表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帝国魔術学院! ―バーサス・エグザミネイション―  作者: キュノスーラ
第一章 受験ストレスをぶっ飛ばせ!
2/25

受験ストレスをぶっ飛ばせ!

 その発表を聞いた瞬間――

 一同は、たっぷり10秒間、無言で硬直した。


「…………えーと…………」


 10秒経って、ようやくそろそろと挙手をしたのは、赤毛をひとつに結い上げてかんざしを挿した、着物姿の少女である。


「あの、先生。今、何て……?」


 少女、つまりアニータ・ファインベルドは、いつもの彼女らしからぬ気弱げな調子で呟いた。

 ――というか、できれば先程の発言を否定してほしい、という気持ちが、口調からひしひしと伝わってくる。

 しかし、その1秒後、彼女の儚い望みは、断固とした声に粉砕されてしまった。


「我が組の出し物は、演劇だ」


 教卓に両手をつき、そう言い切ったのは、彼女らの担任、バノット・ブレイド教官である。

 彼は常日頃から、むっつりとした表情に不機嫌げな声をしていた。

 だから、赤の他人にとっては彼の機嫌を推し量ることは非常に困難なのだが、アニータを含めた生徒たち全員が、今この瞬間、バノット教官が確かに憮然としていることを感じ取っていた。


「……くくく……」


 アニータの傍らから不気味な含み笑いを漏らしたのは、エルナだ。

 憮然としている人間に聞かせるにはあまり相応しくない笑いだったが、これが特段悪意があってのことではなく、彼女の口癖のようなものであることは皆が知っている。

 どこか幽霊にも似た仕草で、そろり、と手を挙げ、彼女は言った。


「それって……今日の評議会で、決まったことですよね……?

 まさか……イサベラ閣下から『演劇やれ』って、命令があったんですか……?」


「いや」


 この瞬間、バノットは、珍しくも少しばかり生徒たちから視線を逸らした。

 眉間のしわをぐっと深め、教卓の上で両拳を固めながら、言う。


「……クジ引きで、当たってしまったのだ」


 視線を逸らしたまま、くしゃくしゃになった――どうやら力一杯丸めた上に踏み付けたらしく、くっきりと足跡までついている――紙切れを取り出し、ぽかんとしている生徒たちに向かって広げてみせる。

