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悪役宰相と建国帝


『道具係やら何やらも含めて10人程度では、大したことはできまい?』


 ――というのが、イサベラ閣下の理屈だった。


「それで、合同ですか……」


「そういうことだ」


 ダグラス大暴れ事件(名付けた)の後、復旧作業やら何やらでどたばたし――その、翌日である。

 隠そうともせず迷惑げに、バノットは言った。


「俺が先に『演劇』を引き当ててな。

 奴が、その直後に『演劇(他のひと組と合同)』を当てたのだ。

 まったく、よりにもよって、とはこの事だ。はた迷惑な……」


「黙れバノット! 貴様に言われる筋合いはない!」


 どんどんと地団駄を踏んで叫んできたのは、当のダグラス・ハウザー教官である。


「貴様が、最初に『演劇』を引きさえしなければ……!

 そうすれば、俺たちはどこか他の組と合同だったわけで、それなら何の問題もなかったのだ! それを……」


「責任転嫁か。見苦しいぞ」


「やかましい! 閣下にわざわざ直訴して断わられた今となっては、責任転嫁するくらいしか、気分の鎮めようがないんだっ!」


 げしげしと手近の壁を殴りつけながら、ダグラス。


 運命の女神の悪意ある采配(としか思えない)によって『演劇(他のひと組と合同)』を引き当ててしまったダグラスは、評議会議場に残って30分以上もねばり、くじの引き直しをさせてくれるように要求したという。


 だが、結局、その要求が通ることはなかった。


「くっ。ひとつの例外を認めては、くじ引きをした事の意味自体がなくなってしまうからと……

 それは、まあ、そうだがっ!

 俺は、どうしても納得がいかーん!

 なぜ、よりにもよってバノット組と俺たちが、こんなしょうもないイベントでつるまなければならんのだっ!?」


 ダグラスが喚いた、その瞬間。


「風よ」


 ずばっ!


「………………」


 思わず口を閉じたダグラスの髪を数本、はらはらと舞い散らし――空を貫いた衝撃波が、彼の背後の壁に深々と傷を刻んだ。

 その攻撃を放ったのは、こちらに向けて細い腕をかざしている若者だ。

 普段は大人しげなその眼差しに、今は、どこか地中深くで燃え盛るマグマにも似た炎がゆらめいている。

 ベルチェはしばし、じーっとダグラスをにらんでいたが、やがて姿勢をもとに戻し、机の上に屈みこんで、一心に何やら紙に書きつけ始める……


「…………バ……バノット」


 ややあって、その場に硬直したまま、目と口だけを動かし、ダグラスは少しばかり震える声をあげた。


「アレは……あれか。本当に、ベルチェか?

 まさか、魔神か何かが乗り移ったのでは……」


「俺も少しそう思う」


 深い溜め息をついて、バノット。


「『演劇』というキーワードに反応して、筋金入りのプロ意識が目覚めたというところかな。

 とにかく、今は、あまり奴を怒らせんほうが身のためだぞ」


「くっ……」


 と、悔しげに黙ったダグラスに代わり、


「ふっ! それでは、お集まりのみなみなさま方!

 ただ今より、バノット組・ダグラス組によります、第1回の合同練習を始めたいと思いますっ!」


 あくまで優雅に腕を振り、黒板の前に立ったフィルが、その場に漂う張り詰めた空気をものともせずに叫んだ。


 バノット組・ダグラス組による――という言葉の通り、この場にはすでに、ダグラス組の面々も顔を揃えている。

 普段ならば、この時点で確実に何らかの小競り合いが発生しているはずなのだが、ベルチェが発散するただならぬ鬼気に全員が圧され、辺りには、静かで、妙に重苦しい空気がわだかまっていた。

 そこへ、フィルの底抜けに朗らかな声だけが響く。


「え~、本番を迎えるまでの練習場所として、めでたく、この体技館を確保することもできました」


 そう。ここは、中央館と南館の間に肩をねじ込むようにして建っている屋内練習場――通称『体技館』だった。

 演劇の練習を行うにあたって、いつもの教室では手狭に過ぎるため、バノット組とダグラス組が合同で借り切ったのである。


 普段はここで自主練習を行なっている者も多い(ディアがその代表だ)が、こちらが総長命令で動いているとあっては、勝手に練習をしているだけの彼らは逆らうことができない。

