22 藤を見に
空から降るように咲く、紫の花の雨。
トンネルみたいに組まれた木の枠に絡みついて、藤の花が咲いていた。
平日ということもありそこまで人は多くはないけど、出店があって賑やかだ。
私は藤の花の雨を見て声を上げた。
「うわぁ……すごい。こんなふうに花、咲くんですね!」
言いながら、私は伊織さんを振り返る。
黒い帽子に黒いサングラス。それに、黒地に紫の花が描かれた羽織。それに袴のような形の黒地のズボンを履いた伊織さんは、私の背後にピッタリと張り付き言った。
「ああ、そうだな。花の匂いがすごい」
「匂い……?」
言われてみれば、甘い匂いが漂っている。
「すごい、確かに匂いがする!」
藤の匂いってこんな匂いなんだ。ちょっと上品な感じがして不思議な感じ。
トンネルの中で藤の花を見上げていると、通りすぎる人たちの声が聞こえた。
「あの人いい感じじゃない?」
何のことだろう、って思うと周りを見ると伊織さんの方をちらちらと見る人たちがいることに気がついた。
何度か伊織さんと出掛けているけど、全然気が付かなかった。伊織さん、目立つんだ。
確かに伊織さん、背、高いし帽子とサングラスしてても顔がいいのわかるくらい雰囲気ある。
しかも今日の服がすごく藤の花と合ってて余計に目立つのかも。
注目されてるのは伊織さんなんだけど、なんだか私、不思議な気持ちなってしまう。
なんだろう、この感じ。
なんだか言葉にならない気持ちを抱えながら、私たちは藤の花のトンネルを抜けた。
その先には池があってそれを囲うようにたくさんのお花が咲いていた。
残念ながら私には花の名前、わかんないけど。
菜の花はギリギリわかる。
お花が咲いているのを見るとすごく春を感じる。
辺りには、伊織さんみたいな和装っぽい人も多かった。
私も和モダンな服を着た伊織さんに合わせて、ちょっとそれっぽい服を着ている。
白地に淡いピンクで花の柄が描かれた羽織。これは桔梗さんがくれたものだ。
「葉月ちゃんに似合うと思ってー」
て言っていた。
それに膝上のスカートとハイソックス。ローファーを合わせた。
新しい服はそれってだけで気分があがる。
ちらほらと着物の人もいる。最近は簡単に着られる着物があるって、お母さんが言っていたっけ。
それを思い出してちょっと心が痛くなって、思わず胸に手を当てた。
お母さんたち、どうしてるかな。なんで私だけおいて消えちゃったんだろう。
私だけ置いていかれてずっともやもやがのこってる。
そんな私に気が付いてなのか、私の肩にそっと手を置く。
「葉月さん」
「は、はい」
ビクってして、私は伊織さんを見上げる。
花の匂いに混じって伊織さんのお香と、その後ろに隠れている煙草の匂い。
家で煙草吸っているの、見たことないけどいつ吸ってるんだろう。
彼は手で池の向こうを示して言った。
「あっちに茶屋があるらしいから、そこでちょっと休もうか」
言われて私は伊織さんが示す場所を見る。
そこにはのぼりと、焦げ茶色の屋根の小さな建物が見える。
気遣ってくれているのかな。
私は伊織さんに向かって笑顔で答えた。
「そうですね、ありがとうございます」
「じゃぁ行こうか」
そう言って、伊織さんは私の肩に手を置いたまま池にそって歩き出した。
池にはカモや鯉が泳いでいるのが見えた。
足を止めて楽しげに写真を撮る人が多い。
雲も少ない、いいお天気で穏やかだしちょうどいい気候だった。
お茶屋さんは店内と、外に席が用意されていてお客さんが飲み物を飲みながら談笑をしている。
私たちは飲み物とお団子を注文して、外に席をとって座った。
静に風が吹いて、私は池の方へと目を向ける。
「なんだかすごいいろんなことがあった一カ月だったなぁ」
って思わず呟く。
卒業旅行に行く前は何でもないどこにでもいる普通の高校生だったはずなのに。
家族がいなくなって、借金取りに連れ去られてオークションで売られかけて。
撃たれて伊織さんたちに救われた。
怒涛が過ぎるでしょ。
そんな私にメニューが運ばれてきたあと、伊織さんが言った。
「葉月さん、とりあえずもうあんたを追いかける奴らはもういないけど、これからどうしたい?」
「これからかぁ……」
呟いて私は抹茶が入った大きな湯呑に手を付ける。
私の未来、どうしたいかな。
大学はとりあえず休学してるけど、学費の問題がある。
両親が見つからない限りは私、学校に通い続けることできないし。
そしてそれを持ったまま伊織さんに向かって言った。
「親がどこに行ったのかわからないし、大学の学費のこともあるし……私、どうしたらいいのかよくわかんなくって」
言いながら私は力なく笑う。
先の事、何にもわからないし何にも見えないから。
私の言葉に、伊織さんは目を細めて呟く。
「大学……通いたいものなの」
そう言われて私は言葉に詰まってしまう。
通いたいかと言われたらどうだろう。
私は抹茶を見つめて呟く。
「どう、かなぁ、だって大学行くの、当たり前だと思っていたから」
でもしたいことがあるかと言われたら、特になんにもない。
大学に行くのはたんに、世の中に出るのを遅らせるためのもの、って感じだったし。
伊織さんは抹茶を飲んで言った。
「金ならいくらでも出せるって」
そう言われて私は大きく首を横に振った。
「さ、さすがにそんなの無理です。だって理由がないし。何百万ってかかるし」
早口で私が言うと伊織さんは不思議そうな顔になる。
あぁそうか、伊織さん、あやかしだし私なんかとは常識が違うんだ。
「べつに使い道ねえし、俺は気にしないけど」
「私が気にします」
被るように言うと、伊織さんは不思議そうな顔を崩さなかった。
「だって何百万ですよ。えーと……すっごいお金かかるし、だってやっぱり理由ないからダメです。あの、私それなら大学辞めます。せっかく受かったけど……」
「俺はよくわかんねえけど、大学受験って大変なんでしょ? べつに通えばいいじゃん。ダメなの?」
まっすぐに目を見つめられてそう言われると、返す言葉が思いつかない。
でもさすがにあやかしとはいえ他人、だし……そこまでしてもらうわけにはいかない。
だから私は首を横に振って言った。
「でもさすがにそんな大金払ってもらうのは無理です。まだ今四月だし、時間あるからもう少し考えます」
そんな私の答えに伊織さんはずっと不思議そうな顔をしていた。