 そこには確かに、イサベラ総長閣下の筆跡と思しきミミズののたくったような字で『えんげき』と記されていた。


 しばし、教室に沈黙が落ちる。

 ややあって、


「……汚い字だなー」


 ぼそっ、とルークが限りなく正直な感想を口にしたが、誰も、何も言わなかった。



         *        *        *




「……慰問ですとぉ?」


 学院の評議会議場に、目一杯すっとんきょうな声が響きわたったのは、その一時間ばかり前のことだった。

 声の主は、ダグラス・ハウザー教官である。


 天界の風景が細密に描かれた議場の壁を背景に、ひときわ高くそびえる議長席。

 そこを要として、扇形に展開する議員席――

 その前から三列目の右端に陣取った彼を、やや離れた場所に座った年嵩の教官たちの一団が、おせじにも好意的とはいえない目つきでじろりと見やった。


 逆立てた金髪に、両耳に幾つも光る銀のピアス。

 とどめに、革の服のあちこちから銀のチェーンをじゃらつかせているとなれば、年配の教官たちからの受けが悪いのも当然だ。

 ――しかしと言うか、やはりと言うか、ダグラスは、そんな反応は気にも留めなかったが。


「何です、慰問って」


「辞書を引いてみるか?」


 限りなくストレートな質問に対して、揶揄するような答えを返したのは、議長席にゆったりとおさまった女性だ。

 おさまりの悪いダーク・ブロンドと、その下の眠たげな金の双眸。

 議員席に面した部分に見事な彫り物の施されたテーブルに両肘をつき、あまつさえ組んだ手の甲に顎を載せたまま、イサベラ・アストラッド総長は言った。


「慰問は、慰問だ。分かれ」


「いや……『分かれ』と言われましても……」


 思わず軽くつっこむように手など出しているダグラスを制し、その隣から、ひとりの男がすっと挙手をする。


「何だ? バノット」


「質問事項がふたつあります」


 気安く名を呼んでくるイサベラに視線を据えて、バノット・ブレイド教官は立ち上がり、重々しく二本の指を立てた。


「ひとつ。高等部から初等部への慰問など、前例がありません。そのようなことを思い立たれた理由は何か。

 ひとつ。なぜ、その慰問とやらの係に、我が組が含まれているのか。

 以上の点について、お答えいただきたい」


 それだけ言って、着席する。


「……くそっ、貴様、ひとりでおいしいところを持っていきおって!

 これでは、俺が間抜けみたいではないか」


 あまり座り心地のよくない議員席に再び身体を沈めたバノットの隣から、ダグラスが不満顔でぶつぶつ言い、


「まあ、まあ、ダグラスくん。こんなとこでケンカしちゃダメよ~」


 もうひとつ隣の席に座った、豊かな金髪を波打たせた女性――キャロルことキャロライン・メリ教官が、にこやかにそれをたしなめた。


 バノット、ダグラス、そしてキャロル――

 彼らを《魔の三人衆デモン・トライアングル》と、人は呼ぶ。色々な意味で。


 バノットは、とりあえずふたりを無視し、イサベラを見つめている。

 たいがいの者ならば委縮してしまうであろう視線を受けて、イサベラは、ふっと笑った。


「前例。前例か。

 前例がなくては動けんというのなら、我々に、進歩というものは有り得ないのではないか?」


「今まで行なってこなかった事柄を始めるにあたっては、それなりの理由が必要とされると申し上げているのです」


「理由がなくてはいけないか?」


「……まさか……ない、と?」


 仏頂面に、ほんのわずかに呆れたような気配を漂わせて、バノット。

 仮にも学院総長の任にある者が、評議会の場で単なる思いつきの発言をするとも思えないが、イサベラ閣下の場合、有り得ないとも言い切れない。


「うむ……」


 彼女は、むやみに自信に満ちた態度で頷いてきた。


「昨日、風呂に入っている時に思いついたのだ」


 ――やっぱり。


「風呂……」


 思わず、頭に手拭いを載せて湯船でくつろぐイサベラの姿を思い浮かべる一同である。


「まあ、そんなわけで、単なる思いつきなのだが」


 イサベラは、いたって気楽な口調で言った。


「まったく意味もなく提案したわけではないぞ?

 なにしろ、だ。

 4ヶ月後には、エグザミネイションがある」



 その言葉に、ほぼ全員が「なるほど」と思い、何人かは「ああ……」と小さく声をあげた。



 承認試験エグザミネイション



 その何たるかを理解するためには、まず、学院の組織の概容について知らねばならない。


 帝国魔術学院は、大きく見て、ふたつの組織に分かれている。


 そのひとつが、今この議場に集まっている教官たち、そしてその生徒たちが属する『高等部』。

 ここに籍を置く者たちは、各組に分属し、総長命令により様々な任務をこなし、必要とあらば実戦にも赴く。


 そしてもうひとつが、魔術師としての基礎訓練の場である『初等部』だ。

 軍隊にたとえれば――いつつの学院が、紛れもなく帝国の軍事組織であり、現皇帝の対外戦略の切り札であることを疑う者はいないが、それを大っぴらに口に出すことは許されない――初等部は、つまり、士官学校にあたる機関なのである。