 そばに立って薄黒い炎を背負っているベルチェの迫力もあいまってか、何ら衝突もなく、この場所を確保することができたのだった。


「ダグラス組の皆さんにも、すでにお知らせしました通り、演目は《黒翼の騎士の物語》。

 現在、監督が脚本を執筆中です。

 ……決して邪魔しないようにしましょう」


 だだっ広い訓練場の隅っこに急遽、搬入された、いくつかの机のうちのひとつ。

 そこに載せた紙束におおいかぶさるようにして、ひたすらにペンを走らせ、時にはその紙を『びびーっ!』と破って放り投げるベルチェの姿を、一同がうそ寒げな表情で眺めやる。


 と、同じく急遽搬入された黒板(キャスター付き)をぱんぱんと叩いて一同の注意を引き戻し、フィルは続けた。


「と・いうわけで!

 脚本の完成を待つあいだ、我々は我々で、できることをしておかねばなりません。

 ――すなわち! 配役の決定です!」


 言って、またまた黒板を叩く。


 黒板の上のほうには《黒翼の騎士の物語》という題名が美麗な書体ででかでかと記され、その下に、幾人かの人物の名が並んでいた。

 この劇の登場人物たちの名前である。



 ベルセルク・グランシス。

 ルティア。

 キーリィ・レルペレン。

 ティス・ダンシングリーブズ。

 ホーク・バトラー。

 イーグル・バトラー。

 ラーガス・ベイン……



「ふっ。やはりまずは、主役中の主役たる、建国帝ベルセルク陛下を誰が演じるのかを決定したいわけですが――」


 フィルがそう言った瞬間、全員(ベルチェは除く)が、ひとりの人物を注視した。


「……何だ。何を見ている?」


「いや……何となくですけど……」


 少しばかり恫喝するような口調で言ってくるバノット・ブレイド教官に、アニータはそう呻いた。


 いつも変わらぬ仏頂面。

 黒ずくめの服装。

 襟足で一つに結わえた黒髪――

 バノット・ブレイド教官の風貌は、物語が伝えるベルセルクの姿に、ほとんど生き写しなのだった。

 これで、目の色を紫に変え、杖の代わりに、魔剣を携えれば完璧だ。


「ていうか、ベル……ええと? あ、ベルセルクか。

 そのベルセルクをやれるのって、先生しかいねーんじゃねーかな?」


「確かに。主役をバノット組にられるのは面白くねぇが、こりゃ、決まりだな……」


「馬鹿者」


 生徒たちの間に問題なく流れかけた合意の空気を霧散させたのは、バノット自身の一喝だった。


「俺は、役者はやらん。教官は裏方と決まっている」


「えー!? 嘘!?」


「どうしてですの~?」


 思わず抗議の声をあげる、アニータとミーシャ。


「あのなぁ」


 呆れたような調子でその声に答えたのは、バノットではなく、その傍らに立ったダグラスだった。


「当たり前だろうが。

 初等部の連中が見たいのは、高等部の『先輩』たちの姿なんだよ。

 そこへ、俺らが出張ってもしょうがないだろうが?」


 ――今は教官という立場にある彼らとて、かつては高等部の生徒であり、『先輩』であることには変わりないのだが。


「ふっ……」


 と、フィルそのものの笑いを漏らしたのは、しかしフィルではなく――ダグラス組の副委員長、バイアス・バッハだった。

 妙な形にくせのついた栗色の髪を気取って撫でつけながら、もう一方の手で、びしとダグラスを指差す。


「そんなことを仰って。

 実は、セリフを覚えるのが面倒臭いのでしょうっ!?」


「そうだ。」


「………………」


 堂々と開き直られ、立場がなくなったように沈黙するバイアス。


「……ふっ。何やら話が続かなくなったようですので、僭越ながら、私からひとつ提案をさせていただきたいのですが」


 フィルが、あくまでもにこやかに、話を継いだ。


「やはりここは、『この役には、この人しか有り得ない』というところから決めてゆくのが、一番の早道だと思うのです。

 そこで、言わせていただきますと――

 エルフの魔術師、ティス・ダンシングリーブズの役には、同じくエルフであるところのアランが、最も適任ではないかと!」


「あ。私ですか?」


 のんびりと、アランが自分を指差す。

 ある程度の予測はついていたのか、いきなり指名されても、それほど驚いた様子もない。

 それを見て、フィルは満足げに頷いた。


「ふっ。人の身の及ばぬ悠久の時を生きるがゆえの、そのゆったりとした物腰! やはり、ティスの役がつとまるのは、彼しかおりますまい。

