018 地下
「朝からですか?」
「裂咲も当然つき合ってくれるよね」
テーブルの向こうで笑みを浮かべる女の子。白い髪に獣耳を持った半人半獣は、きっと玩具を手に入れて喜んでいるのだと裂咲は思った。
「は、はい……」
小声の返事に満足そうに頷くと、さあ選べとばかりにメニューを広げてくる。空間に浮かぶ画面には頼めるケーキの一覧が表示された。
この視界に表示される画面の類も宿伎OSを利用しており、不慣れな裂咲はおぼつかない動きでメニューに触れる。
「じゃあ、あの、これで……」
「ふぅん」
目を細める獅子架に怯えながら、ケーキが運ばれてくるのを待つ。
緋色のエプロンをつけた店員が訪れるまでの時間が胃に負担をかけた。
(影飢さん……、早く戻ってこないかな……)
階下で焔艶灯火の店主と話しているであろう影人形のことを思う。
「なに考えてるか分かるんだからね」
「ひっ」
鋭い目で射抜かれて、思わず身をすくませる。
心を読むアプリもあるのだろうかと不安になった。
そんなことを考えながら獅子架を観察する裂咲は、彼女の獣耳がそわそわ動くのに気づいた。続いて階段を上る靴音。すぐに緋色のエプロン姿が現れた。
テーブルに置かれるのはクランベリーケーキとチーズケーキ。
目が輝いている獅子架を前に、くすりと思わず笑いが零れた。慌てて口元を押さえる裂咲だったが、どうやら気づかれた様子はない。それに、なにやら獅子架の視線が揺れている。
「…………」
彼女のほうに置かれたクランベリーケーキ。
裂咲のほうに置かれた二層のチーズケーキ。
どうやら、彼女は両方食べたくなったらしいのだと気がついて。
「あ……、えと、私やっぱり食べられないかもしれません」
「――!」
もの凄い勢いで期待に満ちた目になり、それを隠すように強引な真顔になる獅子架。まったく興味はありませんと装いながら、「ふーん」などと言う。怒らないということは、これはもう食べたくてしかたないのだと裂咲は確信した。
「よ、良かったら、獅子架さんが食べてくれませんか? 私お腹いっぱいで」
「ふ、ふーん?」
「残すのも悪いですし……。お嫌でなければ、ぜひ」
「そ、そこまで言うならしかたないナー」
うわずった声で言って、獅子架はお皿を引き寄せる。
美味しそうに食べる彼女を眺めながら、裂咲は口元が緩むのを感じた。
そこへ再び階段を上ってくる誰かの気配。
「陽火さんと話がついた。今日の予定が決まったぞ」
現れたのは黒仮面の青年だった。
「食べ終わったら始めるからな」
「ふぁい」
思わず再び零れた忍び笑い。今度は気づかれ怒られた。
◆
四人分の足音が狭く薄暗い階段に響いていた。
先頭を行く赤い姿が目にとまる。
踊り場から、後方である裂咲のほうを確認したらしい。
少し、目があった。
緋色のエプロンに癖のある赤髪。
若く見える顔立ちとは裏腹に、物腰は落ち着いている。
揺れる焔を照明代わりに浮かべ、泰然と立つ姿に不安の色はない。
焔艶灯火の女主人に案内されながら、三人は店の地下室へと踏み入っていく。
「広い……ですね……」
それは地下空間と呼んだほうが相応しいように思えた。
自然の洞窟のようにも見える。
大きく広がった空間のなか、数メートルはある結晶樹が並んでいた。それぞれ色や形が様々で、そのどれもが燐子に満ちた輝きを零している。
「今日お前たちに頼みたいのはあれだよ」
そう言って女主人が指差したのは燃えるような赤い結晶樹だった。
「細かいことは影飢に話してある。店で待ってるから終わったら声かけてくれ」
言葉に見やれば、黒仮面が慣れた様子で頷いている。
「裂咲、だっけ?」
帰るために歩き出した女主人が裂咲の前で足を止めた。
「面倒だと思うけどよろしく頼むわ」
「は、はい、陽火さん。頑張ります」
「綺麗にしてくれれば文句はないから気楽になー」
言うだけ言って去っていく。
手をひらひらと振りながら、浮かべた焔と共に階段の奥へと消えていった。
残された裂咲たちの周囲には赤い燐子が舞っている。
静かで、仄かに熱い。
焔艶灯火はこれらの結晶樹から素材を手に入れているのだとか。それを聞いて、裂咲はその素材狩りが今回の話なのかと思ったが否定された。
「それじゃあ掃除開始と行きますかね」
操作ひとつでエプロン姿になった影飢が言う。
手には布はたき。
「だーるーいー」
同じくエプロン姿になった獅子架が騒ぐ。
「始める前からそれかよ。さすが獅子架さん。お前が暴れたから断りきれなかった仕事だって自覚が欠片もないぜっ」
「私は裂咲がちゃんと掃除するか見ている係りするね」
「却下」
「うえぇー」
「いいから異界に入るぞ」
「あ、待って待って。裂咲がまだ着替えてないの」
二人のやり取りを聞きながら、裂咲は開いたメニュー画面と葛藤していた。
「あの、これ、ほんとに着なきゃだめですか?」
「当たり前じゃん!? 私が用意した服が着れないってゆーの」
「でもなんかこれ露出が……」
「可愛いと思って選んだのにひどいなー。裂咲ってそーゆー人だったんだ」
「お前またなにか……」
咎めようとする影飢を制して裂咲は言った。
「わ、私なら大丈夫です。これくらいなんでもありませんっ」
◆
