受験ストレスをぶっ飛ばせ! 2
* * *
「なるほど……そーゆー経緯があったんですね……」
語り終え、鬼瓦のような表情で沈黙しているバノット教官を前に、アニータたちは冷や汗を垂らしながらも、とりあえず納得していた。
「ふっ。ちなみに、他の組はどのような出し物を?」
なぜか片手で前髪を払いながら、もう一方の手を挙げてそう言ったのはフィルだ。
「むう。俺の知る限りでは、『サーカス』や『占い』があったようだが……」
「徹頭徹尾、娯楽ですなー」
「ハーレル教授は『ポップコーン売り場』を引いていたぞ」
「そ……それはまたビミョ~な……」
ちなみにキャロルが勇んで引き当てたのは『バザー』だった。
ほとんど、文化祭のノリである。
「彼女が、使わん物品があったら何でもいいから譲ってくれと言っていた。
手作り品も可だそうだ」
「……ていうか、バザーは本来、手作り品を売るものなんじゃ……?」
「利益をあげることが目的ではないからな。
あまり、元手や労力はかけられん。
古道具をかき集めることになったとしても、仕方があるまい」
「あ、そっか、そうですよね。
うーん。それにしても、あたしたちが、演劇かぁ……」
思わず腕を組んで、アニータはぶつぶつと呟いた。
演劇といっても、素人の自分たちに求められるレベルだ。
そう本格的なものである必要はないだろう。
――だが、具体的に、どんなものを上演すればいいのか?
ウケ狙いに走るという手もあるが、観客が、エグザミネイションを控えてキリキリしている生徒たちであることを考えると、半端なギャグは滑る恐れが大だ。
やはり、ここは真面目にやらねばなるまい。
しかし、劇の内容が重すぎては、初等部の生徒たちのストレス解消という当初の意味がなくなってしまうし……
「これは、なかなか厄介だねっ!」
「そうですねえ~。
慰問の趣旨に照らせば、教育劇っぽいものも、あまり相応しくないですし……
かといって、そこまで不真面目なこともできませんし~」
頬に手を当て、ミーシャも悩む。
「はっはっ。よりによって、難しいものが当たってしまいましたなぁ」
「――悪かったな、ライリー。よりによって難しいものを当ててしまって」
「いえいえ、先生。別に先生を当てこすったわけでは。
あっ、あっ、首を絞めないで下さい……」
などと、てんでに騒ぐ一同の中で。
「…………演劇…………」
ぽつり、と一人の男が呟いた。
その瞬間――
何かの奇跡のように一瞬にして、教室内は、針の落ちる音さえも聞こえるほどに静まり返った。
発言の内容そのものには、とりたてて不明なところもない。
にも関わらず、一同の注意は、否応無しにその声に引きつけられてしまった。
それは、その声に込められた、異様なまでの熱情のためだった。
誰もが申し合わせたように、発言者に視線を向けている。
しかし『彼』自身は、自分が注目を浴びていることにすら気付かぬように、何やらうつむき、あまつさえ、ぶるぶると身体を震わせている――
「……おい……」
ややあって、バノットが――極めて珍しいことに――戸惑い気味に片手を差し出しながら、呟くように言った。
「大丈夫か、ベルチェ? 救護が必要か?」
「…………演劇…………
春待月の第15日の、舞台…………
これは…………」
学院一、頼りなげな風貌をした若者は、そんな教官の言葉も耳に入らない様子で、なおもぶつぶつと呟き続けた。
「これは……天の采配だ……!!」
「おい――?」
さしものバノットが不審を露わにして呻いた、その瞬間。
「うおおおおおおぉぉぉぉっ!!」
不意に、ベルチェが――あの、常に控え目で、風が吹いたらそのまま吹き倒されてしまうほどに弱々しいベルチェが、猛獣もかくやという雄叫びをあげて立ち上がった!
