調律(チューニング)
「おっ、いたいた。アメリア!」
グルナの後に続くカイルたちは訓練所を出て、城の敷地内を歩いていた。
「おい、無視すんなよ。聞こえてんだろ?」
「何ですか? 私は忙しいんです。あなたの相手をしている余裕はありません」
グルナが声をかけたアメリアと呼ばれた女性は両手に何冊かの本を握り締める丸いメガネをかけた、見るからに真面目そうな人物であった。
女性は右肩から前に出した三つ編みの髪の先端に着けている丸くて赤い髪止めを揺らし、不機嫌そうな表情でグルナと対峙する。
「そう邪険にするなって。お前にちょっと頼みてぇことがあんだよ」
「なんで私があなたの手伝いをしなければならないのですか?」
「いいだろ? お前のとこの部隊は今任務に出てんだろ? ちょっとぐらい手ぇ貸せよ」
アメリアは右手でメガネの位置を直し、改めてグルナに目をやる。
「確かに現在風帝部隊は私を除いてここ最近多発している子供の失踪事件の調査任務に着いていますが、私も城内でその件についての調べものを命じられているのです。よってあなたの相手をしている余裕はありません」
「確か、ここ数ヵ月の間に起きてる親がコヴァターの子供ばかりがいなくなるって言うあの事件か」
「あのー、風帝部隊ってあの隊員が飛行可能なパートナーばかりを集めた空戦部隊ですか?」
後ろで話を聞いていたカイルが風帝部隊と言う言葉に反応し口を挟む。
「これは挨拶もせず失礼しました。私は風帝部隊副隊長、アメリア・メイヤーです」
「私はホールズ村から来ましたメグ・ルイスです」
「同じく、カイル・マーティンです」
軽く会釈をし、改めてお互いの顔を合わせる。
「先程の質問にお答えすると、正確には二十名いる風帝部隊のうち私を覗いて十九名は飛行可能なパートナーと契約しています。カイルさんの言う通り風帝部隊は空中戦を得意とする部隊で間違いありません。それで彼らは?」
カイルからの質問に答えると、再度グルナに視線を移し、本来居るべきではない部外者についての説明を求める。
「実はだな……」
グルナはカイルたちとの出会いから、国王との約束まで全てをアメリアに話した。
「なるほど。結局あなたが全ての元凶な訳ですね」
一通り話を聞き終えたアメリアは冷ややかな視線をグルナに向ける。
「やっちまったもんは仕方がねぇだろ」
「はぁー、それで私に何を頼みたいんですか?」
開き直るグルナの態度に呆れた表情を浮かべながらアメリアは溜め息を漏らす。
「おっ、引き受けてくれるのか!?」
「まだ引き受けるとは言っていません」
二人のやり取りを見ていたカイルたちはヒソヒソと声を抑えて話す。
「あの二人って仲が良いのかしら?」
「副隊長同士いろいろとあるんじゃない?」
「そこ! ヒソヒソと話さない!」
カイルたちの会話が聞こえていたのか、少し顔を赤らめたアメリアが通常よりも大きな声を出す。
「早く内容を言ってください」
「それがよ、ついさっきこいつらと模擬試合をしたんだが、なんつったか? チュー……」
「調律」
「そうそれだ! 調律が全くできてなくてよ。ちょろっと教えてやってくれねぇか?」
「またそんな無責任なことを言って……」
(調律?)
