23 謝罪
まるで神様の吐息みたいな静かな風が吹いて、優しく私の髪を撫でる。その中にまじって香る、花の匂いとお茶の匂い。
その風にのって伊織さんが穏やかに言った。
「ごめん、悩ませるようなことを言って」
「い、いいえ、あの、その内考えなくちゃいけないことですし。私こそ家に置いてもらってとてもありがたいです。しかもお仕事もさせてもらえるわけだし」
言いながら私はなんとか笑顔を作って首を横に振る。
「今はまだどうしたらいいかわかんないけど、気持ちに余裕ができたら考えられるようになるかなって」
伊織さんの好意にどこまで甘えていいのかわかんないけど、今の私には頼れる相手いないしな。
にしてもなんで伊織さん、ここまでしてくれるんだろう。
そう思って、私は伊織さんをじっと見つめて言った。
「あの、伊織さん」
「んー、何?」
「なんでそこまで私にしてくれるんですか?」
私の問いかけに、伊織さんはお団子の串を手に持ってにっと笑って言った。
「前にも言ったけど、無傷で保護しなくちゃいけねーのに怪我させたからな。慰謝料みたいなやつ」
「慰謝料……」
呟いて私は首を傾げる。
にしては至れり尽くせりなような気がする。
だって服買ってくれて家具も買ってくれて。私が抱える問題まで解決してくれた。今は親探しと友だち探しも引き受けてくれている。
これもあやかしと人間である私では常識が違うからかな。
伊織さんは団子をぱくりっと食べて、串を皿に置いて言った。
「言っただろ、俺たちは政府に雇われてるって。闇オークションの主催者潰して、そこに女提供していたやつらも少しずつ叩いてる。昨日の借金取りの件もその一部にすぎない。だからあんたが気にすることはねえよ」
「そう、なんですね。なんか私、迷惑かけてないかなって思っちゃって」
言いながら私は苦笑する。
迷惑かけていたら嫌だもん。
伊織さんは首を振って、優しい笑みを浮かべて言った。
「んなわけねーよ。あんたは犯罪被害者なんだから」
そう言って伊織さんは抹茶が入った湯のみを手にしてそれをぐい、と飲んだ。
そう言ってもらえるとちょっと気持ちが楽になる。
今の私には伊織さんたちしかいないんだよなぁ。親とも連絡できないから。
もうしばらく、私、甘えさせてもらっていいのかな。よくないって思うけど、たかだか十八歳の私がひとりで生きていけるかって言ったら、そんなのは厳しいことくらいすぐにわかる。
そう自分を納得させて私はお団子を手に取って口にした。
みたらしのお団子、あまじょっぱくておいしい。
「んー、おいひい」
甘い物食べて、お散歩できて穏やかに過ごせるって幸せなんだなぁって思う。
お抹茶もいただいて私たちはお茶屋さんを後にする。
ここは神社なので、お参りしていこうということになり私たちは神社の本宮へと向かった。
観光客かな。けっこう人が多い。ここ、トーキョーだもんね。
私が住んでいたところはこんなに人、多くないからちょっと驚いてしまう。
外の空気は気持ちいい。借金のことが心配なくなったのは大きいなぁ。
空を見上げると、なんだかすごく広く見えた気がした。
こんな風に空を見たこと、あったっけ。いつも前か下しか見ていなかったな。
そう思うとなんだか妙な気分だった。
私は歩きながら伊織さんに尋ねた。
「伊織さん、なんで出かけようって誘ってくれたんですか?」
私の隣にぴったりと張り付くように歩く伊織さんは、サングラスをちょっとずらして言った。
「だってあんた、ずっと俺の家にいるだけだっただろ。それにいつあいつらに見つかるかわかんねー状況だったし。借金の事、解決したから出かけるのもいいのかなって思って」
「そう言えばそうですね」
だからといって息苦しさを感じていたわけじゃないけど。
桔梗さんが話し相手になってくれたし、家事っていうすることがあったから。
でも私の事、気遣ってくれてなんだな。そう思うと嬉しかった。
「ありがとうございます。こうしてお外歩くと気持ちがいいです」
「それならよかった」
そう、なんだかほっとしたような顔で伊織さんは言った。
神社に参拝してそのあと私はおみくじがあるのを見つけた。
参拝を終えた人たちがおみくじのまえで立ち止まり、どれにする? と言いあっている。
ふつうのおみくじ以外に守護石のおみくじとか恋みくじとかある。
守護石のおみくじって面白そう。
おみくじを見つめていると、耳のそばで声がした。
「気になんの?」
って、伊織さんが私の顔の横からおみくじを覗き込んでいることに気が付く。
「え? あ、えーと」
そんな耳のそばで喋られるとドキドキするんだけど。
たまに思うんだけど伊織さん、たまに距離感おかしくないかな。
私は緊張しながらおみくじを見つめて言った。
「ちょ、ちょっとですけど」
「どれがいいの」
その言葉の後にお金を出す音が続く。あ、これはもうおみくじやる流れだ。
私はちょっと考えて、守護石がでるっていうおみくじを指差した。
「あの、これがいいです」
私がその石のおみくじを指差すと、伊織さんが当たり前のようにお金をぽい、とおみくじが入った箱の横の、さい銭箱に放り込む。
「あ、ありがとうございます」
私はお礼を言って、おみくじを一枚とった。
小さな和紙の袋の中におみくじと石が入っていて、石はピンクっぽい色をしていた。
「なんだろうこれ……」
つぶやいて私はおみくじの箱についている説明を見る。
紅水晶っていうらしい。良縁結びと、心身の健康、みたいなことが書いてある。
それを見て、思わず私は笑ってしまう。
「良縁かぁ。いい縁、結べるといいなぁ」
そう呟いて、私はおみくじを取り出す。
何が出るかな。初詣じゃ小吉だったっけ。
わくわくしながら開けると、「吉」って書いてあった。
「へえ、吉ならいいじゃん」
って伊織さんが横から覗き込んでくる。
「吉って大吉の下でしたっけ」
「神社によって違うらしいけどな、それ」
なんて言って伊織さんは笑う。
「そんなてきとーなんですか?」
驚く私に伊織さんは口元に手を当てて言った。
「別にわるくねーんならいいんじゃね。それにあんた、この一か月でいろいろあったんだし、これ以上悪いことが起きることはねえだろう」
そう言うものかな、うん、そうだといいな。
私はおみくじを畳んでおみくじを結ぶところにそれを結んだ。
「伊織さんはおみくじ、しないんですか?」
「俺は神サマの守護の下にはいねえから意味ないんだよ」
あぁ、そうか。あやかし、だもんね。
いくら見ても伊織さんはちょっと変わった感じの、すごく優しいお兄さんにしか見えないのに。あやかしだって話が嘘みたいに思えてくる。
だって人間の方がよほどひどいものだから。