「あ痛っ!」
「きゃあぁ~っ!?」
「べ、ベルチェーっ!?」
ベルチェが立ち上がる際に跳ね飛ばした椅子に直撃されたルークを含め、彼の突然の狂乱に驚き、慌てる級友たち。
「ふっ! これは、恐るべき魔神が今まさにベルチェの身体を乗っ取ろうとしているに相違ありませんなっ!」
「はっはっ! それはいけません! 早速に私の《ジークの鉄槌》で――」
「ちょっ……待ってください、ふたりともっ!? 早まらないで!」
驚いたあまり床に転がりながらもレイピアを抜き放つフィル、どこからか巨大なハンマーを取り出すライリー、ふたりに慌ててしがみつくアラン……
「――って、こっちも、早速に抹殺をはからないッ!」
無言のままでダガーの投擲姿勢に入るディアの手首を、アニータが素早くチョップする。
「む……しかし、魔神が」
「信じてるし!?」
そんな大騒ぎの最中にあって、ベルチェは立ち上がった姿勢のまま、微動だにしない。
細い両拳は固く握り締められ、目は見開かれてらんらんと光り、どう見ても、まともな状態ではなかった。
と、その彼が、不意に周囲をぐるりと見渡す。
「……やや、足りないか……だが……決して、不可能じゃない……!」
「ちょ……ちょっと、ベルチェ?」
さすがに、やや引きながら、声をかけるアニータ。
次の瞬間、『くわっ』と振り向いてきた彼の形相にひとかたならぬ後悔を感じつつも、続けて問いかける。
「いやあの……一体、何言ってるの? さっきから、興奮しちゃって……」
「春待月の第15日……
それは、歴史上、最も劇的な事件が起こった日だ――」
とりあえずアニータのほうを向いてはいるが、どう考えても彼女より遠くの何かを見ている目つきで、ベルチェは言ってきた。
もはや、口調すらいつもと違う。
「はるまちのつき……じゅうごにち~……?」
それを聞いたミーシャが、何やら記憶の端に触れるものでもあったのか、ゆっくりと呟きながら、ふらふらと視線をさまよわせ――
「あ!」
ぽふ! と(彼女にしては)勢いよく手を叩き、叫んだ。
「分かりましたぁ! レティカの王城が陥落した日ですわ!
その日、帝国の父祖、建国帝ベルセルク陛下は、魔剣の力を我が物として《黒翼の騎士》となられたのです~!」
それは、よく知られた物語だった。
いや、ただの物語ではない。
このリオネス帝国の建国にいたるまでの、壮大な歴史の流れの一幕だ。
ベルセルク・グランシス。
千年王国と呼ばれた強国レティカを滅ぼし、一代で帝国を建てた男――
彼は、もとレティカ王国の騎士で、王女の結婚相手と目されるほど家柄もよく、将来を嘱望されていた。
だが、そのために妬まれ、陰謀によって謀反の罪を着せられ、一族郎党を皆殺しにされてしまう。
彼自身も深手を負い、命を落とすところだったが、屋敷の蔵に封印されていた邪悪な魔剣の封印を解き、《彼》と契約を交わすことで生き延びた――
「おおっ! そういや、そんな話を、前に歴史で習ったような気がしなくもないような気がするぜ!」
「まあ、偉いですわ、ルークくん! ちゃんと覚えてましたのね~?」
「え? おお、いや、まあな。ははは」
「ふっ。しかし、命をながらえた代償として、ベルセルクは人間らしい感情のすべてを失い、その刃で、他者の命を奪い続けねばならないさだめを負った。
ひとたび魔剣の誘惑に屈すれば、たちまち彼の正気は失われ、命あるものを見境なく斬り殺す狂戦士と化してしまう――」
笑顔で冷や汗を垂らすルークの横から、朗々とフィルが続けた。
貴族の出である彼は、幼い頃から、寝物語にこの話を聞いて育ったのだろう。
「レティカを脱出し、あてどない放浪の旅に出たベルセルク。
やがて、数奇な運命に導かれ、彼のもとに集うは、いずれ劣らぬ5人の勇者たち……」
こちらも朗々と、ライリー。
彼は西方の王国ガネシアの出身なのだが、フィルに劣らぬ流暢さである。
まあ、ヒノモトからやってきたアニータでさえも聞き知っているほど有名な話なので、特段の不思議はないが。
「――で、仲間たちと一緒に様々な苦難をくぐり抜けた末に、ベルセルクは故国レティカに戻り、反乱軍を立ち上げて、腐敗していた王政を打ち倒す……
確か、そうだったよね?」
「そう。それが成功した日こそ、他でもない、春待月の第15日……」
やや落ち着いてきたらしく、しかし拳は握ったままで、ベルチェは熱く語った。
「建国記念日のほうが有名だから、日付は、あまりメジャーじゃないけど。
過去、幾多の劇場で、この日――《黒翼の騎士の物語》が上演されてきたんだ。
僕がいた《月夜の夢》座でも……」
「あ……」
その言葉を聞いて初めて、アニータたちは、ベルチェの興奮の理由を理解した。
彼は、この学院に来る前は、若いながらも天才的な幻術使いとして、帝都最大の劇場《月夜の夢》座の視覚効果担当をつとめていたのだ。
「この日に演る舞台なら、《黒翼の騎士の物語》以外にはありえないっ!
