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並ぶマグカップ



「んでぇ、幼女ちゃんや。このダンジョンどーすんの?」

「……ん」


 周りを見渡して、ドーム状のダンジョンを眺める。

 ダンジョンは静かに動きを止め、遠慮がちな灯りが舞台裏のような雰囲気を醸し出していた。


「……もういいか」


 感情の見えない瞳で、幼女ちゃんは親子を見つめると、目をつぶって体から出る黒いモヤを消した。

 そして次に目を開けたときには、普段の瞳に戻っている。


 ふむぅ? ダンジョンの灯りが少し変わったね……。


「うをッと……」


 とか思ってたら急に『何かに押し除けられる』ような感覚が私を襲い驚く。

 ん〜……あ、これ、私の『領域畑』が塗り替えられて無くなっちゃったのか。


 まぁ、これから判断するに、どうやら幼女ちゃんが、乗っ取っていたダンジョンを返して、マミィ〜の制御下に戻ったってことだね。


「マミィ〜にダンジョン返したんだね。……いらんのかい?」

「……うん、というより。いつまでも乗っ取ってられない。……ここはハズレだし」


 幼女ちゃんは目をシパシパさせながら、呑気に欠伸をする。

 なぁ〜るほど。たぶんこの子……ブラフをかましてたな。つまりハッタリだ。


 マミィ〜のダンジョンを乗っ取ったのは本当なんだろう。けど、乗っ取ったダンジョンを恒久的に我が物にできるワケじゃなかったんだ。

 ずっと維持はできない、けどそんな事をおくびにも出さずにマミィ〜に敗北を突きつけたんだろう。


「キミ、大物だねぇ……」

「……ヒヤヒヤもんよ。アイツと敵対すんなよ。つぎは勝てないから」


 オッケー、つってもマミィ〜の戦意がなくなったと思ったからダンジョンを手放したんだろ?


 私にゃイマイチ、マミィ〜と三つ編みちゃんの考えってよく分からんのやけどね。まぁ当人同士が納得してんならええんちゃう?


「ま、戻ってきたかいはあったね。いただき」


 私はポケットからマミィ〜の指輪を取り出して弾く。クルクルと空中で回る指輪を――


「……あむ……ゴックン」


 飲み込んだ。

 ふへへ、領域エネルギー……ごっつぁんです。



 ――――――――――――――――――――――

 


「白髪ちゃん〜、いいのかしら?」

「……いいも悪いもない。これ以上、維持できないだけ」


「そぉ〜……」


 マミィ〜が複雑そうな顔で幼女ちゃんに問い掛けるが、彼女はつまらなさそうに答える……。ダンジョンを返したことだね。


 マミィ〜と三つ編みちゃんは、並んで顔を見合わせる。う〜ん、そっちは片付いたってことでいいんだよね?


「んじゃ、お開きってことでいいっすかね?」


 そろそろ行こうぜ幼女ちゃん。

 目的も達したし、ここに残る理由もねぇわな。


「待って、ここに――」

「……のこらない」


 三つ編みちゃんの言葉に、幼女ちゃんは被せるようにして否定した。そやろね。

 幼女ちゃんは冷たく言い放つ。そしてマミィ〜と三つ編みちゃんを交互に見つめた。


「……オマエといっしょだ」

「一緒?」

 

「……わたしにもお母さんがいるんだ。オマエの母親はソイツなんでしょ……でも、わたしのお母さんはちがう。わたしはお母さんの元にかえる」

「…………そっか」


 三つ編みちゃんは困ったように笑った。そやね、それ言われちゃ引き止められんわな。


「あ、そうだ母さん!」


 そして空気を変えるように手を叩いた三つ編みちゃんは、マミィ〜に向かって指を指す。


「お父さんだよ!! お父さんに何て説明すればいいの!?」


 あーね、三つ編みちゃんはマミィ〜を母親と認めたらしいけど、パピィ〜への説明どうすんのってね。


「催眠掛けっぱなしでいいんじゃないッスか?」

「ダメだよ!?」


 ダメなん?


