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第二話 ポーションの価値

 むかしむかし、世界が今よりもずっと暗かったころ。

 夜になれば魔のものが現れ、人々は家の中で息をひそめて暮らしていました。

 空は重く、光は弱く、どこへ行っても不安が消えることはありませんでした。

 そんな時代に、王さまは考えました。


 ――このままでは、世界が終わってしまう、と。


 王宮の魔術師たちは、古い書物をひもとき、ひとつの術を見つけ出します。

 それは、遠い異なる世界から「勇者」を呼び寄せるというものでした。

 その術は、本来なら決して触れてはならない禁じられたもの。それでもなお、世界を救うために選ばれた最後の手段でした。


 大きな魔法陣が描かれ、長い祈りが捧げられます。

 そして――ひとりの少女が、光の中から現れました。


 その名は、ココロ。


 多くを語らず、ただ静かに前を向く少女でした。

 少女は、特別な力を持っていたわけではありません。

 剣の腕も、魔法の才も、優れていたとは言えませんでした。

 けれど、その足が止まることはありませんでした。

 助けを求める声があれば応え、困っている人がいれば手を差し伸べる。

 少女は迷わず、ためらわず、ただやるべきことを選び続けました。


 その姿は、やがて多くの人々に勇気を与えます。

 少女は、ひとりで歩き続けました。

 長い旅の果てに、少女はついに魔王のもとへ辿り着きます。


 世界を覆う闇の中心。

 すべてを終わらせようとする存在。

 誰もが、その先にある結末を恐れました。

 けれど少女は、立ち止まりませんでした。


 「大丈夫」


 それだけを言い残して、闇の中へと消えていきました。

 その後、何があったのか。

 それを知る者は、誰もいません。


 ただひとつ、確かなことがあります。

 その日を境に、空を覆っていた雲は晴れ、世界には光が戻りました。

 魔のものは姿を消し、人々は再び外を歩けるようになりました。


 けれど、少女が帰ってくることは、ありませんでした。


 遠い世界から来た勇者が、もとの場所へ帰れたのか――それを知る者も、またいません。

 その名だけが、物語として残りました。


 勇者ココロ。


 それは今も語り継がれる、ひとりの少女の物語です。


 そして、こんなお話もあります。

 魔のものが消えたあとも、どこからともなく、人が迷い込むことがある、と。

 それが、あの勇者と同じように――遠い世界から来た者なのかどうかは、誰にも分かりません。


* * *


 ぱたり、と本を閉じる音がした。

 フランはしばらくの間、そのまま表紙を見つめていた。

 色あせたそれには、剣を手にした少女の姿が描かれている。簡略化された絵だが、凛とした立ち姿だけは、不思議と目を引いた。


「……ふっ、全然違うな」


 ぽつりと呟いて、フランは荷台の縁に背を預けた。

 視線だけ空へと向ける。雲はゆっくりと流れていて、時間だけがやけに穏やかに過ぎていく。


 一週間。

 ココロを助けてから、それだけの時間が経っていた。

 本来なら、とっくにこの村を出ている頃だ。

 売るものは売ったし、仕入れもできない。長く留まる理由なんて、どこにもないはずだった。


「たまにはこうして、ゆっくり休むことも必要なんだ……」


 誰に言うでもなく呟いて、フランは小さく息を吐いた。


 風がひとつ、通り抜ける。

 荷台の幌がぱたぱたと鳴って、古びた布の端が揺れた。遠くから、子どもたちのはしゃぐ声が聞こえてくる。木を叩く音や、誰かが笑う声も混ざって、村はいつも通りの昼下がりだった。