 そして、初等部の生徒たちが高等部へと『上がる』ために通過せねばならない関門、それがエグザミネイションだった。


 面接、実技、筆記試験。

 受験者は、あらゆる角度から、帝国の尖兵――もとい、魔術師としての高等教育を受けるにふさわしい者であるかどうかを試される。


 一度きりのチャンス、というわけではないのだが、毎年必ずあるというものでもない。

 エグザミネイションがいつ行なわれるかは、高等部との人員のバランスによって決定される。

 つまり、まったくの不定期なのだ。


 よほどの突発事故でもない限り、試験の日時は一年前には受験者たちに通知されるが、それを逃せば、次のチャンスがいつ来るかは、誰にも分からない。

 そのため、多くの生徒たちにとって、エグザミネイションは、ほとんど一世一代の大勝負のようにとらえられていた。


 それは、議員席にさざなみのように広がった、どこか懐かしげなざわめきからも明らかだ。

 生徒たちの前では岩か鋼の像のように威厳に満ちた表情を崩さない教官たちが、昔に戻ったかのように、少しばかり情けなさそうな笑顔を見合わせている。


「エグザミネイションか……!

 あれからもう何十年も経ったのに、不思議なものだな。

 あの時、出された問題を、今でもはっきりと覚えている」


「そうそう、そうですよね!

 私なんか、筆記試験に備えて泣きながら暗記した魔術生成理論、いまだに全部暗唱できますよー!」


「最終日の実技で、最後の最後にしくじった時は、あ、終わった、と思ったよ。

 今だから言えるが、あの日、部屋に戻ってから、ひとりでずっと泣いてたな……」


 と、各人各様の思い出に浸る教官たち。


魔の三人衆デモン・トライアングル》もまた、例外ではなかった。


「エグザミネイション……懐かしいわ!」


 胸に手を当て、にこにこと、キャロル。


「あの頃は、あれに受かることが、人生の目的みたいになってたわねえ!

