表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
≪第八部≫ウンディーネは未明に微睡む ーマフィア編ー  作者: 咲佐きさ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/16

第十四話

 逸る気持ちを抑え、僕は彼と階段を上がる。握りしめた拳に汗が滲む。階段には男たちの姿はなかった。観光客が使うのとは違う場所の階段みたいで、上を向いても下を向いても、がらんとしている。

 装飾過多な手すりに捕まって、身体をようやっと支えて、じりじりした思いで屋上をめざす。おそらくセデュはそこにいる。会わないようにしないとって決めたばかりなのに、堪え性のないバカな僕は、あるかなしかの奇跡に縋って、彼を追い求める。

 ラヴィックはやさしいから、セデュを逃がしてくれるかもしれない。見なかったふりをしてくれるかも。ちょっと会って、言葉を交わす、それだけでいい。1分もかからない。僕が逃げさえしなければ、ラヴィックはセデュに危害を加えることもないはずだ――

 階段を上がりきり、屋上の扉の前で立ち止まる。無言で見つめてくるラヴィックを振り返って僕は言葉を探す。

「…ひとりで行きたいんだけど、君はここで待っていてくれる? すぐに戻るから…」

「……」

 何かを察したのかラヴィックは眉間に皺を寄せ口を開いて、…それからふうとため息を吐いた。

「5分で戻れ。ここで待っている」

「…ありがとう」

 こくりと頷いた僕はドアノブに手を掛ける。ガチャリと開いた扉の向こうには夏の夜が広がっている。ちかちかと星が瞬く。半円に近い月が、僕を見下ろす。劇場の灯りは屋上までは届かない。下の方でざわざわと、家路につく観客の声が反響している。僕は踏み出す。天使の立像が奥にある。今にも飛び立とうとするように羽を広げている――

 ぐいと強い力で腕を掴まれて、僕は抱き寄せられる。

 乱れ一つないきっちりとしたタキシードの肩に僕は頬を寄せ、彼の甘い香りを嗅ぐ。

 じんわりと身体の中心から、ぐずぐず溶けていくみたいで、全身の力が抜けていく。

 僕はセデュにしがみ付いていた。ただ息をしていた。何も話せなかった。話さなきゃいけないことは、たくさんあるのに。時間はたった5分しか、僕にはないのに。

「ルー、怪我はないか、お前は無事でいたのか?」

 僕は唇を噛み締めてこくこく頷く。涙を堪えているせいで変な顔になっているだろうに、セデュは痛まし気に眉を顰めて僕の頬を撫でる。

「すまなかった、今日までお前を救い出せずに…」

「いいんだよ、しかたがないんだ。僕はもう逃げられなくなっちゃったから。君ははやくここから去って、僕と一緒にいると、君まで標的になる…」

「ひとりでは行かない、お前と一緒にいる」

「ダメだよ、君を殺すわけにはいかない、やつらは手段を選ばないんだ、君だって例外じゃない、やつらは拳銃を持ってる、君を撃とうと待ち構えてるやつもいる――」

「それでもだ。私はお前を離さない、決して」

頑ななセデュに僕は首を横に振って、言い聞かせるように早口で囁く。わなわな震える僕の手をセデュはぎゅっと握り締める。君の体温が、僕の熱と交じりあって、溶けていくみたいに感じる。…

「そんなこと…ダメだ、…僕のことはいいから、君は自分の命を守って…お願い、君が死んじゃったら、僕は、どうやって生きていったらいいか、わからなくなる…」

「ルー、」

 セデュの声が掠れる。僕は彼の顔が見られないまま、涙をこらえて空を見上げる。ちかちかと瞬く星と、半円に近い月が輝いている。君の瞳の色みたいな、飴色の。

「おねがいだよ、君は生きて、スクリーンに立って、そうしたら僕は君に会える。またこんなコンサートがあったら、君も僕に会いに来れるでしょう? そうしよう、それでいいんだ、ぼくはそれでじゅうぶんだ、きみが生きててくれるなら、何も怖いモノなんてないんだ、…」

