011 討伐依頼
「獅子架さん。ちょっと聞きなさい」
「なんですか影飢さん」
焔艶灯火の一席で、妙に改まった影人形の青年が言う。
獅子架も食べていたパウンドケーキから視線を上げて問う。
「お金がねーんですよ」
「…………」
幼い少女はじっと手元のケーキを見た。
なにやら焦った顔で青年を凝視する。
フォークを持った手をカタカタ震わせながら、
「く、食い逃げは嫌だよ……!?」
絶望的な顔色で獅子架は言った。
「――いや、そういう話じゃないっての」
「ふぇ」
「安心しろ。ここの支払いとかは余裕だ」
「よゆー?」
「うむ」
「…………」
少女の視線は再びケーキに落ちた。
「よ、よかったあ……。二度とこのお店のケーキが食べられないかと思った」
脳内でどこまでなにが繰り広げられていたのか。
影飢は黒仮面を押さえて肩を落とした。
「だけどまあ、これ以上ケーキは食べられないぞ」
「なんで!?」
「さっきも言っただろ。お金がないんだ。だから稼ぎに行くぞ」
「私のお小遣いまだあるよ?」
「それがなくなったらどーするんだよ」
「影飢からもらう!」
なんの疑いもなく少女は宣言する。
「よし、お前が馬鹿なのはよくわかった」
「なにそれひどい」
「とにかく今日は稼ぎに行くぞ。お前のケーキ代稼ぎだ」
「ええーっ。この前稼いだのに」
「誰かさんがよく食べるので足りないんですよ。わかったか」
「だ、誰だろうねー……。あ、いや、えっと、その、ごめんなさい」
引きつった顔で応じた少女を連れて、青年は店を出る。
◆
村を荒らす怪異の討伐。それが今回の依頼内容だった。
目的地である村には怪異に対処できる者はおらず、その代わりに影飢と獅子架が討伐を実行する。怪異の住処は判明していたので話は簡単だった。
「おー、なんか見張りまでいる」
薄暗い森の茂みに潜みながら獅子架が隣で囁く。
怪異の住処である洞窟の入り口には一匹の怪異がいた。歪な人型の影絵。通称影ゴブリンと呼ばれる人を襲う化け物だ。
「んじゃ、さくっと行こうか」
引くのはトリガー。奔ったのは黒い雷。
冥式狙撃銃による一撃は、あっさりと怪異の頭部を貫いた。
そのまま洞窟内へと進む。
暗闇は視覚補正系のアプリを利用して見通した。派手に暴れられない場所柄、保持領域に余裕がある。影飢は火力を落とし、アプリ構成を索敵系に切り換えていた。
視界情報の一部を獅子架と共有しながら洞窟内を行く。
遠くに敵を発見した時点で足を止めた。
影飢が補助アプリで標的を指定、情報共有をした獅子架が白剣の力を解放して射抜きにかかる。
刀身が左右に開き、内部から小型飛翔端末を複数分離。
折れ曲がる洞窟の奥まで飛ばせば――発光。
即座に、索敵アプリが標的の消失を知らせてきた。
「ふふん」
「はいはい凄い凄い」
影飢は頭部の獣耳をわしゃわしゃ撫でまわす。
「その調子で残り二十八体。頑張ってくれ」
「……そ、そんなに?」
広域爆撃すれば終わる戦いとは違い、針に糸を通すような疲れがある状況だ。獅子架が嫌そうな顔をするのも当然だった。
「訓練も兼ねてるんだから頑張れ。マジ頑張れ」
「だまされた」
「アプリ構成伝えた時点で気づかないお前が悪い」
「そんなー」
再び頭を撫でてから、影飢は進みだした。それに獅子架が慌てて追い縋る。
その後も順調に討伐を進め、二人は問題なく帰還した。
◆
「で、獅子架さん」
「ん?」
「稼いだ分が消えそうな勢いで食べるってどういうことですかね」
場所はやはり焔艶灯火。既にケーキ皿の山ができていた。
「だって影飢言ったよ。ケーキ代稼ぎに行くって」
「おま――、それがメインじゃないのはさすがに理解してるだろーが」
考えるように獅子架は視線を巡らせて、
「メインは……、私の訓練だった」
その言葉に影飢は言葉に詰まる。
「これは頑張った私へのご褒美なの。わかった?」
勝ち誇ってフォークを指先でまわす獅子架。
どのあまりのドヤ顔に、怒りに震えた影飢が宣言した。
「じゃあ明日も稼ぎに行くからな。決定な」
「は? え? なに言ってんの」
「お前がケーキいくら食べても大丈夫なくらい大変で面倒な奴選んでやるから」
「えええええーっ。なんでー!?」
口論は止まらず歯止めが利かない。
穏やかさの欠片もなく、優雅さなど微塵もない闘争の時間。
焔艶灯火の二階で繰り広げられる舌戦に、それでも終わりの足音は訪れる。
赤毛の店主に怒られました。




