014 お祭り
「影飢えいきエイキー。お祭りだよだよ。お祭り!」
「祭り?」
喫茶焔艶灯火の一席で、突然獅子架が声を上げた。
空中投影した画面をひっくり返し、可視化モードで見せてくる。
「なになに、『幻想奇術団がやって来る』『魔法の祭典』『おとなからこどもまでどなたでも!』だと?」
「うん! お祭り!」
キラキラした瞳は普段より何倍も澄んだ青に見えた。
「行ってくればいいじゃないか。えーっと開催日は――今日か」
「どうしてそんなことゆーの? 一緒に行こうよ。お祭りだよ」
「俺は一般の方々が多い場所は苦手なんだよ。この格好を見ろ」
影飢は座りながら手を広げ、黒仮面と黒装束を眺めさせる。
「そりゃあ不審者にしか見えないけど、偽装アプリ使えばいいでしょ」
「まさか獅子架に言いくるめられるとは思わなかった」
「えっへん」
「馬鹿にされてるって気づこうな。な?」
よく分からないといった顔で疑問符を浮かべる少女に、青年はため息をつく。
「察しろ。俺はコミュ障だ」
「そりゃあ影飢は知らない人とお話するの苦手だけど、別にお祭りに行ってもひとりでいるだけなんだから大丈夫でしょ」
「獅子架はえげつないな。心が折れそうだ」
「お祭りに行けば楽しくなるよ! 私は楽しそうにしてる影飢が見たい」
終始笑顔で獅子架は言った。
「そうか」
影飢はため息。今度はあきらめの意味で。
「じゃあしかたないな」
◆
丘陵に設営された舞台の周囲には、いくつもの露店が広がっていた。
到着した昼間からずっと獅子架に手を引かれながら見て回る。メインである幻想奇術団の劇が始まるのは日が暮れてからなので、それまでに露店を制覇するのだと少女は宣言していた。
「お前の元気はどこからくるのか問い詰めたい」
「いいの? 説明するよ? 感想文いっぱい書けるよ?」
「ごめんなさい許してください獅子架さん」
夕暮れ。
さらに増えだした人のなか、見つけた長椅子の空きに座り込んでしばらく。獅子架がおつかいしてくれたアイスも食べ終えた。
「そろそろ行こうよ始まっちゃうよ」
気が付けば宵闇で、移動時間を考えれば開演時間になりそうだった。
薄闇になり始めた空の下、少女の手を取って青年は立ち上がる。
◆
「どこもいっぱい……。ねーねー影飢。座れる場所がないよ」
「あー、そうだな。いっぱいだな」
丘陵の落ち窪んだ中心に舞台はあり、それを囲むような形で席は設営されていた。立ち見客も多い。席を探して移動するのも一苦労だった。
「まあ、遠くからでも見れなくはないだろ」
「えええーっ。近くがいい」
「そう言うと思いましたよお姫様」
はぐれないように手をしっかり繋いだまま、影飢は舞台に近付くように進む。
「あれ、なんか空いてる」
「予約席だからなぁ」
「私、予約とかしてない……」
「それは残念だったなぁ」
混雑の解消された道を歩いていた足を止めた。目の前には席が二つ空いている。ためらうことなく座った影飢を見て、獅子架が不安顔を見せた。
「だだダメだよ影飢。勝手に座っちゃ。怒られちゃうよ」
「なんでだ?」
「だって予約してない。遠くてもいいから怒られないところに――」
「してるぞ、予約」
「ふえ?」
挙動不審だった少女が硬直した。
隣の椅子を叩いて座るように促す。ぎくしゃくした動きで従う獅子架。
「どどど、どういうこと?」
「人が多い場所が苦手だって言っただろ」
「い、言ってる意味がわからないとき、どういう顔をしたらいいの?」
「おとなしく劇を見ろ。もう始まるみたいだぞ」
青年はそう言って、少女の顔を舞台のほうに向けてやる。
無数の光が舞台を演出していた。
色彩豊かな光を使った「魔法」が幻想奇術団のやり口らしい。
誰でも楽しめるという謳い文句に偽りはないなと感じながら、影飢はそのアプリ利用の手腕に舌を巻く。すべてを理解できないまでも、結果として劇へと使われる技術に、発想の飛躍を垣間見て驚きを繰り返した。
「わぁー……」
花火のような光が舞台で散ったとき、隣で嬉しそうな声があがる。
見れば、舞台から視線を外さない少女の横顔がそこにあった。
「……――――」
青年は姿勢を崩して視線を劇へと戻す。
「お祭り、か」
小さく転がした言葉は、わいた歓声のなかに消えた。




