第三話 芸術の町〈アルテ〉
あの夜からフランは、家畜の食糧や村人でも買える質の良くない糸などを、細々と売ったり、村人から竹ひごで作ったカバンを買い取ったりしていた。
こんなにひとところで腰を落ち着けるのは、二一年間生きてきて初めてのことだった。
ココロはというと、四日かけて村の皆に別れを告げて回ったり、ちびたちの面倒を見ていたりしていた。
正直、四日もいらなかったのではないかと思うほど、まったりしているように見えた。
旅立ちの時も、村人全員でお見送りされてしまった。村人全員というと、とんでもない人数のように聞こえるが、小さい村なのでせいぜい二〇人程度だ。
ココロは、一人ひとりに馬鹿みたいに何度も手をブンブンと振っていた。
村を出てから、幌馬車は同じ景色の中を延々と進んでいた。
空はまだ暗く、東の端だけがわずかに白んでいる。朝と呼ぶには早すぎる時間で、空気はひんやりと冷たかった。
軋む車輪の音と、規則的な揺れだけが、静かな道に淡々と響いている。
村から幌馬車で四時間ほど揺られ、もういい加減疲れてきた。
原因は言うまでもなく、ココロである。
……こいつ、しゃべりだしたら止まらない病気なのか?
四時間も経っているというのに、ほんのすこしの沈黙すらない。ここまでくると、逆に尊敬してしまう。
ココロは、この機に親睦を深めたいと言ってきてフランに色々なことを訪ねてきた。
生い立ちや、誕生日、趣味、食の好み、習慣、好きな季節、好きな色……あとはなんだったか。
とにかく、どうでもいいことを延々と筆問攻めされた。
フランは基本的に自分のことをペラペラとしゃべるのは、好まないし一言二言で軽く返していた。
これですこしは静かになってくれるかと期待したのだが、そんなことはなく、ココロはべらべらと勝手にしゃべり出して今に至る。
「それでその時――って。ねぇーーー、フランさん聞いてるぅ~?」
一つ前はセイトとキョウシの恋愛の話、二つと三つ前は悪役令嬢に転生した話、今は逃亡中の国を滅ぼされた元王女と敵国の王太子の話。
ココロは二ホンにいた頃に好きだった小説について延々と語ってくる。
「あぁ、聞いてる聞いてる」
フランの温度のない声に「ほんとにぃ……」と不満げな声を上げるが、話を続ける。
「それで、恋焦がれていた相手がお忍び中の王太子だと知ったぺルラが、祖国の仇であるグラナード殿下に剣を向けて――」
視界の先に、ぼんやりと影が浮かび上がる。
最初は黒い塊にしか見えなかったそれが、進むにつれて少しずつ輪郭を持ち始めた。
石造りの建物の列、ところどころに突き出た尖った屋根、風に揺れる旗や布。
空がゆっくりと白み始める中で、その姿がはっきりとしていく。
――芸術の町〈アルテ〉。
芸術の町というだけあって、文学、音楽、美術、演劇、魔法芸術、他にも数々の文化芸術にまつわる分野で栄えているのが特徴だ。
「グラナード殿下はすべてを受け入れて、目を瞑り死を覚悟したの。愛した人がこんな自分を殺すことで幸せになれるならと……」
町に着いたらまずは、いつも通り商業ギルドに行って……いつも通りいく気がしねぇ。
〈アルテ〉は人の出入りが多い。
旅する画家や音楽家に小説家、魔術師、吟遊詩人、踊り子、花火師、それに同業者である旅商人。
人の流れか耐えない町だ。
旅をする人間が多いってことは、それだけ安くてまともな宿から埋まるということでもある。
だから、早朝に町に着くように村を深夜に出たわけだが――
……正直不安しかない。
「……の言葉に、ぺルラは涙ぐんで……それで……」
商業ギルドに着いたら、まず幌馬車を預けて、許可証を更新して、相場を確認する。
それから、一番重要なのが商売場所の確保だ。