 変わったことといえば……。


「フラ〜ンさーん!!」


 間延びした声が、村の奥から飛んできた。

 フランは目を細める。

 聞き間違えるはずもない声だった。

「……あー……」

 面倒そうに額を押さえる。

 数秒もしないうちに、ばたばたと駆けてくる足音が近づいてきた。


「やっと見つけたよぉ」

 勢いよく幌の向こうから顔が覗く。

 次の瞬間には、ひょいと荷台に手をかけて、軽い動きでよじ登ってきた。

「見て見て!これ!」

 満面の笑みで差し出されたのは、布に包まれた何かだった。

 開いてみせると、中には焼きたてらしいパンと、少し歪な形の果物が入っている。

「……なんだそれ」

「もらった!」

「またかよ」

「また、ってなに!?」

 抗議するように頬を膨らませる。

 けれどすぐに、楽しそうに続けた。

「さっきね、井戸のとこで水汲んでたら『あんたがあの子かい?』って話しかけられてさ!そしたらこれくれて!」

「……あの子ってなんだよ」

「え、あーー……。たぶん、死にかけてたのにうるさいやつ……?」

「自覚あんのかよ」

 フランは呆れたように息を吐く。


 ココロは気にした様子もなく、パンをひとつ取り出して、ぱくりとかじった。

 まだ少し温かいのか、ほっとしたように目を細めた。

「んー、おいし」

「……遠慮って言葉知ってるか?」

「知ってるよ?一回は断ったもん」

「断る気ねぇだろ、それ」


 フランは肩をすくめて、視線を逸らした。

 視界の端で、ココロが足をぶらぶらさせながらパンをかじっている。

 その仕草は妙に無防備で、ここが見知らぬ場所だという緊張感なんて、どこにもなかった。


 ……本当に、よく平気でいられるな。


 ふと、そんなことを思う。


 あのとき、血まみれで倒れていた姿が、フランはまだ頭から離れない。

 普通なら、しばらくは寝込んでいてもおかしくないし、外に出るにしても、もっと慎重になるはずだ。


 それなのにココロは――

 

「ねぇフランさん」

 不意に、顔を覗き込まれる。

「パンっていくらぐらい?」

「……は?」

「いや、物価気になってさ」


 当然のように言われて、フランは一瞬だけ言葉に詰まる。

「……ものによけど、銅貨三枚から五枚ぐらいだな。そのパンは味もついてなし、銅貨三枚が妥当だろ」

「銅貨?」

「あぁ。硬貨は、銅貨、銀貨、金貨で分かれてるんだ」

「おぉ、テンプレきたぁぁぁ」


 ココロは何故か嬉しそうにして、さらにフランに詰め寄る。

「じゃあさ、これ全部だとどれくらい?」

「それ全部って……」

 フランはちらりと中身を見る。

 パンが二つに、果物が四つ。

「果物の形が崩れてるのを考慮して、銅貨一四枚ってとこだな」

「へぇ〜」

 ココロは感心したように頷いて、それから少しだけ首を傾げた。

「で、その銅貨ってどれくらいの価値?」

「……そうだな」


 フランは少し考えてから、荷台の隅に置いてあった小袋を引き寄せた。

 中から銅貨を一枚取り出して、指で弾くようにして見せる。


「これ二五枚ぐらいが、この村の職人の日給だ」

「なるほど……ん?えーと、つまり……。このパン八個……って、給料安っ!!」

「……なんか気づかなか?」

「…………??」

「それ」

 フランは、ココロの持っている紙袋を指す。

「……っ銅貨一四枚!!一日の給料の半分以上!?」

「……そうだ」

「いやいや、いくら知らなかったとはいえ、私貰いすぎでしょ」

「はぁ……タダより高いものはない。気をつけるんだな」

 フランは頭を抱えながら、続ける。

「で、銅貨一〇〇枚で銀貨一枚。銀貨一〇〇枚で金貨一枚」

「おお……一気に重くなった」

 ココロは目を丸くする。

「もしかしなくても、金貨ってめちゃくちゃ高い?」

「まぁな。この村じゃ、まず見ねぇな」

「へぇ……」

 感心したように呟いてから、ふと顔を上げる。

「……じゃあさ、ポーションっていくら?」


 ココロも回復した様子だし、そろそろ、ポーションの代金についても話さなければならないと思っていた。

 それなのに、変なものが喉に張り付いてきた気がした。


「……下級で銀貨五枚くらいだな」

 ココロの動きがぴたりと止まる。

「……え?」

「中級なら、銀貨二〇枚前後だ」

「いやいやいやいや、下級ポーション一つで村人の二十日分の給料!?」

 ぶんぶんと首を振る。

「さっきから思ってたが、計算早いな」

「一応『理系』だし、ってそんなことはどうでもいい。……私ポーション何本使った?」

「下級一五本で、中級一〇本」

 ココロはひぃぅぅ、と変な声を出し、顔を真っ青にした。

「え、銀貨二七五枚。あぅ……このパン何個分よ…………」

「ざっと……九一〇〇個くらいだな」

 青かった顔色が、だんだん白くなっていく。

「銅貨二七五〇〇枚で……えーと二五で割って、一一〇〇日!?」

 ココロは思わず立ち上がりかけて、慌てて座り直す。

「いや無理無理無理、三年かけてやっと返せるかぐらいじゃん……」

「いやぁ……生活費もあるから、三年じゃ無理だろ」

「あ、そっか生活費……」

 

