悪役宰相と建国帝 2
――そんな調子で、配役の決定は進んだ。
「ダグラス組はベルセルクの敵方を演じる」という大枠が決定したので、そちらはそちらで、誰が何の役をやるかという細かい議論を、ああでもないこうでもないと続けている。
一方、こちらでは――
「くくく……私は、できれば裏方に回りたいわ。
魔術で効果を出す、ってことで……」
そろり、と白手袋の手を挙げ、そう言ったのはエルナだ。
「え、いいの?」
「……くくくくく……」
不気味に含み笑いながら、ぽふぽふ、とアニータの肩を叩くエルナ。
「いいのも何も……私、照明のあたる舞台の上なんかでフードを取れないから、役者は無理よ。
それに、そういう事情を抜きにしても、あと一人の女性――
『ルティア』の役は、アニータに決まりでしょう……?」
「う……やっぱり、そうかな?」
半ば分かっていたことではあったが、アニータは、がっくりとうなだれた。
ルティア。
炎のように赤い髪。鮮やかな緑の目。
レイピアをたずさえ、ベルセルクと共に戦場を駆け抜けた女剣士……
容貌といい、年の頃といい、どうにもアニータに似通った面影を持つ伝説的な少女の姓は、今の世には伝わっていなかった。
やがてベルセルクの妻となり《赤毛の戦妃》と呼ばれることになる彼女は、かつては一介の傭兵だったのだ。
感情を失ったベルセルクと、彼を愛するルティア。
両者の想いのすれ違いが、この物語の重要な軸となる。
「うーん……あたしが、ヒロイン役かぁ……!
いや、光栄ではあるんだけど、これって絶対、ベルチェ監督の猛烈な演技指導を覚悟しなきゃなんないよね……
うう……ものすごく気が重い……
――あ。エルナとあたしの役目が決まったところで、さっきの話に戻るけど。
結局、ホークの役は誰がやるの?」
というアニータの言葉に、「体格が戦士向きだから」という理由でルークが推されたのだが、彼は頭が外れんばかりの勢いでぶんぶんぶんとかぶりを振り、辞退した。
「オレは、誰が何と言おうと、大道具係をやるっ!
いや、別に、小道具係でも何でもいいんだが――
とにかく、役者だけは、絶対にやらねえっ!
オレにセリフが覚えらんねーの、みんな知ってるだろ!?」
「うーん。それは確かに」
「ふっ。一理ありますな」
「多分、ホークのセリフってけっこう多いですしね」
「え? ……いやあの……
できれば、ちょっとくらいは『できる』とか言ってほしいよーな気が……」
ルークは何やら気弱げに呟いていたが、結局、彼は当初の希望通り、大道具係に就任した。
――となると、ホークの役は?
「ふっ。男性陣からアラン、ルーク、そして監督は当然、除外として……」
フィルが考え深げに呟き、頭を巡らせる。
そして、彼は数秒間、ディアをじっと見つめていたが、やがて朗らかに笑い、言った。
「……ふっ。ライリー、ここは、我々がやるしかないようですな!」
「はっはっ。そうですな、フィル!」
「ディアは除外なのね……」
「ふっ。何しろ、ホークとイーグルといえば双子の兄弟で、軽妙な会話の掛け合いが持ち味の役柄ですからな。
ディアに、掛け合いはちょっと……」
「そうだよね……」
心の底から納得して、大きく頷き――
「ん?」
不意に、何か妙な感じがして、アニータは首を傾げた。
「くくく……どうしたの? アニータ」
「え? いや……ちょっと待ってよ?」
すい、と傍らに立ったエルナを手で制し、アニータは、頭の中で配役を整理し直した。
(まず、あたしがルティアね。
ミーシャがキーリィ、エルナは効果……
ベルチェは監督でしょ?