監督・脚本・効果もろもろは、僕が一手に引き受けたっ!
みんな、僕に命を預けて、地獄の果てまでついて来ぉーいっ!!」
ぐおおおお、と燃え上がるベルチェを遠巻きに囲み、
「くくく……忘れてたわね。
私たちのクラスには、プロがいるんだってこと……」
「う、うん。
でも、これで何やるかも決まったし、ベルチェもあんなに張り切ってるし――
もう、これは、このまま行っちゃうってことでいいんじゃない!?」
「ふっ。我々は一向に構いませんよ」
「おう、オレも構わねーぞ!
……多分、セリフは覚えらんねーけど、それは何でも一緒だし」
口々に言う級友たち。
「えーと、じゃあ一応、最終決定を行ないまーす。
演目は《黒翼の騎士の物語》、監督はベルチェ。
これに、異議はありませんかっ?」
『異議なーし!』
アニータの言葉に、ベルチェの勢いがうつったか、景気よく拳を突きあげる一同。
「おお~、決まった! ……って……」
いまだ、背後に炎を燃え立たせているベルチェと、彼を囲んで気勢をあげるルークやフィルたち――
その様を眺めていたアニータは、ふと、かくんと首を傾げた。
ひょい、とバノットのほうを振り向いて、
「そういえば、まだ聞いてませんでしたけど――
っていうか、全然、関係ないんですけど。
ダグラス組って、いったい何するんですか?」
「ああ……」
アニータの問い掛けに、バノットは、なぜか妙に歯切れ悪く唸ってきた。
「そろそろ、結果が出る頃だと思うのだが」
「…………へ?」
その、瞬間だった。
「バノット・ブレイド教官――!!!」
どばぁんっ! と(比喩でなく)扉を蹴破って、ひとりの男が飛び込んでくる。
「……なっ!?」
逆立った銀髪に、青の三白眼。
ダグラス組の委員長、マックス・ブレンデンだ。
よほど慌てて走ってきたのだろう、ぜいぜいと肩で息をしている。
いや、それよりも一同の度肝を抜いたのは、服といわず顔といわず、煤やら傷やらでぼろぼろになった彼の惨状だった。
「何事っ!?」
アニータが叫んだが、彼は、そんなものは聞いてもいないようだった。
バノットに向かい、息を切らして叫ぶ。
「頼む……一緒に来てくれっ!
あんたの手は借りたくねぇが、俺らじゃ、手に負えねぇ!
先生が――先生が、暴れ出して――」
「……え!?」
どがぁぁぁぁんっ!
一同が目を丸くするのと時を同じくして、大気と建物とを揺るがし、爆音がとどろいた。
評議会議場がある、中央館の方向からだ。
一拍おいて、再び、激しい衝撃が床を、壁を揺さぶる。
そして、さらに連続する爆発音――
「や、やべぇ……なんか、近付いて来てる!?」
階下から湧き起こる無数の悲鳴に頭を抱えながら、マックスが再び教室を飛び出してゆく。
「こら、てめぇらっ! バイアス、ミーアン、ケリー、エニグマっ!
援軍が着くまで、命張って食い止めろって言ったろーが――
って、うおおおおぉっ!?」
マックスが身を乗り出していた廊下の窓が、いきなり問答無用で爆砕した。
外から衝撃波でも打ち込まれたのだろう。
大柄なマックスの身体が、ひとたまりもなくもみくちゃになって、瓦礫と共に打ち倒される――
「せ、先生!? これって……ダグラス教官が暴れて……!?」
「……やはり、無理だったか」
「え!?」
「たった今――」
こうなるという予測でもあったというのか、まったく驚いた様子もなく、いつもと変わらぬ仏頂面で――
しかし、確かに暗澹としたものを声音に混ぜて、バノットは重々しく告げた。
「たった今、演劇は、ダグラス組と合同で行なうことが決定した」