人の流れ、ギルド通りからの距離、付近にどんな店が並ぶのか。
場所ひとつで売り上げはまるで違ってくる。
ギルドを出たら宿を取って、市で食料と売り物の補充を――
「ねぇ、フランさん。聞いてないでしょ」
不意にココロが話を中断して、じとりとした視線を向けてきた。
「聞いてんよ」
「……ぜっったい、うそ」
「そんなことねぇよ」
「じゃあ、私が何の話してたか言える?」
フランは少しだけ間を置いて、口を開いた。
「好きになった奴が誰であろうと関係ない。めでたしめでたしって話だろ?」
ココロはぽかんとして、それから深々とため息をついた。
そのため息が早朝の冷たい空気に、白く溶けた。
ココロはしばらく何も言わず、じっとフランを見ていたが、やがてがくりと肩を落とした。
「……雑すぎない?」
「大体合ってるだろ」
「合ってないよ!ぜんっっぜん、合ってない!!!そこに至るまでの感情の積み重ねが大事なの!」
「はいはい」
フランは適当に相槌を打ちながら、視線を前に戻す。
朝靄の向こうに見えていた石壁は、もうはっきりと輪郭を持っていた。
高い外壁に沿って、同じように町へ向かう人影がぽつぽつと増えている。
荷を背負った旅人。
楽器らしきものを抱えた男。
大きな筒を背負った、たぶん画家か何か。
〈アルテ〉に近づくほど、人の種類が増えていく。
「ねぇフランさん」
「なんだ」
「さっきの話のどこが『めでたしめでたし』なのか、ちゃんと説明して」
「めんどくせぇな」
「あ、説明できないから逃げてるんでしょ!」
「違ぇよ。説明する価値がないだけだ」
「ひどっ!?」
ココロが抗議の声を上げる横で、フランは小さく息を吐いた。
……騒がしい。
けど、完全に嫌かと言われれば、そうでもない。
静かな旅なんて、いくらでもしてきた。
必要なことだけ話して、あとは無言で道を進むだけの時間。
それが普通だった。
……それに比べれば。
「それでね!そのあとペルラが――」
「まだ続くのかよ……」
思わず本音が漏れた。
「なにその嫌そうな顔!」
「嫌だとは言ってねぇ」
「顔に出てる!」
「気のせいだ」
ココロは納得いかない様子で頬を膨らませたが、それでもまたすぐに話し始める。
まだまだ、話は止まらなそうだ。
こいつ……吟遊詩人の方が向いてるだろ。
フランは苦笑にも似た息を吐いて、視線を上げる。
門がすぐそこまで迫っていた。
歴史を感じる大きな木製の門はすでに開いていて、出入りの人間を順に通していた。門番が数人、ひとりひとりを軽く確認していく。
フランは列の最後尾に、幌馬車をつける。
「いいか、着いたら静かにしてろ」
「え、なんで?」
「……余計なこと喋るなって意味だ」
「私ちゃんとするよ!?」
「その『ちゃんとする』が信用ならないんだよ」
ココロがブツブツと不満を漏らすうちにも、列は進んでいく。
眠気の残った空気はもう消えて、代わりに人の気配が濃くなっていた。
大きな荷物を背負った連中やら、楽器抱えたやつやら、でかい筒持ったやつやら。
相変わらず、ここはごった返してる。
……朝っぱらから元気なことで。
やがて、自分たちの番が回ってきた。
「止まれ」
ガヤガヤとする中で、よく通る声が響いた。
「って、フラン。久しぶりですね」
門番のつり上がっていた眉毛が一気に緩む。
「よぉ」
フランは手綱を握ったまま、軽く片手だけ上げる。
「どうです?最近は」
「ぼちぼち。死なねぇ程度にはやってんよ」
門番――バードはフランの言葉に「ははっ」と小さく笑う。
「相変わらずですねぇ……で、今回はどちらから?」
「南の方」
「雑すぎですよ」
「説明めんど――」
フランの続く言葉をココロが遮って、身を乗り出した。
