015 トカゲの夢
濃密な燐子が形作る小さな結晶樹がそこにあった。
幼い獅子架と同じくらいの高さ。そのサイズは珍しくもないが、その横にいたトカゲは珍しかった。
「トカゲさんだトカゲさん。あ、でも竜じゃないね。がっかりだ」
「いきなり失礼な奴だ」
ぺたぺた触る獅子架に対して、トカゲが不服そうに返した。
喋るトカゲは珍しくもない。その大きさがちょっとしたワニサイズだとしてもだ。それでも影飢が少なからず驚きを抱いたのは、そのトカゲがこんな廃墟にいることだった。
朽ちた石造りの家。崩れた天井からは日が注いでいる。森のなかに建てられていたが、草木の侵食具合から相当昔に打ち捨てられたことがうかがえた。
「お前たち人間じゃないな」
「うん、獅子架は白獅子だよー」
「撫でるな触るな。子供は嫌いだ。それに白いの。お前、白獅子じゃないだろう。本物がこんなところにいるはずがない」
「でも白獅子なんだよー」
少女の手は止まらない。撫でまわしている。
「なあ、あんたはなんで『こんなところ』にいるんだ? まさか住んでるのか」
「悪いか?」
「いや、別に悪いとは言ってないけどさ」
ぎょろりと目玉を向けられた。
「なあ、黒いの。お前たちも結晶樹が目当てだろう?」
「……まあ、否定はしない」
人ならざる者に必要なものを、結晶樹は与えてくれる。
結晶樹の作り出す異界に入り、濃密な燐子を浴びることで死を遠ざける。
わざわざこんな僻地に訪れる理由はそれくらいしかなく、隠せるはずもなかった。
「お前たちふたりが結晶樹を使ったところで、別に枯れたりはしないだろう。止めるつもりもない。安心しろ」
「そりゃ良かった」
「ありがとうー、トカゲさん。竜じゃないのに凄いね」
「お礼を言うのか馬鹿にするのかどっちかにしたらどうだ、白いの」
トカゲの声から疲れが見える。影飢も共感するように頷いた。
「ねえねえ、トカゲさん。どうしてここに住んでるの?」
「結晶樹があるからだ」
トカゲはなんでもないことのように言う。
「なんだ、別にそれなら使うときだけここに来ればいいじゃないか」
「そーそー私たちみたいに」
「無理だ」
それはきっぱりとした拒絶だった。
「どうしてどうして?」
「だるい」
微かな沈黙が廃墟を支配する。
「動くのがだるくて無理だから結晶樹の近くに住む――ってことか?」
「そうだ」
「ええーっ、ケーキ食べられないよ!?」
「獅子架うるさい。――なあ、だけどさ。結晶樹を使うときは結局動く必要があるじゃないか。この結晶樹の作り出す異界は結構面倒な手順だって聞いてるぞ」
「異界に入らなければいいだけだ」
トカゲの答えに二人は驚いた。
「樹の近くでじっとしていればこと足りる」
「それは……、そうかもしれないが」
結晶樹から零れる燐子だけで死を遠ざける――、それは気の遠くなる話だった。
「ここ、なにもないじゃないか」
「機巧樹の外であるここに、なにかあるとでも思うのか?」
トカゲを撫でていた獅子架の手が止まる。
「あるよ?」
心底不思議そうに、少女は言った。続いてケーキやお菓子の名前を羅列する。
「お祭りとかも、あるな」
それをトカゲは目を細めて聞いていた。
「だからね。トカゲさんも焔艶灯火のケーキを絶対食べるべき!」
「ああ、そうか、そうだな。でも眠たくなった。もう今日は眠るとするよ。機巧樹にいたころの夢が好きなんだ」
目を閉じ寝息を立て始めるトカゲを、少女は唇を尖らせてぺしぺし叩く。
「起きそうにないな。放っておいてやれ」
「うー」
「獅子架だって、ケーキを食べてるところを邪魔されたら嫌だろ?」
少女は聞いて考え、頷き、しょんぼりする。
眠るトカゲを置いて、影飢と獅子架は結晶樹に手を触れた。