「――5分だ、リーヴェ、戻るぞ」

 背後の扉が開いて、ラヴィックが顔を出す。セデュに抱かれてる僕を見ても顔色一つ変えない。きっと彼は予感してたんだろう。わかっていて、許してくれたんだ。僕がセデュと、最後のお別れを交わすことを。

「じゃあ、セデュ、これでさよならだ、…最後のぼくの約束、きっとかなえてね…」

 離れようとする僕を、セデュはきつく抱き寄せる。藻掻いても放してくれない。焦った僕が顔を上げると、セデュはラヴィックを見つめたまま目を逸らさない。底の知れない怒りと、焦燥と、もどかしさみたいなものが、彼の目の中にちらちらしてる。

「はなして、セデュ、ぼくは行かないと――」

「……」

 じりじりと対峙したまま、セデュは後ずさる。しびれを切らしたラヴィックがこちらに歩き出そうとするのに向かって、腕を上げる。きらりと銃口が光るのが見えて僕は息を詰める。セデュは拳銃をラヴィックに向けていた。片手に僕を抱いたまま。まるで映画のワンシーンみたいで、現実感がない。ラヴィックはぴたりと脚を止めセデュの目をまじまじと見返す。

「――下には俺の仲間がいる。無駄な抵抗はよせ。ここで去るなら、お前を追うことはしねえ」

「断る。ルーをお前たちに渡す気はない」

「蜂の巣になりてえのか? リーヴェ諸共に? 下の奴らは抑えがきかねえ、殺人に躊躇がねえ。リーヴェの価値も理解してねえような奴らだぞ」

「だからこそだ」

 ドンとセデュの背が手すりにぶつかる。僕はセデュにしがみついたまま息を詰める。どうしよう、このままここから飛び降りる気かな? セデュと一緒に逝ける、そいつはとてつもない誘惑だ。でもダメだ、そんなのは絶対にダメ、セデュを巻き込んで、命を落とさせるなんて、絶対にいけない。僕がここで逃げ出せば、セデュはそんな無茶はしないはずだ。なんとかして彼の腕を振り解いて、ラヴィックのもとに戻らないと。セデュを危険に晒すなんて、僕には耐えられない。急がないと、早くしないとって思うのに、身体が石になったみたいに動かせない。くそ、動けよ、この脚、こんなときくらい、役に立ってみせろよ。離れたくないなんて、思ってる場合じゃないんだぞ。地響きみたいな低い音がどこかからしている。それがどんどん近づいてくる。バラバラバラと掻き回された空気が振動する。煩い、今それどころじゃないんだ、生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ――

「ルーシュミネさん、手を!」

 空を裂くような巨大な羽音の合間に聞きなれた声が叫ぶ。顔を上げると目の前に、低空飛行するプロペラが見えた。入口をガラリと開けて、僕に手を伸ばすバロットが見えた。

 プロペラが巻き起こす風がびゅうびゅうと屋上を洗い流すように吹き荒れ、驚愕に固まる僕にラヴィックが駆け寄る。タン、と闇夜に銃声が響いて、あふれ出した血がシャツを染めていく。

「バロット、引き上げろ!」

「了解、」

 ぐいと抱き上げられて僕はヘリに引きずり込まれる。視界の隅に肩を撃たれて、よろけるラヴィックが見える。彼が脇に手を差し入れ、拳銃を取りだすのが見える。

「セデュ、ダメ、乗って!」

 バタバタと階段のほうから足音が近づく。複数人の足音だ、囲まれたらセデュはひとたまりもない、僕はセデュに腕を伸ばす。後ろからバロットに抱えられているせいで長く伸ばせない。くるりとセデュが振り返る。ラヴィックの撃った銃弾がヘリに当り、ぐらりと揺れる。バタンと扉が開いて男たちが駆け込んでくる。銃の乱射が始まる直前、セデュは手すりに足をかけ跳躍する。ヘリがぐっと高度を下げて、落ちてきたセデュを受け止め、そのままぐるりと旋回する。

 パンパンと連射される銃弾を掠めてヘリは上昇し、悲鳴と罵声の沸き起こる中を悠々と飛び立って行った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