ルークは大道具。
で、アランはティスの役。
フィルとライリーが、ホークとイーグル。
で……先生が、ベルセルクをやらないってことは……)
「――って、ちょっと待って!?」
思わず、声をあげる。
「てことは……主役のベルセルクを、ディアがやる、ってこと!?」
その瞬間。
その言葉が耳に入った全員が、『うっ』と息を詰まらせた。
一同の蒼白な視線――などというものが存在するとすれば、確かにそんなようなものが、完全なる沈黙のうちに、歪んだ笑みをかたどった白い仮面に集中する。
無論、そんな視線を受けてなお、ディアは、何も答えてはこない。
しばし誰も、何も言わず、時間が凍りつく……
「待てぇぇぇぇーいっ!!」
「うわ!?」
突如、その沈黙を粉砕した大声に、一同は驚いて振り返った。
そこに仁王立ちになっていたのはダグラス組の委員長、マックス・ブレンデンだ。
肩を怒らせ、ずかずかとバノット組一同のほうに歩み寄ってきた彼は、びし! と指を――誰にともなく、とりあえず突きつけて、
「ベルセルクの役は、俺がやる!」
いきなり断言した。
『…………はぁっ?』
バノット組のほぼ全員の声が、期せずして、ぴったりとハモる。
「いやでも……えっ? ちょっと待ってよ。
どうして、ここであんたが出てくるわけ?」
心底訳が分からず、アニータは呻いた。
「あんたは悪役宰相ってことで、きれいに話がまとまったはずじゃ……」
「おお。まとまったぜ、あの時はな! だが、こうなりゃ話は別だ!」
マックスのいつになく激しい口調に、ダグラス教室の面々も驚いたような顔をしている。
普段、チンピラのように凄むことはあっても、声を荒らげることは珍しい彼だ。
「えーっと……いいんちょー?」
そこはかとなく引き気味の声音で、金髪をベリーショートにしたダグラス組の女性――エニグマ――が呼びかけるが、マックスは手を振ってそれを退けた。
「いいか! こっちから言い出したわけじゃねえ……総長命令でやる芝居ではあるが!
やるからには、成功させなきゃ意味がねぇ!
で、芝居が成功するためには、主役が、きっちり、いい芝居をしなきゃならねぇ……」
そこまで言って、びし! とディアを指差す。
「そこで、だ、てめぇら! 考えろ!
こいつに、まともな演技なんぞ、できるわけがねぇだろっ!?」
「うっ……!」
無口・無表情(というか、仮面のせいで表情は一切分からない)・無感動。
三拍子揃ったディアは、確かに、『演技』という言葉の持つイメージの対極に存在するような男だった。
さすがに誰も反論できず、再び、場が静まり返る。
――と。
「できる」
その言葉は、まったく唐突に、ぼそり、と耳に届いた。
それが、一体誰の発言なのかを一同が理解するのに、約3秒を要した。
「………………え?」
そしてきっかり3秒後、申し合わせたように声すら揃えて、同時に振り向くアニータたち。
その視線の先には――
ディアが立っていた。
『………………』
思わず黙って注視した一同に、彼は、ぼそぼそと低い声で続けてきた。
「……俺にも、演技くらいは……できる。
……要するに……《眠り屋》の真似事だろう?
