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そんな私が出来上がるまで  作者: 狩ノ倉夕月
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愛された記憶


私には兄が1人と妹が2人いる4人兄妹だ。

兄とは年子で一年も離れて居ない。妹はそれぞれ2つ下と5つ下である


幼少期は兄とは双子のように育った。私は一年早く幼稚園に入ったりし、女の子とおままごとと言うよりは男の子と外で遊び回ったり1人の時間が欲しい時もあって、人のいない教室で1人で静かに絵本を読んだりするのが好きだった。

女の子とも遊ばなかったわけじゃ無い。縦一列に並んで前の子の三つ編みをする遊びをして前の子が興奮気味に喜んでいた記憶がある。


おてんばで良く怪我をしたがもしかしたらというか恐らく私はこの頃からドジで転んだりはしょっちゅうだった。


私の家にはルールがある

朝は6時に起きる

食事をする時は正座をしてテレビを観てはいけない

夜は8時には目を瞑って寝る体制でなくてはならない

その他、靴を揃える いただきますを言う 右利きでなくてはならない 休日は10時からは勉強の時間 という細々としたマナー的な事もあった。


父が厳格な人で暴力や暴言が日常的に繰り返される環境下に置かれた事もあり、いい子で居る為に顔色を伺い考えている事を推測して動かねばならなかった。


私は大人びていたので家族が円滑に生活出来るように空気の場回し役となり暴言を浴びせられても上手く切り抜けて暴力を振るう環境にならないように努めるしかなかったので毎日努力努力の連続だったと思う。


お姉ちゃんだからと下の子に全て譲り、長女だからと料理や洗濯が出来なければならないと小さな頃から色々な事を強制させられた。


孤独や自由の無さに窮屈で気持ちを吐き出す事も出来ず、辛くなったら誰にもバレないように一人で隠れて鏡に向かって涙を流しながら「私は大丈夫、大丈夫、大丈夫」と言い聞かせる事が何度かあったのを覚えている。


この頃には、私は将来お金を沢山稼いで自分の子供にはこんな気持ちは絶対に感じさせず沢山愛して結婚相手と幸せな家庭を作る…と決意していた。まだ小学校2年生くらいだったのだ。


けれどそれが私の生きる理由になり目標になったのは確実にこの頃だろう




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