「そうそう。フランさんって、てきとーーーな性格してるよね……」
しみじみと言われてしまった。
……心外。
今の会話はともかく、ココロと話すのが投げやりになるのは仕方ないと思うのだ。
誰だって、四時間も延々と話されていたら嫌にもなるだろう。
フランの心情を無視して、ココロとバードは分かり合うように握手を固く交わしていた。
それを半目になって見つつ、フランは口を開く。
「……門番様は仕事しなくていいのかよ」
「今、こうして話してることが仕事みたいなもんなんで――」
「おい!まだかよ!!」
後ろから声が飛んできた。
舌打ち混じりの、露骨で苛立った声だ。
声のした方向をチラリと肩越しに覗くと、見るからに画家という風貌をした男が、腕を組んでこちらを睨んでいる。
フランは小さく息を吐く。
言わんこっちゃない……。
「……すみません。確認に少々手間取っていまして」
あれだけ、和気あいあいとした雰囲気を醸し出しておいて、それは無理があるだろう。
案の定、変わらぬ態度で男は「早くしろ」と吐き捨てていった。
バードの顔つきが変わる。
さっきまでの緩さが綺麗さっぽり、消えた。
「身分証の提示を」
「あぁ」
フランは懐からケースを取り出して、ギルドカードを渡す。
完全に仕事のスイッチが入ったのか、バードはキリッとした顔つきで目を通す。
「フラン、旅商人。問題なし」
差し出されたギルドカードを受け取りつつ、フランはボソッとつぶやく。
「最初からこうしてたら、文句言われなかったんじゃねぇの?」
「うるさい……遅かったから心配してたんだよ」
バードは、投げ飛ばすような口調で言った。
ほんのり耳が、赤くなっていたのは見なかったことにしてやろう。
「……ところで、そちらさんは?」
バードの鋭い視線にココロは、物おじせず口を開く。
「ココです。フランさんの手伝いで来ました」
ココロは有名すぎる名前なので、移動途中にココと名乗ることに決めたのだ。
この場の雰囲気に影響されたのか、ココロは、すました顔をしている。
「身分証は?」
ココロが顔を引きつらせる。
「まだ、拾ったばっかなんだ」
「拾ったって言い方よ…………」
「事実だろ」
「それはそうだけどさぁ」
不満げな声を聞いて、バードは苦笑いに似た声を漏らす。
「このあと、商業ギルドでカード作らせるから、心配すんな」
「フランの紹介で、ですか?」
居心地の悪さに、頭を軽く搔きながら、頷いて見せた。
「また、厄介ごとに首突っ込んで……」
「ほっとけ」
しびれを切らして、また後ろから声が上がる。
「おい!!早くしろって!!!」
先ほどよりも、苛立ちが色濃く感じた。
バードは一瞬だけ男の方を見て、すぐに視線を戻す。
そして、口元を隠して男には聞こえない声でぼそりと一言。
「るっせぇな、めずらしいことじゃあねぇだろ……」
いきなりの乱暴な口調に、ココロはぽかんとする。
フランからすると、さっきまでの口調の方が不自然極まりないのだが、初対面であれだと呑み込むのに誤差があっても仕方ないだろう。
〈アルテ〉は、人の出入りが激しい分、治安が乱れやすい。
だから門番は、身分証の確認に手を抜けない。
要注意人物や素性の知れない者を町の中に入れるわけにはいかないのだ。
そのため、門に行列ができるのは自然ではあった。
「……問題起こさないでくださいよ」
バードはココロを一瞥する。
「まっかせてよ!『フランさん被害者の会』の同盟結んだ仲でしょ?」
「心外だ」
今度ばかりは躊躇なく、腹の底から声が出た。
どうやら、さっきのは同盟成立の握手だったらしい。
バードは、苦虫を嚙み潰したようなフランの表情に、笑いをこらえるようなそぶりを見せる。
それからこほんっと、一つ咳払いをしてから姿勢を正し、左肩に拳を添える。
