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≪第八部≫ウンディーネは未明に微睡む ーマフィア編ー  作者: 咲佐きさ


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第四話

 ファルコに嫌味を言われながら作曲して、カジノでピアノを弾いて、息抜きにカジノで散在して。そしてどれくらい経ったろうか。僕は船から下ろされた。

 両側を屈強な男たちに挟まれて、船のタラップを降りた僕は待っていた車に乗せられる。抵抗しなければ変な薬を盛られずに済むと、いい加減学習していた僕は大人しく従う。車がやがて海岸線を走り出すとネクタイで目隠しをされ、両手に手錠をかけられる。紺碧に輝く海を見られなくなるのは残念だ。助手席に座ったファルコが鼻歌を歌っている。カーステレオからは映画音楽が流れている。これは数年前セデュが出演していたハリウッド大作の音楽だ。ああ、セデュは今どうしてるだろう。彼に会いたいな、セデュに会わせてくれるならなんでも言いなりになるからって伝えたら、ボスは許してくれるだろうか――。

 舗装されていない道を走っているのか、車がガタガタ揺れて身体が跳ねる。舌を噛みそうになって僕は歯を食い縛る。負けるもんかって、この時の僕は強気でいた。

 セデュにきっとまた会うんだって、会えるんだって、根拠もなく、信じていた。



 やつらのアジトは岬の突端にあるらしい。窓からは遮るもののない紺碧が広がっているのが見える。僕の部屋はこじんまりしつつも清潔な一室で、ぱりっとシーツが張られたベッドに木製のクローゼット、木製のイスとテーブル、それに肘掛け椅子がひとつ、備え付けられている。部屋の中にはシャワー室もトイレもある。食事の支給さえあれば部屋から出なくても事足りる。ホテルの部屋みたいな感じだ。居心地はそう悪くない。独房みたいなところを想像していた僕としては拍子抜けだ。ただ、窓辺にはがっちりとした鉄格子が嵌められていて、ドアは内側からは開かない仕様で、監禁部屋であることは間違いがない。

 ひとまずベッドに横たわって僕は考える。やつらの言うとおりにしていれば危害は加えられないはず、たぶん。でもそれだと、いつまで経っても僕はセデュに会えない。どうしたもんだろうか…。

 部屋に電話の類はない。外部への連絡手段は閉ざされている。ボスの食事中には食堂でピアノを弾くように命じられたから、その時だけは部屋を出ることを許される。隙を見て邸内の様子を探って…電話の場所とかも探って…えーと、出入り口も調べて…。…。

 隠密行動とか、失敗する気しかしないけどやるしかない、ここには僕の味方は誰もいないんだから。

「昼飯の時間だぜ、リーヴェちゃん。ボスを待たせるなよ」

 ガチャリと鍵を開けてファルコが入ってくる。手元で鍵を弄びながら嬲るように口にする。どうやらこいつが僕の監視役に任命されたらしい。185センチの長身で筋肉もそれなりについていて、僕の力で吹っ飛ばせそうな気は微塵もしない。チクショウ、こんなことなら身体を鍛えておくんだった。…。

 僕は「今行くよ」と呟いてむくりと起き上がる。部屋の外に出られるんだから、よーくまわりを観察しないとって気持ちで。

 廊下に出ると角ごとにガラの悪い男が立っていて、無言でにやにやこちらを見てくる。2階にある食堂に着くまで、監視役の数は10人以上。どれだけ厳重なんだろう。みんなデカくてムキムキで、一発でも殴られたら昏倒しそうな面々だ。ああ、うんざりする。なんてむさくるしい大所帯だろう。せめて女の子の一人でもいないのかな…。

 食堂に入った僕はギクリと固まる。テーブルには既にボスが座っていて、その向かいには僕が求めていた女の子の姿があった。

 黄色いミニスカートのドレスを纏った、アンフェリータだ。彼女はなんの遺恨もないように僕ににこりと微笑みかけ、

「お久しぶりです、ルーシュミナ様」

 と宣った。

 …また名前を間違えてる。もうわざとなんじゃないかと思う。



 ボスの食事中グランドピアノの前に掛けた僕は、スコアもないから適当に即興演奏でお茶を濁して、ボスが席を立ってからファルコに引き摺られるように部屋に戻る。

 バタンと扉を締められて鍵をかける音がする。館内を見て回るどころじゃない。全然隙ってものが見当たらなかった。ただでさえ、音楽以外のことはダメダメの僕なんだ、そそっかしいしおっちょこちょいだしドジだし間抜けだしバカだし運動神経はゼロ以下のマイナスだし、自力で逃げ出す手段なんて思いつかない。

 どんどん暗澹たる気持ちになってきた僕はとりあえずシャワーを浴びた。すっきりしてから大判のバスタオルで身体を拭いつつクローゼットを開けると、カラフルな色彩が目に飛び込んでくる。

 …いや、なんだコレ。真っ赤なチャイナドレスだとか、ピンクのひらひらした少女趣味のワンピースだとか、体にぴったりしたアオザイだとか、そんなんばっかりだ。みんな女物。ここって元はボスの愛人の部屋だったとか? 衣食住は保証するなんて言っておいて、実態はコレだ。僕に女装させて、プライドを圧し折って、嘲笑しようってハラかな? ふふん、そんなことじゃあ僕は折れないぞ。こちとらなんだかんだで女装の経験はかなーり積んでるんだ。そろそろ自分に似合うタイプの服とそうじゃない服の見分けもつきはじめた。なんでだよって感じだけど!

 そこまで派手じゃない、白地に梅の木を暈かしたような紋様の日本のキモノを見つけたのでとりあえずそいつを羽織る。オビはないからバスローブの紐で縛ってみたけどいまいちヘンテコだ。鏡がないから見られないけどヘンテコなのはわかる。少し考えて紐を外して、裸にキモノだけ羽織って僕は扉をドンドン叩く。

「ファルコ! いるんだろ!? 要求がある! 男物の服を用意しろよ! 衣食住は不自由させないって言ってただろ!? 契約不履行で訴えるぞ!」

「うるせえな、訴えられるもんなら訴えてみやがれ。男に跨るしか能のない淫売には女物がお似合いだよ」

「僕は君らのボスに雇われた音楽家だぞう! これじゃあ作曲に集中できない! 仕事が捗らないってボスに伝えて来いよ!」

「作曲できなけりゃ海に捨てるまでだ。お前の代わりはいくらでもいるんだからな!」

 罵られて口を噤む。結局そういうことなんだ。こいつらにマトモな倫理観なんてない。正常な契約なんて成立しない。信頼関係を築くことも不可能だ。…僕はこいつらの奴隷にされたんだ。金を稼ぐためだけの道具に。

 気づいたら唇を噛み締めすぎて血が滲んでた。いけない、いけない。怪我してもどうせこいつらに手当てなんて観念はないだろうから、放置されるだけだ。僕は自分の身を守らなくっちゃ。とにかく作曲して、ピアノを弾いて、それで――

 一体いつまで、僕はこいつらのために尽くさなきゃいけないんだ?




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