 それに、ココロの場合必要な物が無さすぎる。何を揃えるにも先立つものが必要だ。

 例えば……

 

「その服もだな。荷台にあったものだが、商品だぞ」

 ココロが最初に着ていた服は血だらけで、穴も空いていた。もう使い物にならないだろうから、とりあえずフランが立て替えたのだ。

「あぅわぁ……私借金まみれ……」

「あと、住まいはどうするつもりだ?今はミラおばさんのところに住まわせて貰ってるみたいだが……それもタダで。ずっとそうするわけにはいかないだろ」

「家ってどんぐらいするの……?」

「貸しボロ家で月、銀貨二枚と銅貨一五枚ぐらいだ」

「そんなん払ってたら飢え死に一択じゃん……」

「だから家がないやつは、大体住み込みで働くんだ。雇い主が住むところを与え、食の面倒を見る。……最低限の死なない程度のもんだがな」

「……どーせその最低限も給料から引かれるんでしょ?」

「当たり前だ」

「そんなんじゃ一生かけても返せる自信ないよ……この世界のポーションって、気軽に使うもんじゃないじゃん!」

「気軽に使うもんじゃねぇよ」

「じゃあなんでバシャバシャ使ったの!?」

「お前が死にかけてたからだろうが」

 フランがそう即答すると、ココロの開きかけていた口が止まった。


「……あ」


 ようやく理解したように、小さく声を漏らした。

 フランは視線を逸らす。

 なんとなく、目を合わせるのが面倒だった。

 少しの沈黙。

 風がまたひとつ、通り抜ける。


「……フランさんってさ」

 ぽつりと、ココロが呟いた。

「……馬鹿だね」

 フランは顔をしかめた。

「は?」

「いや、だってさ――」


「フラン!」

 そのココロの言葉を遮るように、別の声が飛び込んできた。


 振り向くと、カルロがこちらに歩いてきていた。

 その顔には、どこか苦笑いのようなものが浮かんでいる。


「お前、まだいたのかよ」

「……悪いか」

「いや?」

 カルロは肩をすくめて、それからココロの方をちらりと見た。

「まぁ、優しい商人様だよなぁとは思ってるけどな」

 にやりと笑う。


 フランは小さく舌打ちした。

「……るせぇよ」

 視線を逸らしながら返したが、結局まだここにいる、その事実だけはどうしても誤魔化せなかった。


 いくつかカルロと言葉を交わした後、夕食の誘いを受けたので、フランは有り難くいただく事にした。

 食卓には湯気の立つスープと焼いた肉、それに固めのパンが並んでいた。

 木の器が触れ合う音と、火のばせる音がゆっくりと部屋を満たしている。


 ココロはすっかりカルロの家族と馴染んでいた。


「どうだい、体の調子は」

 ミラあばさんが、ココロの顔を覗き込む。

「もう全然平気だよ!」

 ココロは元気よく答えて、スープを一口すする。少し熱かったのか「あつっ」と小さく声を上げてから、笑みをこぼす。

 ミラあばさんはその様子に小さく頷いて、それから少し目を細めた。

「なにか、変わったことはないかい。不自由なこととか」

 ココロはしばらく「うーーん……」と考え込んから、何か思い出したようにハッとした顔をした。

「私の名前ってさ、ちょっと変?みんな私の名前を聞くと、びっくり?するんだけど……」

 その言葉に、食卓の空気がわずかに止まった。

 カルロとルミがちらりとミラおばさんを見る。ミラおばさんは一拍だけ置いてから、口を開いた。

「……変、ってわけじゃないさ。ただ――」

「有名すぎる名前なの」

 ルミが引き取るように言った。

 ココロは「え?」と首を傾げる。

「昔話、っていうより……もう少し現実に近い話だって言われてる。この国の人なら小さい子でも知ってるよ」

 ルミは少しだけ声を落とした。

「絵本があるんだ。勇者ココロ。異世界から呼ばれて、魔王を倒したって言われてる」

 カルロがさらに補足する。

 