「通行を許可します。――この町を訪れるすべての者に、良き創造と出会いがありますように」
彫刻が施された、分厚い門を通ると空気が一段だけ騒がしくなった。
小刻みに弾む乾いた打音のリズムに、弦の音が絡み、甲高い笛がその上を跳ねる。
まだ早すぎる時間だと言うのに、町はすでに目を覚ましていた。
視線を流せば、城壁の内側には描きかけの絵がいくつも並び、朝の光を受けて淡くきらめいている。通りの端には石像が無造作に置かれ、誰かがそれに手を加えたあとが残っていた。
吹き抜ける風は香辛料と、どこか甘い香りを含んでいた。
「うわぁ、すごい」
弾んだ声が、音に紛れて跳ねた。
チラリと横を見ると、ココロが身を乗り出すようにして周囲を見回している。
表情が、視線が、声が、どれをとってもまるで落ち着きがない。
それでも、フランはこのぐらいなら見逃してやろうと思う。
……始めて来たやつは、だいたいこんなもんだ。
商業ギルドまでは大通りの一本道。
既に幌馬車で列ができているのが見えた。フランは仕方なく、その最後尾に幌馬車をつけた。
舌打ちを一つ飲み込む。
「うげぇ、これなんの列?」
「商業ギルドに入る列だ」
「商業ギルド!?すっっごい!!ファンタジーっぽい」
きゃっきゃと騒ぐココロをほっといて、フランは思考を巡らす。
……最悪だな。いつもより数週間遅くなっただけで、これかよ。
これだけ並んでいたら、安くていい宿は埋まっているに違いない。
それだけではなく、大通りの両脇にはぎっしりと露天で埋まっていた。仕事場所の確保も大変そうだ。
受付にどの辺が空いてるか聞いてから――
「フランさんフランさん、これ造花かな?キラキラしてるよ!!!」
唐突に、水色の花が一輪視界に飛び込んできた。
花は光を受けて、不自然に煌めいていた。
「お、お前……このぉアホ!!」
反射的に腹の底から声が出た。
案の定、すぐ横でこちらの様子を伺っている魔術師と目が合う。まだ若く、見習いという風貌の少女だ。
フランは深く息を吐きつつ、懐から銀貨三枚を取り出して支払いを済ませる。魔術師はフランからお金を受け取ると、軽く頭を下げてどこかへ行ってしまった。
「……ごめんない。安物に見えたし。それに、どうぞって言われたから……まさかお金がかかるなんて」
「差し出されて受け取ったものは買ったに等しいんだよ。この町では」
「それにしても銀貨三枚って高すぎじゃない?」
「魔法でできたもんは高いんだよ」
フランは花を一瞥する。
「それは氷魔法で花の命を閉じ込めた物だな。売り物にするからそこ入れとけ」
ココロは体を捻って、フランの指さした小さな木箱に手を伸ばす。
かと思えば、そのまま中を漁り出した。
「おぉー、きれい!!」
木箱の中には、色々な町で集めた装飾品が入っている。
その中の一つを手に取って、ココロは自分の髪につける。
「このピンかわいい!!見て見て、似合う?」
ココロの黒髪に、淡いピンク色がよく映えていた。
でも、似合う似合わないの問題ではない。
「売り物だ。触んな」
「えぇーーフランさんのケチ」
不本意な言葉が飛んできた。
「銀貨一枚。借金に追加するぞ」
ココロが「ひぃう」と妙な悲鳴をあげて、慌ててピンを戻す。
……先が思いやられる。
フランは軽く息を吐いた。
列はのろりのろりと進んでいく。
「あれ?あっちが正面じゃないの?」
ココロがギルドの大きな扉を指す。
「このまま入れないだろ。まずは馬車を預けるんだよ」
ギルドの正面入口の脇には、荷馬車専用の預かり所が設けられている。
簡素な屋根の下に柵で区切られたスペースがあり、既にいくつもの幌馬車が並んでいた。
