エピローグ
「もおお、無茶するなよお、あとちょっとで君、蜂の巣になってたところなんだぞう…」
べしょべしょに泣きながらぽかぽかセデュを殴る僕を、セデュは愛おしそうに目を細めて見ている。掌はしっかりと僕を抱き寄せたまま。僕の言葉なんか聞いちゃいないって感じだ。言葉よりもドキドキしてる僕の心音だとか、大捕り物に必死になってた汗みずくの僕の体温だとかを、味わっている感じ。チクショウ、ほんとに心配したんだぞ。君が死んじゃうかと思ったんだぞ!
「もうやめてよ、僕のために、あんなこと…君はもっと自分を大切にして、」
「それは聞けない」
「僕のお願いなんだぞー! 聞けよー!」
「この世界に、お前より大切なものなどないからな」
「バカバカ、バカ野郎! 命知らず! 君が死んだら僕だって生きていけないんだから、わかれよなー!」
「…うん、」
セデュは微笑んで僕を見て頷いて、乱れた僕の頭を撫でる。そのまま僕の髪を救い上げるようにして、そこに口づけする。
セデュに優しく触れられて、くしゃくしゃになっちゃった僕は彼の胸に頬を寄せる。トクトクと彼の心音が、僕を慰めるみたいに響く。生きている、息をしてる。君はたしかに、ここにいる。
「…助けてくれて、ありがとう。もう二度と、君には会えないって、おもってた…」
「私の諦めの悪さは知っているだろう」
「それでもさ、…あんなやつらを敵に回すなんて…」
「お前は何も心配しなくていい。すべてうまくいくさ」
ふと思い当って青褪める僕とは正反対なセデュは、鷹揚に笑いかける。楽天家もここまでくると才能かもしれない。…なんか、セデュなら何とかしてくれるかもって思えてしまうのもずるい。逆恨みされて命を狙われたりとか、家に火を点けられたりとか? そういうことも、全然、起こり得るっていうのに。
「こわいよ、君が傷つくのがこわい。君の命が、危険に晒されるのが…」
「大丈夫、大丈夫だ。心配しないで、休みなさい…ここにはもう、お前を傷つけるものはいない、安心していい、…」
「……」
優しい声が僕を宥めて、大きな掌が背を撫でる。息を吐くと張り詰めていた数週間が蘇って、僕はぶるりと震える。ずっと怖かった、いつ嬲り殺されるかわからなくて、君に会えなくて、一生、閉じ込められたままかもしれないって、思って――
でも、今は僕はセデュの腕の中にいる。帰ってこれた。君が助けてくれたから。
胸元に顔を擦りつけるみたいにして恐怖を誤魔化し懐く僕に、セデュは軽い笑い声を立てる。なんだかまだ、ふわふわしてる。極度の興奮状態から解放されて、気が抜けちゃったのかもしれない。
「…じゃあ、子守歌、歌ってくれる? セデュ、おねがい…」
「…いいよ、おやすみ、愛しい子」
セデュの柔らかな低い声が、優しく慰撫するように、僕の耳元で囁くように歌う。運転席のセラノが鼻を啜る音が微かに聞こえる。泣いているのかもしれない。片側に寄りかかったバロットは窓の外を見ている。夜明け前の、微睡みのような薄青い空の真ん中を僕らは飛んでいく。優しい歌声に聞き惚れて、愛しいひとの腕の中で、僕は眠りに落ちていく。ゆらゆら、ゆらゆら、幼い頃のように、稚い日々のように。
深く意識が沈む込む直前に、君が囁く愛の言葉を僕は飲み込んで、また少しだけ涙が出た。