 これについて、どなたか意見がおありでしょうか?」


「異議なし! これはもう、決定じゃない?」


 と、気楽に、アニータ。


 実際に、姿――具体的には身長――の面から言っても、エルフの役を演じるのに、エルフ以上の適任者はいないだろう。

 特に、ティス・ダンシングリーブズといえば、治癒の技に精通し、他者を癒すことに一生を捧げた穏やかな人物として知られている。

 まさしく、アランの雰囲気にぴったりだ。


「御賛同ありがとうございます。

 それでは、決定ということで……」


 言いながら、フィルが黒板にかりかりとアランの名前を書き入れる。


 ――と、その時だ。


「……キーリィの役は……」


 出し抜けに、ぼそぼそっと声を発したのは、『監督』――つまり、ベルチェであった。

 アニータたちは思わずびくりとしたが、フィルは至って平然と、


「はあ。キーリィ・レルペレンの役について、監督から、何か御意見がおありでしょうか?」


 しごく落ち着いた調子で問い掛ける。

 脚本から顔を上げ、こっくりと頷いたベルチェは、そのまま、持っていたペンを一同のほうにすっと動かし――


「彼女の役は――ミーシャにやってもらう!」


「えっ……え? えっ? えっ、ええ~っ!?」


 いきなりびしりとペンで指され、ミーシャが、パニックに陥ったような声をあげる。

 と、これで『監督』を怒らせてはまずいと思ったのか、半分泣きながらも声量を落として、ミーシャは呻いた。


「で……でもでもでも、どうして、わたしですの~?

 ……あっ、あの、その、別に、嫌というわけじゃないのですけど……

 理由が知りたいです~っ!」


「理由。理由か。それは……」


 ベルチェはおもむろに立ち上がり、重々しく告げた。


「ミーシャが、この中で、一番小さいからだっ!」


「――え!? それだけ!?」


「それだけとは何だ」


 思わず言い返したアニータを、じろりとにらんで、ベルチェ。

 普段の彼が、誰かに反論された時点で卒倒しそうになることを考えると、魔神に乗っ取られたという説も、あながち否定できないような気がしてくる。


「いいか」 


 彼は、気難しげに指を振りながら説明してきた。


「キーリィは、小妖精フェアリーの女性だ。

 その役を演じる者が、他の者より大柄では、都合が悪い。

 少なくとも同じくらいの身長か、できれば下がいいんだ」


「でも、監督。キーリィ・レルペレンって、確か、殺し屋で……

 かなり『姐御』っぽい性格の人じゃなかったっけ?

 それって、ミーシャとは、全然イメージが合わない気が……」


「ええいうるさい! そこは、役者の腕の見せ所だっ!

 修行しろ! 気力と体力の全てを賭けて、演じる人物になり切るのだっ!」


「えええ~……そんなぁ~」


 ミーシャが呻いたが、ベルチェの耳には入らなかったようだ。


「そんな無茶な……本職の役者じゃあるまいし。――あっ」


 呆れたように呟いていたアニータだが、言葉半ばで、ぽんと手を打った。


「ねえ! 今、本職っていうので思いついたんだけど。

 この学院に、フェアリーの人、何人かいるじゃない?

 その人たちに頼んで、応援に来てもらうってのはどう!?

 そのほうが絶対、リアリティが出るよ!」


「無理だ」


 アニータの名案は、監督にすげなく却下された。


「ええっ? どうして?」


「実は、昨日の時点で、僕もその案を検討した。

 しかし、実現は不可能だ。

 いいか、この学院に、フェアリーの生徒は3人いる。

 そのうちのひとり、オーチェは、サトクリフ組の所属で『サーカス』の担当にあたっている。

 あとのふたりは、本番当日、院外演習で留守だ」


「……す……」


 すらすらと告げてきたベルチェに、恐れ入った、というように、アニータは呟いた。


「すごい。そこまで調べてたのね……」


「当然」


 ふんむ、と薄い胸を張り、ベルチェ。


「そういうわけで、修行だ、ミーシャ!」


「ううううう。頑張ります監督~」


 観念して打ちしおれるミーシャであった。



「――と、一段落したところで、ちょっと待てぇい!」


 突然、何の脈絡もなく大声をあげてきたのは、ダグラス教官にへこまされてからずっと黙っていた、副委員長のバイアス・バッハである。


「黙って聞いていれば、主役陣をバノット組が独占しようという腹づもりだなっ!?

