会議は踊る……こう、物理的に。
「新勢力……『小悪魔』……」
大企業の社長室なような部屋。
社長室というには広く、見通しがいいその部屋で、この部屋の主である男が忌々しげに呟く。
「馬鹿馬鹿しい……ただの子供ではないか……」
壮年で巨漢の男……野太くエネルギーを感じる男の言葉に、誰がどう見ても高級な机がビリビリと震える。
「……ふん」
岩のような指が軽く……ほんの軽く指で机を叩く。それは誰もがするような、考え事をするごく普通の行為。
にも関わらず、広い部屋の空気が波状となって震える。
存在感が違う……人間としてのステージが違う……。
特注のスーツでも隠しきれない筋肉が、歳を感じさせない。いや、溢れ出る覇気が歳を重ねた分だけの凄みを感じさせる。
生まれながらの『王』とでもいうような男。
「こんな子供が……『勢力』だと? ……ふざけているのか」
目の前に映るモニターを見ながら男は呟く。
その瞳は穏やかそうで鋭く、睨みつけるようにモニターの中で笑う白髪幼女を射抜く……。
男は『人工ダンジョン勢力』のトップであり、人工ダンジョンを勢力にまで押し上げた傑物『総ダン長』。
そしてトップでありながら、人工ダンジョン勢力において個人の最高戦力だ。
「『総ダン長』、わざわざ来てくれた長の前ですよ」
男の後ろに立つ秘書の男が、ため息をつく。
「ぬ……おぉ、すまぬな」
総ダン長は、軽く手を上げて目の前に立つ二人に謝罪をする。
「キシシ、構いませんよ。総ダン長殿」
「オホホ、そうですわ。総ダン長様」
胡散臭い……キツネの様な男。
そして、絵に描いたような高飛車な女。
「ふむ……して、結局のところ二人はどうする?」
「キシシ、無論引く気はありませんとも……」
「同じく……ですわ」
総ダン長は、ゆっくりと手を振り上げパシンと膝を打つ。破裂したかのような衝撃が、二人の髪や衣服を揺らす。
「キシシ……」
「オホホ……」
二人の長は、暴力的な存在感に強がりな笑みを浮かべながらも額に汗をかく。
そして人間を超えた男は、押し潰しそうな覇気をもって口を開く。
「あい分かった……」
小声で静かに告げるその言葉は、至近距離で叫ばれたかのように脳を揺らされた錯覚に陥る。
「その意気や良し……我が人工ダンジョン勢力は実力主義。争え、勝ち取れ、全てを利用し、狡猾であれ」
総ダン長は血に飢えた獣のように笑う。
「約束通り、勝利をむしり取った方に大株玉の所有権を与える……励めよ」
「「ッ……はっ!」」
――――――――――――――――――――
「「…………ふぅ」」
下がるエレベーター、その中で二人の長。キツネのような男と高飛車な女は同時に汗を拭く。
「キシシ、とんでもないお方ですね」
「オホホ、生きた心地がしませんでしたわ」
猛獣の檻から脱出したかのように、二人はエレベーターの壁に寄りかかる。仲の良さそうな態度をしているが、この二人はライバルだ。
「これから帰るの、億劫ですねえ」
「同感ですわ。でも、今日のうちに取り決めをしないといけませんもの」
「キシシ、大変ですねえ」
「お互い様ですわ」
というより『お隣さん』である。
何かといえば人工ダンジョンの。
「キシシ、しかし大株玉ですか」
「勝った方が……ですわよ」
チーンとエレベーターが止まり、二人は同時に降りる。そしてビルを出た。
明るい街、しかしココは外ではなくダンジョン内だ。
しかし、普通の冒険者が立ち入ることのない、いわゆる『スタッフルーム』とも言える。そのスタッフルームが街のようになっているだけだ。
「相変わらず凄まじい規模ですねえ。中央は……」
「オホホ、空間をイジっていますものね……。大株玉を得られれば、私のダンジョンも空間拡張ですら意のままですわ」
キツネ顔の男は、胡散臭い笑みを浮かべる。
「勝った方が……ですよ?」
「ならばワタクシのダンジョンで間違いないですわ」
「キシシ……」
「オホホ……」
お互いに火花を散らす。どちらも自分が負けるとは疑っていない様子だ。
そして二人は列車を待つ。
人工ダンジョンは広大な土地を縄張りにする勢力。
必然、ダンジョンを移動するのにも時間が掛かる。そのためスタッフ用の列車が走っているのだ。
「……」
「……」
そしてお隣さんである二人の乗る列車は同じ方向なので、しばらくライバルと顔を合わせる事になる。
雰囲気出してバチバチの言い合いをしていたので……ちょっと気まずい……。
「しかし、総ダン長の重圧……ハンパなかったですわね」
「キシシ、機嫌も良くなかったですしねえ」
敵とはいえ、別に話が合わないワケではない二人は、無言の時間に耐えきれず会話を始める。先ほどのパワハラじみた総ダン長の覇気にストレスを感じて、同じ環境に晒されたライバルと共有したい欲もあった。
「新勢力……『小悪魔』ですの? 話には聞いていましたが、総ダン長はよほど気に食わなかったみたいですわね」
「……それもそうでしょう」
高飛車な女の言葉に、キツネ顔の男は胡散臭い笑みを消して呟く。
「アナタ、なにか知ってますの? そういえばアナタは人工ダンジョンが勢力と認められる前からの人員でしたわね」
「キシシ、えぇまぁ……当時は下っ端でしたがね」
キツネ顔は苦い顔をした。
「巻き添えくらうのはゴメンですから、少し情報を共有しておきましょう。総ダン長にとって『勢力』とは特別なんですよ……」
「特別……ですの?」
「あの方を見て、アナタはどう思いました?」
「それは……『凄まじい』……としか。言いたくないですが同じ人間だと思えませんわね」
キツネ顔は鷹揚に頷く。自分も同じ気分だと……。
「キシシ、そうですねえ。人間を超えた人外……この人工ダンジョンに属する数多の人員のなかですら、総ダン長の足元に及ぶものはなし……」
「ええ分かりますわ。あの方を超える存在などいないですわね」
ここでキツネ顔は表情を消した。
「いえ、居るのですよ……」
キツネ顔の言葉に、高飛車女は目を見開く。
「人工ダンジョンが勢力となる前……、あの方は一人の男に血祭りに上げられました。それはもう、手も足も出ずに……」
「まさか……町長?」
それならば分かる。そして総ダン長が『小悪魔』に敵意を持つのも分かる。しかし、キツネ顔の返答は否だった。
「いえ……町長ではありません」
「ではいったい誰ですの! その男というのは!?」
気になる話をされてキツネ顔を見つめる。彼はたっぷり溜めて口を開いた……。
「分かりません……」
「え? 不明ということですの?」
肩透かしの言葉に少しガッカリする。しかしキツネ顔は怖い話でもするように言葉を続けた。
「ええ、死にましたから……だから何者でもないというのが本当のところですね……」
「どういう事ですの? あぁ総ダン長に殺されたとか……」
「いえ、殺したのは総ダン長ではありません。教会の『勢力』ですよ。しかも、その勢力では下っ端でした……」
「…………え?」
総ダン長が手も足も出なかった相手を? 人間を超えた人外の化け物である総ダン長を超える存在が……勢力とはいえ下っ端に?