フランは手綱を引いて所定の位置に幌馬車をつけると、近くにいた係の男に軽く手を上げた。
「何日だ?」
無愛想な男が低い声で尋ねてきた。
「未定。とりあえず一週間頼む」
男は小さく頷き、慣れた手つきで札を二つ取り出して、片方を幌馬車の金具に引っかけ、もう片方をフランに渡す。
「失くすんじゃねぇぞ」
「あぁ」
短いやり取りで済ませて、馬の横にまわる。
「明日の朝、また来るからな」
軽く首を叩いて労いつつ、フランは言葉をかけてやった。
「この子名前は?」
「セーラ」
ココロは「へぇ」と小さく頷き、セーラの首を撫でる。
「ねぇ!なんでセーラしたの?」
「まだ子馬だったこいつを買ったのが、夕方だったからな」
ココロが小首を傾げて、続く言葉を待っている。
「……セーラは、夕方って意味なんだよ」
「安直過ぎない?」
「ほっとけ」
セーラが落ち着いた様子なのを確認してから、手綱を柵に結びつける。
フランは軽く手を払って、踵を返した。
「行くぞ」
「はーい」
背後でセーラが小さく鼻を鳴らすのを聞きながら、ギルドの正面へと向かう。
近づくにつれて、建物の装飾がはっきりと見えてきた。
白い柱には蔦のような模様が彫り込まれ、入口の上には金属製の紋章が掲げられている。
……相変わらず、豪華なことで。
朝日に照らされ鈍く光っている柱を見て、ココロが立ち止まりかける。
「これ、彫刻?……すごぉ」
後ろから人の気配が迫っていることに気づいていなさそうだ。
「止まんな。邪魔だ」
フランが軽く顎で前を示すと、ココロは慌てて歩幅を合わせてくる。
重厚な扉は、商人でごった返しているからか、開けっ放しになっていた。
中に入ると、高い天井には魔法灯が浮かび、淡い光が静かに揺れている。
フランは、はぐれないようにココロの手を引いて、人の合間を縫うようにカウンターへ向かった。
カウンターの奥には、受付が並んでいる。
その中の一人――長い髪をきっちりまとめた女性が、こちらに気づいて顔を上げた。
「いらっしゃいませ。……っ! あら、フランさん。商業ギルドへようこそ」
「……どうも」
フランは軽く片手を上げる。
「お久しぶりです。今年は例年より遅かったですね」
「あぁ、色々あってな」
受付嬢はココロを軽く見る。
「ふふっ、察しましたよ」
柔らかい声は、明らかに弾んでいた。
しかし、フランが黙ってギルドカードを出すと、目が仕事のそれに素早く切り替わる。
「お預かりします」
彼女がフランのカードを指先で軽く撫でると、表面に淡い光が走った。
チラリとココロを見ると、言葉を失っていた。
「登録情報の照合、完了しました」
さらりと言いながら、彼女は水晶のような端末に何かを映し出している。
「今回も市で仕事ですか?」
「そのつもりだ」
「かしこまりました。商業許可証の更新を行いますね」
手元で、光が静かに動く。
「おい」
フランはココロの肩を軽く叩く。
静かなのはいいが、これはこれで落ち着かない自分がいる。
「……なに、これ」
「ただの受付だ」
「え、だって、これ……魔法使ってるじゃん!」
ココロが困惑の声をあげると、受付嬢が即座に訂正する。
「ま、魔法なんて恐れ多い。魔道具を使っているだけなので、これは魔術ですらありません」
「……こいつ、すっげぇ田舎から出てきて、魔法は当然、魔術も魔道具も見た事ないんだ」
「失礼なっ、ヨコハマシ ホドガヤクは田舎じゃないから。ホドガヤエキはカクエキしか止まらなし、ホドウキョウぼろいし、まぁまぁ自然感じるけど……。お願いだからセヤクとかミドリクとは一緒にしないで――」
そこまで言って、やっとこちらの視線に気づいたのか、はっとしてココロは口をモゾモゾと動かした。
……刺す釘が足りなかったのか?