 私、運動神経が鈍かったから、ほんとに大変だったの~。

 組み打ちの実技で、つい勢い余って、相手を床に叩きつけちゃって……

 その人がいつまでも起き上がってこなかった時は、ほんと、どうしようかと思っちゃった!」


「俺は、筆記試験の前日、学院に放火を企てたぜ。本気で」


 真顔で、ダグラス。


「……実行したの~?」


 と、キャロル。

 初等部にいた当時には、《魔の三人衆デモン・トライアングル》は互いにほとんど面識がなかったのだ。


「いや、倉庫から灯油を持ち出したところで、担任に見つかってな……

『こんなアホなことしてる暇があったら明日に備えろ!』って殴られた」


「放火未遂は無視なのね……

 バノットくんは、何が一番大変だった?」


「面接だ。俺は昔から、この通りの顔だからな。

 担任に『ケンカを売ってると思われないように、もう少し愛想のある表情を心がけろ』と言われて、前日の夜、鏡の前で三時間ほど笑っていた」


「怖いな……」


「俺もそう思う。

 ――当日の筆頭面接官は、閣下で」


 と、イサベラのほうに手を振り、


「会場に入るやいなや『その笑顔はやめろ。不気味だから』と言われた時には、もう帰ろうかと思ったな」


 いつもの仏頂面を少しばかり憮然としたように曲げたバノットの言葉に、ダグラスがぶーっと吹き出し、キャロルはけらけらと笑い転げた。


「笑うな」


 と言いながらも、バノット自身、どこか懐かしげな顔つきをしている。


 議場全体に広がった、和やかな雰囲気――

 しかし、ふと何かに気付いたように、バノットの表情がたちまち元のように渋ったくなった。


「……で、閣下」


「何だ?」


 鷹揚に問い返してくるイサベラに、バノットは用心深い眼差しで、


「4ヶ月後にエグザミネイションがあることと、高等部が初等部への慰問を行なわねばならないこととの因果関係が、いまだ不明なのですが。

 ――それに、なぜ我々なのか? という疑問への説明も、まだ承っていません」


 バノットの指摘に、危うく納得しかけていた教官たちが『はっ!』と自分を取り戻す。


「細かい奴だな」


 苦笑しながら、イサベラは言った。


「実は、この前、初等部のゴールドベリと会った」


 ローラ・ゴールドベリ教官は、事実上、初等部の運営を一人で切り回している辣腕家の女性である。

 すでに80歳を超える高齢だが、頭脳は明晰、物腰もかくしゃくとした風格溢れるオババだ。

 そんなオババを気軽に呼び捨てにするイサベラも、なかなかに底知れないものがあるが、それはそれとして、


「彼女が、こうぼやいていてな。

毎度のことではあるが、エグザミネイション受験者たちのあいだに漂う、異様なまでの緊張感はどうにかならないものか。

 あおりを食らって、こっちまで胃に穴が開きそうだ……と」


 丸っきり他人事のようなローラ・ゴールドベリ教官の言い草だが、喉元過ぎれば暑さを忘れるというか、自分自身がエグザミネイションを通過してから、すでに60ウン年。

 それから何度も教え子たちの受験に立ち会ってきた彼女にしてみれば、


『えい、ごちゃごちゃとうろたえるな。もう少し、でんっと構えい!』


 などと言いたくなるのも無理はなかった。


 だが、自分の周囲は皆ライバルと言っても過言ではない過酷な状況下に置かれている受験生たちにしてみれば、とてもとてもとても、そんなのん気なことは言っていられない。

 徹底的に閉鎖的な環境であるだけに、受験生たちがさらされるストレスの大きさは計り知れなかった。


 ローラ・ゴールドベリ教官のいう『あおりを食らって』とは、単に雰囲気に呑まれるということだけではなく、現実に起こる受験生同士の衝突に心を砕かねばならない気苦労を表現した言葉なのだろう――



「なるほど……」


 理解したくはなかった。

 課題を理解すれば、それを解決するために行動することを、必ず求められるのだから――

 だが、理解せざるを得ない。

 そんな顔つきで、バノットは呻いた。


「では、慰問というのは、煮詰まりがちな初等部に水を注ぐという意味で」


「よく分かっているではないか。実に的確なたとえだ」


「……で、それを、なぜ我々が?」


 あくまでも食い下がるバノットに、イサベラは、にやりと山猫のような笑みを見せた。

 その笑みを目の当たりにして、バノットと同じく『慰問担当』に指名された教官たちは残らず、これで儚い希望も消えたな……と、静かに覚悟を決めた。

 そんな教官たちの様子を面白そうに眺めわたしながら、イサベラは告げた。


「この話は、すでにゴールドベリのほうにも通っているのだ。

 彼女は、実に喜んでくれた。

 こちらの都合も考え合わせて、日取りまで決めてくれてな。

 実施日は、今日からちょうど40日後、春待月はるまちづきの第15日。

 当該日付に、演習や出動の予定が入っていない組、これが慰問の担当だ。

 何か質問はあるか?」


「…………ありません」


「うむ。良い返事だ」


 むやみに満足げに頷きながら、イサベラは、立派な議長席の下から、何やら一抱えほどもある箱を取り出してきた。

 固めの紙でできているらしい六面体の箱で、上の面に、丸い穴がひとつ開いている。

 どうやらイサベラが手作りしたものらしく、それぞれの面がきちんと合っていない上に、穴もいびつだ。

 そして、その正面には、汚い字でこう書いてある――



《どっきりくじ》



「さあ、担当に決まった者は大人しく前に出て、ありがたくこのくじを引くのだ。

 お前たちが出し物を考える手間を省いてやろうと思って、私が昨晩、寝ずに作ったのだからな……」


「くじの名前が、やたら不吉に思えるのは俺だけか……!?」


「きゃ~、私、くじ引きは好きよ~!

 何か、いいものが当たるといいわねぇ~!」


「……キャロル。どう考えても、何が当たっても、良くはないと思うぞ」


 うそ寒げな表情でぼそぼそとささやき合う教官たち(一部例外も有)に、嬉しげにいびつな箱を抱えたイサベラは、片手をわきわきと開閉しつつ、またもやあの笑みを浮かべてみせた。


「さあ、さあ、早く引かんか。

 ちなみにこの《どっきりくじ》は、一度引いてしまったが最後、当たったものを最後までやり遂げなければ恐ろしいことが起こる予定になっているので、皆、心してかかれよ……」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