「いや、でもスグに解いちゃうとお父さんが混乱しちゃうだろうし……こう、徐々に解いて……なし崩しに……」


 三つ編みちゃんがブツブツと計略を立てる中、マミィ〜といえばポカンとした後、何でもないように答えた。


「ふふふ〜、問題ないわよアムネシア〜」

「問題大有りでしょ……」


「問題ないのよ。だってあの人に精神の誘導なんてしてないもの」

「……え?」


 ん〜……ん? 精神の誘導をしてない?

 それって、パピィ〜には催眠を掛けてないってこと?

 あれ、どーゆーこと?


 パピィ〜は全部知ってた?


「そうね〜、何処から話したものかしら〜」


 そう言ってマミィ〜は、床から椅子を生やすと座る。

 突然生えた椅子にビックリしながらも、三つ編みちゃんはマミィ〜の対面に座る。


 私達の前にも椅子が生えてきたけど、私と幼女ちゃんは座らなかった。手をヒラヒラ振って断る。はい、私たちに構わず勝手に三つ編みちゃんに説明しておくれ。


「まず、私がダンジョンの縄張り争いに負けてからの話ね〜」


 そう言ってマミィ〜は語りだす。

 すまん、興味持てるか分からんから適当に話しといて。



 ――――――――――――――――――――



「ふ、ふふ〜……なんとか株玉だけは持ち出せたわね〜」


 ダンジョンの縄張り争い。

『人工ダンジョン』という勢力は、勢力の中でも一番の縄張りを持つ。

 『勢力』同士は普段めったに争うことはない。


 しかし、広大な人工ダンジョン勢力の中は別だ。

 幾つかの人工ダンジョンを複数の存在がまとめ上げ、運営しているのが人工ダンジョン。


 ゆえに人工ダンジョンの勢力の中では、縄張り争いが頻発しているのが現状。


 私もそんな人工ダンジョンの一つを纏める長だった。

 だが、敗北して株玉だけ持って逃げ出した。


「ふふふ〜、たぶんハメられたわね〜」


 縄張り争いの主導権はコチラにあったはずだった。しかし、負けた。……不自然に。


「まぁいいわ〜、それも含めて敗北よ。でも、私を舐めないことね〜……私は戻ってくるわよ」


 株玉を持って逃げたことはバレているだろう。

 もしかしたら追手が差し向けられるかもしれない。


「力を蓄えるまで……潜伏するしかないわね〜」


 手の中の指輪をギュッと握りしめる。

 潜伏するなら一般家庭がいいかしら?


 そんな事を考えながら歩いていると、公園の湖のほとりでベンチに座りながら項垂れている男がいた。

 ふふふ〜、身なりは上々……この辺りの富裕層と見た。

 なかなかハンサムな男ね。


「こんにちわ〜……少しいいかしら?」

 

