2話 「おい無能、戻るのを許してやるから荷物を持て」と命令してきた元勇者、隣にいる聖女様の冷たい一瞥にガタガタ震え出す
翌朝。王都の冒険者ギルドは、朝一番の依頼を求める連中でごった返していた。
俺は隣を歩く金髪の美少女――聖女エルザと共に、ギルドの扉をくぐる。
昨日までボロボロの服を着ていた俺だが、エルザが「我が主に相応しい装いを」と、最高級の黒い魔導外套を用意してくれた。それだけで、周囲の冒険者たちの視線が刺さるように集まってくる。
「おい、あれって……『奇跡の聖女』エルザ様じゃないか?」
「なんでこんな一般ギルドに……? いや、隣の男は誰だ?」
ざわざわと静まり返るギルド内。
その中央に、見覚えのある「間抜けな顔」が固まっていた。
勇者アランと、魔術師のミリーだ。
彼らの鎧はボロボロで、ミリーの自慢の髪はゴブリンの泥で汚れている。昨日、俺のバフ(能力底上げ)を失ったせいで大敗したツケが、さっそく顔に出ていた。
アランは俺の姿を見つけると、これ幸いとばかりに邪悪な笑みを浮かべ、大股で歩み寄ってきた。
「おいおいおい! 誰かと思えば無能の荷物持ちじゃねえか! 高級なコートなんか着ちゃって、どこかで盗みでも働いたのか?」
アランの声がギルド内に響き渡る。ミリーも後ろからフン、と鼻で笑った。
「アラン、ちょうどよかったわね。今日のダンジョン、あんたがいないせいで荷物が重くてイライラしてたのよ。戻るのを許してあげるから、さっさと私たちの荷物を持ちなさい」
相変わらず、自分たちがどれだけ危機的な状況にいるかも分かっていない、哀れな奴らだ。
俺がため息をひとつ吐こうとした、その瞬間。
「――我が主に向けたその不敬な口、二度と利けぬように叩き潰してあげましょうか?」
一瞬にして、ギルド内の空気が氷点下まで凍りついた。
エルザの身体から、世界最強の魔導師にふさわしい、圧倒的な黄金の魔力が狂気のように膨れ上がったのだ。その凄まじい威圧感に、アランとミリーは「ひっ……!?」と短い悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。
「え、エルザ様!? な、なぜあなたが、そんな無能を庇うのですか!?」
アランがガタガタと膝を震わせながら、命乞いするように叫ぶ。
エルザはゴミを見るような冷徹な瞳でアランを見下ろし、凛とした声で告げた。
「無能? 愚かですね。このお方は、私の暴走を指先一つで支配し、救ってくださった我が絶対の主。世界を統べるべき神の権能をお持ちの御方です。貴方たちのような有象無象が、気安く口を利いていい存在ではありません」
「な……んだって……?」
アランとミリーの顔から、一瞬で血の気が引いていく。
『奇跡の聖女』が、自分たちが昨日「ゴミ」として追い出した男の足元に、信奉の眼差しで寄り添っている。その異常な光景に、ギルド中の冒険者たちも驚愕のあまり絶句していた。
「おい……あの荷物持ち、聖女様を従えてるぞ……!」
「神の権能って……アランたちは、とんでもないバケモノを敵に回したんじゃないか!?」
周囲の囁き声(崇拝)が、心地よくギルド内を満たしていく。
「あ、アラン……魔法の出力が、昨日から本当に半分以下になってるの……。もしかして、私たちが強かったのって、全部こいつのおかげ……?」
ミリーがガタガタと震えながら、ようやく冷酷な真実に気づき始めていた。
「う、嘘だ……! そんなはずがあるか……!」
現実を受け入れられず、床に涙とヨダレを撒き散らす元勇者。
俺はそんな彼らを見下ろし、エルザの柔らかい手を引いて歩き出した。
「行こう、エルザ。もう俺たちには関係のない連中だ」
「はい、我が主。どこまでも御供いたします」
背後で「待ってくれ! 悪かった、戻ってきてくれ!」と泣き叫ぶアランたちの声を、俺は完全に無視した。もう遅い。




