してるだけで宿までの経路なんて全く覚えちゃいなかったぜ。
『経路とマップ情報をインストールします。・・・完了』
「ああ、大丈夫だ。一人で帰れる。案内してくれて助かった。ありがとう」
「困った時はお互い様ってね。それじゃ、宿に戻ろう」
「明日は皇帝陛下に謁見があるわ。冒険者は正装じゃなくて大丈夫だから。それと、謁見のマナーについては難しいものでは無いから明日教えるわね。それじゃ、朝の鐘2つに迎えに行くから、それまでに朝食と準備を済ませておいて」
「それじゃアキラ、また明日ねー!」
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4人と分かれ宿に戻る。
宿に入るとすぐ食堂なのだが、思いのほか混みあっている。
奥に先ほどの細身の男性がいたので声をかける。
「おかえりなさいませ。部屋に戻られますか? それとも食事をご用意いたしますか?」
「では一度部屋に荷物を置いてきますので、それから食事をお願いします」
「かしこまりました。ではこちらのテーブルにご用意させて頂きますので、戻られましたらこちらへどうぞ」
部屋に戻って荷物を置く。
いや、結構買ったな。大きめのリュックサックの様なカバンを購入したが、パンパンに荷物が詰まっている。
でも、確かに宿暮らしを続ける収入も無ければ、この辺りに住み着きたいとも思わない。
ファンタジーとして見る分にはいいが、暮らすなら暮らしやすい所が良い。
ちょっと食事をとりながら、これからの事をちゃんと考えないとな。
部屋を出て一階に戻る。
思ったよりも人が多い。
冒険者風の連中もいれば、商人らしき男もいる。皆どこか疲れた顔をしていて、それでも酒を飲んだり、料理をつついたりしていた。
これが宿の食堂、か。
ギルドよりはずっと生活の匂いがする。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
細身の男性に案内され、隅の二人掛けのテーブルに座る。
少しして運ばれてきたのは、白身魚のようなものを煮込んだスープ、それと温かいパン、葉野菜の和え物だった。
「いただきます」
まずはスープを一口。
・・・うん。
やっぱり薄い。
ただ、ギルドの食堂よりはマシだ。
魚の旨味は出ているし、温かいだけでもかなりありがたい。
パンも黒パンほど固くない。
こっちは普通に食べられるな。
『塩分量は依然として低めです。ただし、先ほどまで摂取していた料理よりは脂質、アミノ酸ともに多く、味覚上の満足度は上昇していると推定します』
なるほど。
要するに、エルフの味覚とは合わなくても、料理の腕次第で多少は何とかなるって事か。
・・・ちょっと希望が見えてきたな。
料理を食べながら、今日の事を頭の中で整理していく。
まず、この世界はファンタジーだ。
魔法がある。
魔道具がある。
冒険者がいる。
エルフも獣人もいる。
ここまではいい。
いや、良すぎる。
問題は、明日だ。
皇帝に謁見。
マジか。
異世界転生ものでも、こんな序盤から皇帝に会う事ある?