受付嬢は、フランとココロの雰囲気を見てくすりと笑みをこぼす。
「商業許可証の更新、完了です。こちらお返しします」
受付嬢からギルドカードを受け取る。
指で触れると、一ヶ月有効の文字が浮かび上がる。
「それで、そちらのお嬢さんは?」
視線がココロに向く。
「ココです!!!」
元気な声が、ガヤガヤとした場にかき消されることなく響く。
……偽名をこうも堂々と名乗れるやつ、他にいねぇな。
ただ、元気いっぱいの自己紹介が違う意味に聞こえたらしく、受付嬢が小首を傾げる。
「……ココ、と申します」
ココロは、少し赤くなりながら名乗り直した。
「失礼しました。新規登録ですね」
「はい!」
「身分証はお持ちですか?」
「あ、えっと」
「他ギルドのカードでも、住民証でも構いません」
「ない」
ココロが目を泳がして、あわあわしていたのでフランが割って入る。
「……そうですか。フランさんが保証人ということで、よろしいですか?」
「あぁ、構わない」
フランが頷くと、受付嬢はゴールドのギルドカードとは異なるシルバーの仮カードを取り出した。
「正式なカードは後日発行されますので、ご了承ください」
「はーい」
ココロが仮カードを受け取って、一息ついた瞬間、すぐ横から声が飛んできた。
「おぉ、おぉーー、フランじゃねぇか」
バッ、と声のした方を見ると、見覚えのある男が立っていた。
日焼けした肌に、雑にまとめた荷。いかにも旅商人といった風貌だ。
「……ガイル」
「久しぶりだな。生きてんみてぇでなにより」
フランは軽く鼻を鳴らす。
「そっちこそな」
豪快に笑っているガイルは、ココロに気づくなり目をガっと見開く。
「おまっ、こんな可愛い奥さん!!いつの間に所帯持ちになったんだ!!?」
「お、奥さん、じゃ……」
ココロは、赤い頬に手を添えて否定するが、ガイルの耳には届かなかったらしい。
「一生独り身でいいとか言ってたくせによぉ!」
「だっっから、嫁じゃねぇ!!!」
受付嬢が鈴がなるように笑う。
顔に熱が集まっていることがわかって、居心地が悪い。
「ココ、と申します。フランさんの手伝いを……する予定です」
再びガイルが、机を吹き飛ばす勢いで笑う。
「予定ねぇ。フランまた厄介ごと抱えてんのな」
「…………」
この手の言葉をかけられるのは、本日三回目。さすがに返すのも面倒くさくなった。
「まぁ、頑張れよ。女神様の祭りがこうも近ぇと、人も多いぞ」
「分かってる」
「何かあるの??」
「あぁ。もうすぐ芸術の女神様の生誕祭〈アルス祝典〉があるんだ」
ココロが目を輝かせる。
「言っておくが、祭りが始まる前に町出るぞ」
祭りが始まったら、物価が上がる。旅商人にとっては、稼ぎ時のように聞こえるが、実際そんなことはない。
物価が上がれば、食費も宿代も上がる。
かと言って、商品の設定を上げすぎれば売れない。
結果として売上が落ちるのだ。
「なーーーんでよぉぉぉ」
事情を説明するやいなや、子供が駄々をこねるような声をココロが漏らす。
「まぁ、元気だしな。祭り期間中は居れねぇだろうが、露天は増えてんぞ」
余計なことを吹き込まないで欲しいと、フランは心の底から思う。
「んじゃ、またな」
ガイルは手だけ、軽く動かして人混みに消えていった。
「話し込んで悪かったな」
フランは受付嬢に視線を戻す。
「いえ。ご利用ありがとうございました。良い商いを」
外に出ると、空気が少しだけ温んでいた。
太陽もしっかり顔を出している。
――ドォン
頭上で音がしたと思えば、色とりどりの光の粒が舞っていた。
「花火!?」
「そうだな。ここじゃあ珍しくない」
「まさか、こっちに花火って概念があるとは」
しみじみと言うココロを横目に、フランは歩き出す。
変なことを口走るし、感情が手に取るようにわかる。
とてもじゃないが旅商人に向いていないやつを、抱えてしまった。
……ただ、退屈しなさそうだ。
軽くフランの口元が緩む。
少なくとも、これまでみたいな旅にはさせれくれねぇだろうな。
ついに、ココロとの旅の幕開けです。
色々な人に声をかけられました。
フランの顔の広さ恐るべし。
町に流れる音楽は、アラブ系楽器のウードやダルブッカ、ミズマールあたりを想像して書いています。
ココロの心からの叫びは
「横浜市保土ヶ谷区は田舎じゃない」
でしたぁーーー。
次回は、宿探しをしたり、市に行ったりします。
市に行く=さらに賑やかになります。
主にフランの隣にいる、どっかの誰かさんが。