 そうはさせんぞっ!」


「え? ……いや、別に、そんなつもりじゃ……」


「ええい、白々しい嘘をつくな!」


 こちらの反論にも聞く耳ない様子で、むやみに大きく腕を振り回し、叫ぶバイアス。


「とにかく、そうはいかんのだ!

 ここらで是非とも、こちらからも言わせてもらうぞっ!

 いいか! ホーク・バトラーの役は、我らがマックス・ブレンデン委員長に決まりだっ!」


「――俺か!?」


 いきなりのことに驚くマックスを尻目に、バイアスは、バノット組の面々に向かってフフンと笑った。


「ホーク・バトラーといえば、凄腕の傭兵兄弟の片割れ!

 我らが委員長は、腕も立つし、目付きも悪くガラも悪い!

 まさに、ホークのイメージにぴったり――」


「って、全然誉めてねぇじゃねぇかっ!」


 ごすっ!


 マックスの鉄拳が後頭部に炸裂し、バイアス・バッハは床に沈んだ。

 マックスは、さほど痛くもなさそうに拳をさすりながら、


「……で? このバカの言ったことはともかく、俺がホークをるってことでいいのか?」


「良くない」


「良くねぇのかよ!?」


 ぼそっ、と答えてきたベルチェに、思わず叫ぶマックス。

 ぐっと眉を寄せ、肩をいからせて、


「おいコラ……あんまり調子に乗ってやがると、そのススキみてぇに細え腕ぼっきり折るぞこの野郎。

 どういう理由で俺がホークを演っちゃ不都合があるんだか、納得いくように説明してもらおうじゃねえか。ああ?」


 ベルチェに詰め寄って凄味をきかせる。

 普段のベルチェであれば、頓死しかねない形相ではあったが、いかんせん、『監督』モードの彼をびびらせるには役者が不足だったようだ。


「マックス……」


「お、おう。何でぇ」


 かえって、マックスのほうが微妙に腰が引けている。


「僕たちバノット組と、君たちダグラス組とは、長年の敵対関係にある……」


「堂々と口に出して言うなよ」


「ただでさえ、上がやかましいというのに……」


 後ろのほうから、ダグラスとバノットがかわるがわる呟いたが、無視。


「そんな、長年の確執を、一朝一夕に忘れることができるだろうか?

 舞台の上で、命を預け合う仲間を演じることが可能だろうか?

 ――確かに、修行によっては可能だろう。

 プロの役者は、自分の感情を、完璧にコントロールできるものだから。

 だが、今回の場合は、普段から『味方』である人間同士でベルセルクのパーティを演じたほうが、いい芝居ができると、僕は思うんだ。

 どちらが正義、どちらが悪を演じるかということは問題じゃない。

 どれだけいい芝居ができるか、ということだけが、大切なんだ……」


 いつもの彼にあるまじき力強さで、食い入るように相手を見つめ、ベルチェは語った。


「バノット組とダグラス組は、舞台の上でも敵対関係にあるべきだ。

 そのほうが、絶対にいい芝居ができる。

 マックス。僕は、ダグラス組の筆頭である君に、ベルセルクの仇敵、宰相ラーガス・ベインを演じてもらいたいと思っているんだ……」


「……ふん」


 異議を唱えようとする級友たちを片手で制し、マックスは尊大に頷いた。


「なるほどな。いいだろう。

 そこまで言うなら、やってやろうじゃねえかよ。悪役を。

 ……ただし! てめえらが、腑抜けた芝居をしやがったら、舞台の上だろうと関係ねぇ。容赦なく、ぶっ潰すぜ。

 それでいいな?」


 その言葉に、ベルチェがにやりと――断じて、にこりとではなく――笑みを浮かべ、答える。


「素晴らしい」



「ひえぇ……怖いよぉぉぉ。ベルチェじゃないよぉ」


「やべーよ……マジで人間変わってるぞアレ……」


「むう……やはりこれは《ジークの鉄槌》の出番なのではないでしょうか……」


 恐れおののき、ぶつぶつと呟くバノット組一同であった。



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