「……へぇ」

 ココロは、興味深そうに頷く。

「そのココロはさ、もっとこう……」

「ちゃんとしてる、だろ」

 ぼそりとフランが口を挟んだ。

 カルロは「ああ」と苦笑する。

「強くて、覚悟決まってて、迷わなくてさ。お前みたいに、キラキラしてる感じじゃねぇな」

「なにそれ」

 ココロはけろっとした顔で言う。

「それに、ちゃんとしてるってなに?英雄視されてるだけで、その人も案外普通の人だったんじゃ――」

「勇者様だぞ?」

 カルロは少しふくれっ面でココロの言葉を遮る。

 カルロは昔から勇者ココロが大好きなんだ。


「じゃあさ、その勇者ココロさんの話聞かせてよ」


 フランはその言葉に眉を寄せた。

 カルロ相手にその言葉は禁句なんだ。

 ルミもミラおばさんも顔をひきつらせている。

 

 カルロは、少し楽しそうに目を輝かせながら、勇者ココロについて語った。

 その過程で、カルロが絵本を一言一句暗記していたことも判明した。


「……とにかく、カルロが勇者ココロ『推し』ってことはわかった。『オタク』としては、『推し』のことをずっと話してられる気持ちもわかる。もっと話を聞いてあげたい気もするけど、もうその辺で大丈夫。十分わかったから」


 ココロは早口でカルロにそう告げた。

 皿の中身が空になっても、カルロの話が終わる気配がなかったので、フランは密かにココロに感謝する。


「オシ?……オタク?ってなんだ」

「特定の物や人をめっちゃ好きで詳しい人を『オタク』って言って『推し』はその人が好きな物や人のことだよ」

 ココロはカルロに一息で説明した。

 一同、首を傾げる。

「うーん……説明難しいなぁ。えっと、カルロは勇者ココロさんがめっちゃ好きで詳しいよね?」

「あぁ」

「だから、カルロは勇者ココロ『オタク』」

「勇者ココロ……オタク?」

「そう!それで、カルロにとって、勇者ココロは『推し』。勇者ココロ=『推し』」

「なるほど……?」

 カルロは「オタク」「オシ」とぶつぶつ繰り返す。

「ちなみに、『推し活』って言葉もあるよ」

 ココロの声はどんどん弾んで、早口になっていく。

 カルロも興味深そうに、ココロの話を聞いている。

 残りのメンバーは、言うまでもなく、全員呆れ顔だ。


「『推し活』っていうのはね。好きな対象=『推し』に時間やお金を費やすことだよ!!」

「つまり、何をすればいいんだ?」

「うーん……そーだなぁ。ここには『アニュメイド』みたいな『グッズ』を売ってる場所もないし、『ニャンスタ』も『meTube』もない。……待って、私これからどうすれば。私も『推し活』できない!!」