『アキラ。部屋に戻ったら明日の対応方針を整理しますか』
ああ、頼む。
『推奨します。開示情報は最小限に留めるべきです』
だよな。
食事を終えて部屋に戻ると、買ったばかりの地図を机の上に広げた。
地図といっても精緻なものではなく、簡易でかなりいい加減だ。
そこに今日の移動経路を重ね合わせる。
『街中で取得した映像情報と位置情報を照合。宿、冒険者ギルド、露店街、雑貨屋、中央通り、城下外縁部までの簡易マップを構築しました』
おお。
やっぱり便利すぎる。
・・・いや、便利すぎるがゆえに、絶対に他人に知られてはいけないな。
俺は椅子に腰掛け、改めて明日の受け答えを考える。
「まず、どこまで話すか、だな・・・」
『本当の出自、宇宙艦、人工惑星、長期コールドスリープの正確な年数、そして私の存在は秘匿を推奨します』
はい。
そこは全面的に同意です。
「じゃあ、施設ごと転移して埋まり、長い眠りについていた研究者・・・って線で押すか」
『妥当です。期間は曖昧にしてください。具体的な数字は新たな質問を招きます』
なるほど。
やっぱりそこだよな。
ギルドではつい千年とか言ってしまったが、あれでも十分におかしい。
皇帝相手に下手なことを言えば、間違いなく深掘りされる。
それに――
俺は右手で腹のあたりを軽く押さえた。
魔力。
魔石。
謎の器官。
この世界には、ジェイクの知識でも説明がつかないものが多すぎる。
『補足します。体内の未知物質の解析は継続中。現時点で有意な結果は得られていません。また、散布済みナノマシンによる周辺観測は継続中。基礎ラボの展開準備も進行しています』
来た。
こっちもこっちで気になり過ぎる話だ。
だが、今はそっちに思考を割きすぎるべきじゃない。
「・・・よし。研究は研究で進めてくれ。ただ、目立つことはするなよ」
『了解。秘匿性を最優先に行動します』
ふぅ、と息を吐く。
机の上には地図。
脇には剣。
ベッドの上には今日買った服や日用品。
何だろうな、この感じ。
昼間までは観光みたいなテンションだったのに、部屋に戻って一人になると急に実感が湧いてくる。
俺はもう、本当にこの世界で暮らし始めているのだ。
しかも明日は皇帝に会う。
ワクワクする。
普通にめちゃくちゃワクワクする。
・・・が、同時に警戒もしなければならない。
相手は国の頂点だ。
軽率な一言で、今後の自由が全部吹き飛ぶ可能性だってある。
「頭は冷静に、心は楽しむ・・・ってやつだな」
『適切な判断かと』
AIに褒められてもあまり嬉しくないな、と思いつつ、俺は軽く笑った。
その後、もらったショートソードを抜いてみたり、革のプロテクターの装着を確認したり、明日の服装を決めたりしてから、ようやくベッドに潜り込んだ。
窓の外は相変わらず薄暗い。
森の中の街は、夜になっても朝になっても、どこか夢の中みたいだ。
でもこれは夢じゃない。
異世界だ。
俺が焦がれた、剣と魔法の世界。
そして、ジェイクの知識すら通じ切らない未知の世界。
・・・そんな場所で、明日、俺は皇帝に会う。
そう思うと、なかなか寝付けなかった。
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翌朝。
目が覚めても、やはり外は薄暗い。
巨木に覆われ、空気の湿ったこの国では、朝の爽やかさというものがかなり希薄だ。
だが、今日は寝坊するわけにはいかない。
顔を洗い、買ったばかりの服に着替え、その上から外套を羽織る。
剣も腰に提げた。
うん。
見た目だけなら、それっぽい。
ちょっとした冒険者感があってテンションが上がる。
『客観的に申し上げますと、昨日より周囲への擬態精度は大きく向上しています』
擬態って言うな。
せめて順応って言ってくれ。
一階に下り、簡単な朝食をとっていると、ちょうど宿の入口が開いた。
「おはよー、アキラ!」
フィオナだ。
後ろにはアルヴァイン、エルザ、ランスロットの姿もある。
「おはよう。ちゃんと起きてたのね」
「いや、そこは起きるだろ。今日はいくら何でも」
「それもそうかしら」
エルザは小さく頷くと、そのまま真面目な顔になった。
「それじゃ、行きながら簡単に説明するわ。謁見のマナーだけど、そんなに難しく考えなくていいの。基本は礼を失しないこと。勝手にベラベラ喋らないこと。聞かれた事に答えること。これだけ覚えておけば大丈夫よ」
「了解」
「それと、わからない事があったら無理に取り繕わない方がいいわ。下手な嘘は、余計に怪しまれるもの」
「そうだな。肝に銘じておく」
「ま、気負いすぎんなよ。相手は皇帝って言っても、食ったりはしねーさ」
「その例えはどうなのよ」
「アハハ! でもちょっとわかる!」
「・・・行くぞ」
ランスロットの一言で、全員が動き出す。
宿を出る。
ひんやりと湿った空気が頬を撫でた。
いよいよだ。
心臓が少しだけ速く打つ。
異世界に来て、冒険者登録をして、街を歩いて――
その次が皇帝謁見って、順番としてどうなんだという気もするが、今さら言っても始まらない。
俺は四人の背を追いながら、ゆっくりと息を吐いた。
さて。
この世界の皇帝ってやつに、会いに行こうじゃないか。