その言葉はホールズ出身のカイルとメグには聞き覚えのない言葉であった。それ故に、現在自分たちに足りていない物の正体も、何をされようとしているのか全く理解することができない。
「お前らもぼさっとしてねぇで、頭ぐらい下げやがれ!」
「いいえ、結構です。私は先を急ぎますので……」
そう言い残し、その場を後にしようとしていたアメリアにグルナが呼び止める。
「ちょっと待て! あのことをフィーリアに言いつけるぞ?」
(フィーリアってまさか……)
「無礼な! 風帝を呼び捨てにするなんて! 様を付けなさい!」
カイルの予想は的中していた。グルナが口に出したフィーリアと言う女性はキルホストル王国にて風帝と呼ばれてる方であり、アメリアの上司にあたる人物である。
「そのフィーリア様にお前がやったことを言っていいんだな?」
「一体なんのことを言っているのですか?」
グルナの苦し紛れの嘘なのか、全く心当たりがないと言わんばかりにアメリアは首をかしげる。
「お前がこの前フィーリアの部屋に入った時のことだ! お前はフィーリアが留守なのをいいことに……」
「わぁー! わぁー! わぁー!」
グルナが話終えるよりも早く、赤面したアメリアが手に持つ書物をも振り回し、話の中断を求める。
「なぜあなたがそれを知っているんですか!?」
何をしでかしたのかはわからないが、アメリアの行動を見る限り相当バラされたくないことなのだろう。
「コホン、わかりました。今回は特別にあなたの頼みを聞き入れましょう」
「決まりだな」
まんまとしてやったと言わんばかりに笑みを見せるグルナとは対照的に疲れた様子を見せるアメリア。
「あっえっと、すみません……。調律ってなんですか?」
話が一段落したところで、カイルは自身の中で生まれた疑問をそのままグルナに投げ掛けた。
「私がお答えしましょう。彼では十分な説明ができないでしょうから」
アメリアはチラリと視線をグルナに向け、カイルたちに視線を戻す。
「調律と言うのは、魔力の波を合わせることをいいます。これを行うことにより、波長のあった者同士が魔力を使っての意志疎通が可能になります。これはパートナーと協力して戦う上では欠かせない技能と言えるでしょう。更に言えば、パートナーのみならず、魔力を持つ者つまり、お二人の間でも調律を行うことは可能になります」
二人はアメリアの言葉を理解しようと必死に話を聞くが、自身が体験したことのない現象を理解するのは困難を極める。
「そうですね。一度体験して頂いた方がよさそうですね」
そう言うと、アメリアは一枚のカードを手に取る。
「サモン、アイレ」
姿を表したのは人間の片手程の大きさで、背中に光に反射しないと分からないほど透明な羽を持つ金髪の少女であった。
「あれは、ピクシー?」
その容姿を見たカイルが尋ねると、返答したのはアメリアではなく、パートナーのアイレであった。
「失礼しちゃうわね! 私をあんなイタズラ好きと一緒にしないで頂戴!」
「こら、アイレ。初対面の方に失礼でしょ。カイルさん失礼しました。彼女はアイレ、風の妖精シルフです」
「こちらこそ早とちりしてすみません」
「これからアイレの能力を使い強制的に調律を行います。お二人とも準備はいいですね?」
カイルも謝罪の言葉を述べると、改めてアメリアがこれから行うことについて説明をする。
二人は一度顔を見合せ軽く頷くと、正面に向き直す。すると、アメリアは新たに一枚のカードを手にとる。
「ファーストカード、風の調べ」
カードが発動されると、二人の間に優しい風が吹き抜けた。しかし、それ以外に特に変わった様子は見られない。
(二人とも聞こえますか?)
「えっ!?」
突如二人の脳内にアメリアの声がした。この感覚は二人にとって初めての体験であったため、思わず驚きの声が漏れる。
(落ち着いて下さい。現在私たち三人の魔力を調律し、魔力を伝って会話をしています)
(これが調律……)
思っていることがそのまま伝わってしまうため、カイルが感じたこともそのまま皆に伝わる。
(凄いわ……。これがあればカイルの気持ちも……)
(コホン、メグさん妄想中申し訳ございませんが、その考えも今皆に伝わっていると言うことをお忘れなく)
「いやー!!」
メグは顔を真っ赤にし、奇声をあげる。調律をしていないグルナはいきなりのことに体をビクりとさせる。
「こいつら何してやがるんだ?」
(メグ?)
(なんでもない! なんでもないの!)
(メグさん落ち着いて下さい。何も調律するとすべての感情が伝わるわけではありません。自身の意思で抑制することができます)
(それを先に言って下さい!)
脳内に伝わる声でもメグの感情は手にとるように伝わった。アメリアはカードの効果を解除し、改めてカイルたちに説明する。
「これが調律です。パートナーと協力して戦うコヴァターにとって円滑な意志疎通を行うことは必至。なので、お二人にはパートナーとの調律を習得して頂きます」
「話はまとまったか? それじゃあ、この三ヶ月の間にお前らがすることだが、大きく分けて二つだ。俺との戦闘訓練、アメリアと調律の訓練だ。時間がねぇから死ぬ気でやれよ!」
「はい! よろしくお願いします!」
カイルたちはグルナとアメリアに頭を下げる。
そんなやり取りを建物の三階にある窓から覗いている者がいた。
「何だか外が賑やかですね」
部屋に用意されている席に座り、前にいる男性から魔法についての知識を学んでいた女性は窓の外を見る。
「ユウナ様、今は授業中ですよ。授業に集中して下さい」
男性の言葉に耳を貸さず、外の光景を見続けるユウナ。男性はため息を着くと、倣うように窓の外を見る。
「あぁ、あれは今日グルナが連れてきたホールズ出身のカイルとメグと言う者ですね」
「ギルバ知っているの?」
「えぇ、先程国王陛下と面会した際に会いました。それよりも授業を再開しますよ。授業をしないと私が国王陛下に叱られてしまいます」
ギルバの話に納得したのか、ユウナはギルバの指示に従い授業が再開された。
(カイルさんとメグさんね……)