 さて、この男の精神を誘導して家庭に入り込むか……。まずは家族構成でも探りましょ。さすがに十人も二十人も家族がいたら指輪の魔力が持たないしね。


「……あぁ、こんにちは……綺麗な人。何か僕に用かな?」


 疲れていそうな男が顔を上げて答える。

 ふふ、『綺麗な人』……ね。悪い気はしないわ。


「そうね〜……、何だか落ち込んでいるようだったから〜」

「……ハッハッハ、そうかぁ。そう見えたかい? ダメだなぁ僕は……」


 一瞬言われた事に驚いたような顔をして、男は無理矢理な笑みを浮かべた。落ち込んでいるのは正解みたいね。

 都合がいい、こういった精神状態の人間は誘導が楽だ。


「よかったら話してみない? ご家族のことかしら?」


 隣に座り、すかさず家族構成を聞き出す。

 男は迷っていたようだが、ポツポツと話し始めた。


「実はね。最近、僕の妻が、男を作って逃げてねぇ……」


 おっと、思ったよりキツい返答が返ってきたわ〜。


「なるほど〜ソレで落ち込んでいるのね〜?」

「いや、妻のことはどうでもいいんだ。とっくに愛情もないよ」


「結構あなたドライね〜!」

「まぁね。でも、娘が……ね」


 そうか、娘ね。それはそうだろう。

 母親が男を作って出て行ったというのだ。捨てられた気分になるだろう。

 つまり、娘の落ち込む姿が男の悩みの種か。


「妻が出て行ってから、娘のアムネシアは毎日毎日……」

「泣いているのね〜……」


 さもありなん。男の悩みはこれだろう。毎日泣く娘に対して父親としての無力感を感じているのだ。


「……いや、『殺す』って」

「……はい?」


 聞き間違いかしら〜?


「ずっと、『あのアバズレ……ぶちのめしてやる』って聞かないんだ……」


 そういって男は顔を両手で覆った……。


「僕はね。妻のことなんて本当にどうでもいいんだ。でもアムネシアはずっと僕を裏切った妻を殺すって言ってる」

「……」


 娘イかちぃ〜なぁ……。


「妻を忘れさせる為に、新しい車を買って色んなところに連れて行っても、その時は楽しそうなんだけど、ずっと妻に対して恨んでるみたいなんだ……」

「……」


「僕はね、あの人のためにアムネシアが手をかけて欲しくない」

「ま、まぁ〜……あれよ。子供の言葉だから〜。そのうち忘れるだろうし、実際ぶちのめせるはずないんだから〜」


「……そう……思う?」


 男は顔を覆った指の間から、チラリと窺うように目を向けてくる。そうでしょ?

 行き場のない怒りを出来もしない暴力を振るうって言ってるだけね〜。可愛らしいじゃない。


「…………アムネシアは、僕の娘は、親の贔屓目かもしれないけど凄くてね」

「あら親バカだこと」


 私の言葉に、男はパァと明るい笑顔を浮かべる。


「そうだよね。怒りのあまり、逃げた妻の車に追いついて拳でスクラップにしたけど、体を張って止めなかったら殺しそうだったけど、親の贔屓目だよね?」


 風向きが変わったわね!

 拳で車をスクラップにする子供はいない!

 

「アナタ親の贔屓目の前に、現実を見なさい! ソレが本当ならアナタの娘、完全に化け物コースじゃない!」


 ダメだ! コイツの娘バケモンだわ〜。

 拳で車をスクラップにする……確かにそんな存在はごまんといる。だが、子供でソレをやってのけるのは異常だ。

 将来、化け物になるのは目に見えてる。


「だよねぇ〜! どうしよ、しかもアムネシアどんどん運動能力が上がってるぽいんだよね」

「……」


 はぁ……軽い気持ちで話しかけたけど、失敗だったかしら?


「……貴方……家族は娘一人?」

「……? そうだけど……」


「取引しない? 貴方の娘……アムネシアだったかしら。私が母親のこと忘れさせてあげる」

「え? どうやって?」


「まぁ私に任せなさい〜」


 イタズラっぽい顔を向けて、私は指輪を見せる。


「その代わり、貴方も協力しなさいよ〜」

「アムネシアの為なら協力するよ……」


「そ、なら私と貴方は共犯者よ。貴方の娘に母親のこと忘れさせてあげる」


 さて、そう言ったものの、私に出来るかしらね〜。

 アムネシアに誘導するのは『幸せな家庭』。


 抜けた母親を自分が務める……つまり、娘が幸せだと感じなかったら、『違和感』として私の存在に気づいてしまう……。


 難しそうね〜、私に『母親』なんて出来るかしら?