はだけた胸元。剥き出しの腕。短いスカートから見える脚。
フリル多用の白と黒。
メイドドレス姿の裂咲がそこに在る。
「う、うー……」
顔が熱かった。
結晶樹の生み出した異界は火山地帯だったが、それとは別の熱だった。
胸元を隠し、スカートを押さえ、
「……――っ」
ひとり裂咲は苦悶する。誰が見ているわけでもないが、それでも熱は引かない。
加えて燐子が生み出す暑さが蝕んでくる。
「あ!」
枯れた木しか生えていない岩だらけの場所で、動くものがあった。
真っ黒な煤にも似た怪異。
細い手足を動かして器用に動きまわっている。
この煤玉の除去が、今回の「掃除」だった。
「恥ずかしがってる場合じゃないですね」
言うことで気持ちを切り替えて、布はたきを手に裂咲は駆けた。
刀を扱う要領で、的確に標的を打ち叩く。
「ぴぎっ」
妙な鳴き声は断末魔。
あっさり怪異は散り消えた。
「問題は――数、ですか」
気がつけば周囲には数多の黒い影。
刀の紫黒を使えば一掃できそうにも思えたが、裂咲の脳裏に影飢の言葉がよぎる。それは打ち合わせのときの一幕で、「はたき以外だと息が続かないから注意な」という助言。
理由はこの異界特有の環境による継続戦闘の難しさと、この異界特化武装であるはたきの性能。敵と環境にあわせて最適化していない構成で挑めば、長時間の掃除作業が難しい――というのが幾度も陽火から依頼を受けて導き出した結論なのだとか。
「まあ、やることはいつもと同じです」
そう、――格好以外は。
自分を騙しながら、裂咲は煤玉を追って奔走する。
露出過多のメイドドレス姿であること以外は、それはとても真面目な光景だった。
◆
「んはー! 冷たー! おいひー!」
アイスをすくったスプーンを口へと運んだ獅子架が叫ぶ。
特製のそれはたしかに美味で、叫ばないまでも裂咲は同意した。
結晶樹の掃除を頑張ってくれたからと、女主人の陽火が奢ってくれたのだ。
同じテーブルで影飢も黙々と食べている。暑さの厳しい火山地帯での掃除が大変だったのは皆同じらしい。よく見れば、黒仮面の口元へスプーンが運ばれるたびに、スッとアイスが謎の消失現象を起していた。
奇妙な光景だったが、いつものことである。裂咲は気にしないことにした。
「でも本当に美味しいですね」
「陽火さんの腕がいいのもあるけど、素材もいいからな」
「そうですよね。地下の結晶樹はどれも純度が凄そうでした」
「怪異を処理しておかないと、あっという間に悪くなるらしいけどな」
「あ、それでお掃除が必要なんですか」
「そーゆーこと」
答える影飢の視線は上がらず、アイスへと向けられていた。
そんなに気に入ったのかなと思いつつ、裂咲は別の疑問を口にする。
「あの、影飢さん。今日のお掃除で随分と燐子が稼げているんですけど、それもやっぱり純度が高い結晶樹だたからでしょうか」
「ふむ? いや、別に変わらないはずだけどな。ちょっと見せてみ」
裂咲は言われるまま、各種情報を表示させた画面窓を影飢に向けた。
「ん、確かに多いな」
「わたひ陽火にアイスのお礼いってくふ」
唐突に席を立つ獅子架。
「あれ、獅子架さん。さっきお礼言ってましたよね?」
「い、言ってないよ。言ってないったら」
「まぁ待て。裂咲の件、原因が判った」
「…………」
離れようとする獅子架の手を影飢がつかむ。視線がちらりと裂咲に向けられた。
「そのメイド服な。どーやら燐子の回収率が高くなるみたいだ」
「えっ」
「…………」
驚いて、着ているメイドドレスを改めて見た。
「ただの目のやり場に困るコスプレかと思ったんだが、どうやら獅子架なりに裂咲のためを考えてのことだったらしい」
「そ、そうだったんですか……?」
「……べ、別に。そそそんなんじゃないんだから!」
否定に対し、疑惑の視線。
「違うし! たまたまそーゆー効果のしかなかっただけだし!」
「そっかそっか。獅子架は効果を知っていて渡したのかー。そうかー」
「う、うっさいうっさい。だまれ影飢!」
「獅子架さん、ありがとうございます。嬉しいです」
「な、な、あ……う、ぁ……」
顔を赤くして言葉が紡げない獅子架を前に、裂咲は笑みで応じた。
沈黙。
獅子架は小声でなにごとか呟いて。次第にはっきりと続けた。
「だ、だったら? そのえっちぃ格好が気に入ったなら? ずっと着てれば? 嬉しいとまで言って、もう着ないとかないよね。ありえないよね。だったらずっと裂咲はえっちぃ姿でいればいいんじゃないかな? かな? それがいいと思う。それしかないと思う! 決まり決まり、はい決定!」
「え? え? えっ。そ、それはあの……、困ります……」
忘れていた――むしろ押し込んでいた羞恥が舞い戻り、裂咲は顔を赤く染める。
助けを影飢に求めるが、
「俺は頑張れとしか言わない。それにその服は似合っていて可愛いと思う」
「そ、そんなこと聞いてません……ッ」
真面目に馬鹿なことを言うだけで役に立たない。
困り果てて獅子架に視線を戻せば、これはこれで復讐を成し遂げた顔をしていた。
裂咲はもうなにも考えられなくなったので。
とりあえず、溶けるまえにアイスを食べることにした。
「もう、好きにしてください……」