 ココロを机につっ伏して、項垂れる。

「あぁぁぁぁーー、『推し活』したぁい!!」

 あれがない、これがないと、他にも次々にあげていく。

 何を言っているかよく分からないが、なにか大切なものがないことだけはこの場にいる全員が理解した。

「ココロ、元気だせ」

 カルロがココロの肩を擦る。

「カルロっ、ありがどぉう!!これから一緒に『推し活』頑張ろうね!!」

「あぁ!!」


 盛り上がっている二人には悪いが、一つ物申したいことがある。


「時間はともかく、金って……。二人とも費やす金持ってないだろ」


 フランの一言で、さっきまでの盛り上がりがぴたりと止まった。

「あ」

 ココロとカルロの動きが固まる。

 ゆっくりとフランを見たココロは、さっきまでの勢いが嘘みたいに消えていた。

「そういえば」

 ぽつりと弱々しい声で続く言葉を呟く。

「……私、借金持ちだった」

「金貨二枚と銀貨七五枚……借金ってレベルじゃねぇけどな」

 フランは淡々とした口調で返すと、カルロが「改めて聞くとすっげぇ金額だな」と呟いた。

 ココロの顔が、みるみるうちに青ざめていく。


「そうだよっ、……どうするのそれ」

「知らん、どうにかしろ」

「どうにかしろって言われても……!!」


 がばっと身を乗り出す。

 椅子がぎしっと音を立てた。


「私この世界来て一週間なんだけど!?職もないしコネもないし家もないし!!」

「家はあるじゃん?」

 ルミが小首を傾げる。

「それはミラおばさんたちの家でしょ!!」

 ココロが即座にツッコミを入れた。

 すると、ミラおばさんが苦笑しながら頭をかいた。

「まぁ、しばらくはここに居てもいいさ」

「いやいやいや、それじゃ根本解決なってないじゃん!」

 ココロは頭を抱えて唸る。

「うわぁどうしよ……異世界来たと思ったらいきなり人生ハードモードなんだけど……!」

 ぶつぶつと何かを計算するように指を動かしながら、視線を泳がせる。

「……やっぱり、働くしかないか」

 フランがちらりとココロに視線を向ける。

「働く、ねぇ」

 ココロは顔を上げる。

 その目には、さっきまでとは違う真面目な色があった。

「フランさんって旅商人なんだよね?」

「まぁな」

「じゃあ、その……手伝う」

 一瞬、空気が止まる。

「は?」

「だから、働く!一生タダ働きするから、ポーション代は見逃して!!」

 ぐっと拳を握る。

「一生ってお前……」


 フランは思わず額を押さえた。


「本気かよ……?」

 タダ働きの言葉に、隣で聞いていたカルロが、信じられないという顔で声を上げる。

「でも他に方法なくない!?」

「まぁ、ねぇな」


 カルロはあっさり肯定すると、ココロはまだ覚悟が決まり切っていなかったのか、ぐっと言葉に詰まった。

 

「でも俺についてくるってことは、村出るってことだぞ」


 フランの声が、少しだけ低い声でそう付け足す。

 ココロは一瞬だけ黙った。

 その言葉の意味を、ちゃんとかみ砕いているのが分かった。


 この一週間で慣れた場所。

 顔見知りになった人たち。

 ようやく安心できる場所。

 

 それを離れる、ということ。

「……うん」

 それでも、ココロは小さく頷いた。

「借りっぱなしは嫌だし」

 あっけないくらい、あっさりとした答えだった。

 フランは少しだけ目を細める。

 確かに、このままではいつになっても帰ってくる気がしない。


「それに」

 ココロは、少しだけ笑った。

「外の世界、見てみたいし」

 

 ……あの絵本の中のやつも、こんな顔だったか。

 ふと、そんな考えがよぎる。

 重なった気がしたんだ。

 迷わず進む、そんな勇者の姿が。


 ……いや。


「……やっぱ全然違ぇな」


 フランが小さく呟く。


「え、なに?」

「なんでもねぇよ」


 フランは肩をすくめた。


「まぁいい。使えそうだしな」


 ……それだけで済む話かよ。

 フランは内心そう呟く。

 計算は早いし、呑み込みの良さも尋常じゃない。

 

「荷物持ちくらいにはなるだろ」

「え、採用!?」


 ココロが歓喜の声を上げる。

 その様子を見て、カルロがにやりと嫌な笑い方をした。


「ほんとに連れてくのかよ」

「一応な」

「優しいなぁ、お前」

「違ぇよ。働かせるだけだ」

「ふーん?」

 カルロのにやけた顔が、やけに腹立たしかった。


「フランさん!!」

 ココロが勢いよく身を乗り出す。

「よろしくお願いします!!」

「声でけぇよ……」

 そう言いながらも、フランは特に否定しなかった。

 出発は明日――そう言いかけてフランは吞み込んだ。

 

 ……旅支度に時間は必要だよな。

 

「出発は四日後の深夜だ」

「随分とのんびりだな」

 カルロのにやけ面を、口からちらりと見えた八重歯ごとへし折ってやりたくなった。


 わいわいがやがや、とした雰囲気の中でルミだけが真剣な面持ちでいたことを、だれも気づかなかった。

カルロの推し――勇者ココロは強くて迷わない存在でしたが、現実のココロは無事(?)借金を背負い、負債スタートです。

落差がすごい。

なお、ポーション代は金貨二枚と銀貨七五枚です。

安心してください、返せません。

フランはどう見ても自分から面倒ごとを抱えにいってますね。ご愁傷さまです。


次回は、大きな町にココロが大はしゃぎします。

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