 

 

――――――――――――――――――――



 はい、パチパチ。

 なるほどね。パピィ〜はマミィ〜のこと全部知ってたんだ……。

 三つ編みちゃんの為に、偽りの妻を迎え入れてたワケだね。


「……そう、上手く行ってたはずなのよ」


 ギクリ……。

 う、うん。私にも今の話聞いて少し分かったぞ。


「徐々に精神の誘導を解いて、アムネシアが落ち着くのを待ってたの……」


 そ、そうなんだぁ……。


「アムネシアが……『お母さん』なんて言った時の私の気持ち……分かる〜? ……血の気が引いたわ。アムネシアが気づいたということは、アムネシアにとって私は……いい親じゃなかったってことだからね〜」


 ど、どんまぁ〜い。


「全部終わった気がしたわ〜」

「そ、それじゃぁ……私達はこの辺で……」

「……さ、さらば」


 私と幼女ちゃんは走って逃げ出した。


「誰かさんがアムネシアの誘導を解いちゃったおかげでねぇ〜!」


 わ、わりぃ……私達思いっきり余計な事したわ! たぶんね……今回のことってさ、私達がいなかったら何も起きなかったし、平和だったんだよ。


 私達……というか幼女ちゃんが三つ編みちゃんの催眠を急に解いたからこんな事になっちゃったんだ。


 私達、めちゃくちゃに引っ掻き回しただけってゆーね!

 

 私達はダンジョンの階段を登って家から飛び出し、全部ほっぽり出して逃げた。



 ――――――――――――――――――――



 ダンジョンから逃げ出した二人組を見て、私はクスクスと笑った。


 母さんはああ言ったけど、私はあの子達に感謝している。あの子達がいたから私は本心を違える事なく母さんに伝えることが出来たんだ。


 催眠術で勘違いされたわけではない。ましてや恐怖に負けて脅されたから言わされたんじゃない。

 私の意思で、母親だと伝えられたんだ。



 ――――――――――――――――――――



「ただいま〜」

「お帰りお父さん」

「アナタ〜、おかえりなさい〜」


 数日後、お父さんが出張から帰ってきた。

 結局、私が記憶を取り戻した事をお父さんに伝えるのはやめた。

 あのアバズレの殺意をお父さんは気にしてるみたいだったから……。


 まぁでも母さんとは、徐々に伝えればいいんじゃないかって話してる。


「アムネシア、お土産かってきたよ!」

「ほんと! 何買ってきてくれたの!?」


 でもまぁ今はこれでいいかな?


「ハッハッハ! お父さん頑張って選んだんだよ!」


 そう言ってお父さんは、ゴソゴソとカバンを漁って袋を取り出す。そして――


「……あれ?」


 首を捻った……。


「もしかしてお土産忘れちゃった?」

「う〜んいや、忘れてないんだけどね。ちょっと間違ったかな?」


 お父さんの渡してきた袋を破く。

 中からは可愛らしいマグカップが出てきた。


「お父さん、これいいよ。ありがとう」

「あら〜アムネシア。可愛いカップね〜」

「あ、うん。喜んでくれて良かったよ」


 母さんがマグカップを覗き込んできてニッコリ笑う。

 でもお父さんは不思議そうに首を捻っていた。そして、別の袋を取り出す。


「お父さん? これは?」

「……うん、ちょっとお父さん間違っちゃったみたいだね」


 それは、私のもらったマグカップより、少し小さなマグカップが二個置いてあった。


「おかしいなぁ〜、なんで三個も買ってきたんだろ?」


 不思議そうにしているお父さんを横目に、私と母さんはクスクスと笑っていた。





 当たり前の日常……。

 



 そんな当たり前の日常に、少しだけ変わったことがある。




「お父さん……マグカップ。私がもらっていい?」


 


 私の部屋の机には、小さなマグカップが仲良く並ぶこととなった。





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― 新着の感想 ―
終わってみればイイハナシダッタナー(;∀;) そのうち双子の妹(真)も出来るかもじゃんね
川尻浩作の家に悪霊が紛れ込んだような、日常に潜む恐怖にホラーを上塗りするような話でおもろかった!
ははは、さようなら? 勢力:小悪魔の最高戦力ですから、また合流するよねo(`ω´ )o するよね?
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