第三話
ルーが行方不明になってからひと月が経過した。パリの街を探し回り、警察に届けを出し、探偵を雇い探らせた結果、カフェで男と話すルーの姿がカフェの店主に目撃されていたのは発覚したが、それ以降の足取りは杳として掴めない。駅やバス停、モンパルナス周辺の店、ホテルなど一軒一軒尋ねたが目撃情報はなく、蚤の市の店主が男に追いかけまわされるルーを見たという証言のみしか得られなかった。
無情にひと月はあっという間に過ぎて、ルーの生死が危ぶまれていたちょうどその時だ。
マチウが、ルーの代理人からの連絡を受けたと、息せき切って駆けこんできた。
「事務所を移りたいとムッシュ・リーヴェが希望していると、その代理人は言うんです。どこかイタリア訛りのあるフランス語で…聞いたことのない声でした」
「ルーとは話せたのか」
「いえ、ご本人は今話したがっていないと仰せで…終始、代理人のとのやりとりのみでした」
「明らかにアヤシイっすね。ルーシュミネさんを連れ去った奴らの仕業としか思えない」
応接間に車座になった男4人が、額を突き合わせて呻る。マチウとバロットにはさまれた形の探偵――フォンダリと名乗っていた――は、腕組みを解いて、マチウの話のつづきを促す。
「先方の要求はそれだけですか。身代金の類の話は出ませんでした?」
「ええ、はい…ムッシュ・リーヴェはローマに移住すると仰せだそうで…あちらの事務所と既に契約関係にあるため、うちとは手を切りたいと…」
「ルーの引き抜きが目的だったということか?」
「それならば行方不明のリーヴェさんの身柄は安全だと考えてよいでしょうね。リーヴェさんのご職業は、タレントでしたかな? なぜあんな強硬策に出たのかは理解に苦しみますが、よっぽどリーヴェさんの資産価値を高く見積もっていたのでしょうかね。むりやりパリから引き離すなんて、誘拐紛いのことまでして」
金で雇っただけの探偵は淡々と並べる。ルーに対して何の繋がりもない彼が私たちと温度差があるのは当然のことだろうが、それでもその楽観視には聞き捨てならないものがあり、私は声を荒げていた。
「紛いではない、誘拐ではないか。ルーと話はできなかったのだろう。あいつがそれを望んでいるとは思えない。無理強いをされているとしか…」
「しかし、ご本人と話せないのでは確認のしようもありませんよ。リーヴェさんがご無事なのはわかったのだから、よいではないですか。では報酬をいただいても?」
掌を上に向け差し出す探偵の手をバロットが叩き落とす。
「あんたは何も成果出してないじゃねえっすか。図々しい男っすね」
「わたくしが何もしていないと仰る! ハアーこれだから素人は! わたくしがどれだけ汗水流してリーヴェさんを探索したか! 寝る間も惜しんで探し歩いたか! ハアー嫌になりますな! わたくしの時間を食い荒らして無報酬なんてそんなケチな真似をするつもりならレヴォネの名が泣きますですよ! まったくけしからん!」
「…ヨランダ、小切手を頼む」
「畏まりました、坊ちゃん」
部屋の隅に控えていたヨランダに声を掛けるとバロットはつまらなそうに鼻を鳴らす。
「払うことねえっすよ、こいつが役立たずってのはこのひと月で痛感したんで」
「この男はなんですかな!? わたくしを侮辱するおつもりなんですかな!?」
「それでも力になってくれたのには変わらない…マチウ、新しい事務所の名は聞いたか?」
おろおろとやりとりを注視していたマチウに水を向けると、彼は縮こまって口ごもる。
「それがその、ええと…」
「聞いてないんすね? あんたもしょーがねえな…」
バロットが舌打ちし、マチウはさらに猫背になり、
「まことに、面目ないことで…」
と呟くように言う。
「イタリアには仕事仲間がそれなりにいる。探らせてみるか…」
「あんたの親戚はどうっすか? 母ちゃんジェノヴァの出身っすよね?」
「…母に貸しは作りたくない。碌なことにならないのが目に見えている…」
「んなこと言ってる場合じゃねえだろうが…」
「ま、まあ、落ち着いてください、バロット、ムッシュ・レヴォネ! フォンダリさんはイタリアにはお詳しいですか?」
マチウに話を振られた探偵は目を輝かせどんと胸を叩き、大言壮語を並べ始める。
「わたくしは世界を股にかけておりますので! それはもう、イタリアにも何度か足を運んだことがございますねえーあれは20年前でしたかなー戦後の復興期で、みな貧しくしていた頃で…」
「やっぱ役に立たねえなコイツ」
吐き捨てるバロットの言にいきり立つ探偵にチップ込みの小切手を切ってやれば大人しくなる。――当面の間は、新規の仕事も始まらない、今から予約すれば明日の便には間に合うだろう。万一スケジュールが重なるようなら今後の仕事のキャンセルも念頭に入れつつ、私は口を開く。
「ここで手を拱いていても仕方がない。ローマに行くぞ、バロット」
「うす」
「えええ、いきなり乗り込まれるので!? もうちょっと、様子を見たりとかは…!?」
思わずと言った様子で腰を浮かせるマチウに目を向け、私は首を横に振る。ルーへの糸口が見つかったというのに、もはやパリでじっとなどしていられない。僅かな糸口でも、飛びつかずにはいられない。
「パリにルーはいないのだろう。ならばこの場所に用はない。まずはルーに会って話をしなければ…」
「そういう訳なんで、あんたはパリでルーシュミネさんの新しい連絡を待っててくれや。ホテルに着いたら連絡するぜ」
「えええ…はい…」
「ではわたくしの役目はここまでということですかな! いやーまた何か困ったことがあったらいつでも声をかけていただきたいですな! レヴォネ氏のご希望ならイタリアでもどこにでも馳せ参じますぞーハッハッハッ」
探偵の空虚な高笑いを聞きながら受話器を手に取る。飛行機とホテルの手配、それからイタリアにいる仕事仲間への連絡、事務所への報告はバロットに任せよう。ヨランダにスーツケースの準備を指示しながらダイヤルを回す。じりじりと炙られるようだ。寝不足の眉間を揉みながら、コール音を聞く。明るい女性の声が応答し、私は口を開いた。