「まさか……」
「いえ、事実です。それからですね、総ダン長が『勢力』に固執し、ダンジョンを急速に拡大したのは……。そして、あの方はダンジョンを持って『勢力』と『勢力管理局』に認められた……」
「……」
「総ダン長も言っていたでしょう……勢力は実力主義。『争え』、『勝ち取れ』、『全てを利用し』、『狡猾』であれ」
そう、あれほどの人外の力を持っているのに、総ダン長は狡猾であることを良しとし、個人の強さに重きを置いていないのだ……。
「あの方にとって『勢力』は特別です……だからこそポッと出の子供……」
「新勢力……『小悪魔』の存在が許せない……」
「キシシ、怖い怖い……」
「オホホ、もし小悪魔が現れたら、総ダン長の怒りを買い、その一帯が消し飛ぶかしらね……」
シンとする列車内で、二人のダンジョンの長は無言で唾を飲む。
――――――――――――――――――――――
そして、二人はお互いのダンジョンの緩衝地帯において、急増で作られた会議室に座る。
「キシシ……それでは軽く条約を決めましょうか……」
「オホホ……そうですわね」
「ヘイ!」
「……ぬん!」
彼らの背後にはそれぞれ五人の幹部が並ぶ。
これから縄張り争いの条約を決めていくのだ……。
「まずは、敗北した方は吸収でいいですかね?」
「問題ないですわ……オホホ、アナタを部下に出来るなんて楽しみですわね」
「ヘイ!」
「キシシ……それはそれは大層な自信ですねえ」
「負けた方の長は、勝った方の副長に治るということでいいですわね?」
「……ぬん」
お互いが舌なめずりをするように相手を見遣る。有能なのは認めているのだ。
「キシシ、いいですとも。職員はどうします?」
「そうですわね。退職をしたい者は退職金を用意して、残りたい者は合併でいいんじゃないんですの?」
「ヘイ!」
「キシシ、まぁ妥当なところですねえ。退職金は合併後の資金から出す事にしましょう」
「それでは大株玉のあるエリアや、この会議室はどういう扱いにしますの?」
「……ぬん」
お互いが油断出来ない相手だが、会議の内容はサクサクと決まる。わりとオーソドックスな縄張り争いが好みなのもある。
「各種侵略不能エリアにして、本陣を落とせば決着でいいんじゃないでしょうか? 何事も起きなければ……」
「えぇ、いいでしょう。ふふ、楽しみですわねぇ、何事も起きなければ……」
「ヘイ!」
「キシシ、本当に……アナタの実力だけは認めてますからね」
「オホホ、お互い様でしてよ、コキ使ってやりますわ」
「……ぬん」
「キシシ」
「オホホ」
「ヘイ!」
「……」
「……」
「……ぬん!」
この会議室にいる……全員が……視線を逸らしている……。
「ヘイ!」
「……ぬん!」
「ヘイ!」
「……ぬん!」
チラリと……キツネ顔が壁際に視線をやる。
チラリと……高飛車女が壁際に視線をやる。
……踊ってる。
「「……」」
お互いの後ろに並んだ幹部達全員が下を向いて視線を逸らす。全員が……ダラダラと汗をかいている。
「ヘイ!」
「……ぬん!」
二人の幼女が……壁際の檻の中でハリセンを振り回しながら踊ってる……。
「「……」」
二人の長はゆっくりと頭を抱えて、会議室のテーブルへと突っ伏した……。
「……どうすんのよ……これ」
「ヤバいヤバいヤバい……」
大事な時期なのだ……縄張り争い以外の障害を抱えたくないのだ……。
だがダメだ……。
この大事な時期に、よりにもよって総ダン長の機嫌を損ねる大問題が発生しているのだ。
「「ヤバいヤバいヤバい……」」
本当は総ダン長と話している時からずっと頭を悩ませていた。とても不味い……いま総ダン長に介入はして欲しくないのだ。
しかし、そんな彼らは超弩級の爆弾を抱えていた……。
「新勢力『小悪魔』……」
「……拾っちゃった」