……修練を積めば、可能だ」
「…………」
「…………」
「………………」
彼の言葉が終わってからも、やはり、しばし一同は、無言のままで硬直していたが――
ややあって。
「……すっ……」
胸の前で両手を組み、ぶわっ! と涙を溢れさせて、アニータは叫んだ。
「すごいっ! ディアが、二文以上喋ってるうぅぅっ!?」
「おおっ! 奇跡ですな!」
「これは、いけるかも知れませんよっ!?」
「素晴らしいですわ~!」
感極まり、手に手をとって踊りだすバノット組一同。
「………………」
少々、意図とは違う盛り上がりを見せる級友たちに、どこか釈然としない様子ながらも、ディアは反論しなかった。
「くっ……けどよ! 髪の色も違うし……」
「お前もだろ」
ルークの的確極まるツッコミに、うっと言葉に詰まるマックス。
「そっ……それに、その怪しい仮面はどうする気だっ!?」
「仮面については――」
と、ここで、監督が重々しく登場した。
「大丈夫だ。問題ない」
「問題ない……って、監督。ほんと?」
「くくく。まさかとは思うけど……
外せばいい……とか、言わないわよね……?」
「言わない」
ぐっ、と真顔で親指を立て、ベルチェ。
「幻術の一種に《虹色蜥蜴》というのがあって、僕は、この術を使える。
これを顔にかければ、全く別人の顔で、しかも、自分の本来の顔と変わりなく表情を作ることができるんだ」
「すっごーい……なんか、今回の舞台のために編み出されたよーな術ね……」
「変装して標的に近づくタイプの暗殺者が好んで使う術だよ」
「…………」
こともなげに言い切ったベルチェは、沈黙しているアニータにはもはや構わず、ディアに向かって告げた。
「実を言うと、僕は、バノット先生よりも、むしろ君のほうが、ベルセルクに向いていると思っていたんだ……」
「…………」
一同は、監督の言葉を妨げないよう、黙って顔を見合わせるだけで驚きを表現した。
当のディアは相槌さえも打たないが、ベルチェは一人で力強く頷き、続ける。
「先生は、確かに姿の面では、ベルセルクに生き写しと言ってもいい。
でも、まとう雰囲気が異質なんだ。
――魔剣と契約したベルセルクは、感情を失った。
常にフラットな君こそ、まさしく、彼の役にふさわしい」
(……あれ?)
確信に満ちたベルチェの言葉を聞きながら、アニータは、ふと軽い疑問符が意識に触れるのを感じていた。
ディア。
《格子の館》の子供。
バノット組の暗殺者――
彼が常にフラットである、という意見については、確かにその通りであるように思えた。
だが。
(感情……って、つまり、楽しいとか怖いとか憎らしいとか、そういう気持ちだよね)
彼に、そんなものがあるとも思えなかったが――
しかし、『ない』と言い切ることも、難しそうではあった。
(だって……ちょっとでも面白そうかなー、と思ったんじゃなきゃ、自分から役に志願したりしないだろうし……)
主役の何たるかについて延々と力説し続ける監督を前に、聞いているんだかいないんだか分からない様子でたたずむディアの姿を眺め――
(実は、彼も、意外と楽しんでるんだったりして……
表に出さないっていうか、他の人より、それが目立たないだけで)
だとすれば。
決して、常にフラットであるというわけでもないのだろう……
「――なので、この舞台の成否は、君の双肩にかかっているのだっ!
そこんとこを理解したかぁっ!?」
「概ね」
「むうう! よろしいっ!
――と・いうわけでっ! マックス!
君には当初の決定通り、ラーガス・ベインを演じてもらうっ!
異議はないなぁっ!?」
「ちっ! 分かったよっ。
――おいコラ! こそこそ仮面野郎!
てめぇ、ヘタレな芝居しやがったら、この俺が即座に殺すからなっ!
肝に銘じやがれ!」
「ふ……ふはははっ! いいぞ、いいぞ! その意気や良ぉぉぉしッ!!」
火花を散らして睨み合うディアとマックス。
両者のあいだで身体をのけぞらせ、憑かれたように高笑いをするベルチェ――
「せ……先生……」
すすすー、と下がってバノットたちに並び、アニータは、やや蒼ざめた顔で呟いた。
「ほんとに、大丈夫なんでしょうか、コレ……?」
「コレというのが、何かにもよるが……」
と答えてきたのは、バノットではなく、やはり少しばかり顔色を悪くしたダグラスだった。
「ベルチェのことを言ってるなら、どう考えてもヤバいと思うが……
芝居のことを言ってるなら……
いい意味で、ものすごい代物が完成すると思うぞ。俺は」
その傍らでバノットが、重々しく頷いた。
「――俺も、そう思う」




