閉幕
――――う、
うおおおおおおおおおおおおぉっ!
爆発のような拍手と喝采が、《暁の槍》初等部の大講堂を揺るがした。
『後の歴史は、彼をこう呼ぶ。
ベルセルク・グランシス。黒翼の騎士、と……
彼がリオネス帝国の基礎を打ち立て、《黒翼の建国帝》と呼ばれるようになるのは、これより、2年の後のことである……』
ミーアンが、最後の語りを、少し誇らしげに終える。
今や、観客全員が立ち上がっていた。
「見事ぢゃ! 実に、じーつーに見事ぢゃ。あっぱれ、あっぱれ!」
苦笑を浮かべたイサベラの傍らで、ゴールドベリが椅子によじのぼり、周囲からの驚きのざわめきにも構わず、杖を振り回して『あっぱれ踊り』を舞い踊る。
「きゃ~、きゃ~、きゃあ~っ!
感動だわ、感動だわ、感動だわああああああぁ~!」
隅のほうではキャロルが、興奮のあまり黒ローブの教官(結局最後まで倒れてた)をぶんぶんと振り回し、飛び跳ねながら叫んでいた。
バノットも立ち上がり、いつもの彼からは想像もつかないような満足げな笑みを浮かべて、舞台上のアニータたちを眺めている。
彼は何気なく、キャロルの向こうで棒立ちになっているダグラスを見やり――
その瞬間、半眼になって、ぼそりと呟いた。
「泣くな。ダグラス」
「……泣いとらんッ!!」
* * *
観客席から、津浪のような歓声が押し寄せてきたと同時――
「ごふ。」
「ぎゃああああ!? ちょっ……やべーっ!
ベルチェが、ベルチェが死んだああああ!」
舞台袖は、大騒ぎになっていた。
「た、担架だ! 担架はないかぁっ!?」
「マリアン先生をお呼びしろぉ!」
「……くくくくく……」
慌てふためくスタッフたちのただ中で、床にぺったりと座り込み、エルナが、満足げに含み笑いを漏らす。
魔方陣の中に取り込んだ人間たちから、魔力を少しずつ引き出して、それを一人の人間に――今回はベルチェに――付与するという高等魔術。
完全、完璧、文句なしの大成功だった。
「実は、初めてやったんだけど……
ま、この際、成功したんだから、結果オーライよね……くくく」
うんうん、と頷き、満足感にひたるエルナの目の前で、
「急げぇ~っ!」
「はい、1、2の、3っ!」
「医務室、医務室っ! うおおおおお~!」
薄れた魔方陣の中心に据えられたままぴくりとも動かなくなっていたベルチェは、ルークの背に担がれ、超特急で医務室へと運ばれていった。
* * *
その頃――
壮大なBGMが流れっぱなしの舞台上には、役者たちや裏方たちが続々と出てきて、互いに成功を祝い合っているところだ。
「おおおおぉ~う! 何と素晴らしいのでしょうっ!」
バトラー兄弟――もとい、フィルとライリーが、感極まって手を取り合い、くるくるとコマのように回転する。
「至高の音楽! 奇跡の映像! そして究極の演技……!
ああ、私はいまだかつて、これほどまでに心揺さぶられたことはございませんでしたっ!」
「はっはっ、その通り!
最後あたりで、筋書きと少々違うことになった時には、どうなることかと思いましたが――
アニータたちの機知で見事に切り抜け、こうして迎えた大団円!
愛と正義が勝利をおさめ、完全無欠のハッピーエンド!
まったく、実にめでたいですなっ!」
――すっかり元に戻っている。
と。
「いいんちょー?」
袖から出てきたエニグマが、いまだ舞台の隅のほうに大の字になって倒れているマックス(黒い塗料と血糊まみれ)にてけてけと近寄っていって、のぞき込んだ。
「いつまで寝てんすかー?
……って、いいんちょー。マジで甲冑ヘコんでる」
「ぐぐぐ……」
ちなみに、右肩には矢が刺さっている。
まあ、ここを狙われることは打ち合わせで分かっていたので、煮固めた革の防具をあらかじめ着けてあったのだが。
「迫真の演技でしたよー! カッコよかったなー、邪悪っぽくて。
でも、ちょっとセリフ間違っちゃいましたよねー。
ま、あれはあれでいい感じでしたけど」
「ち……ちが……あれは……っ」
「え? 何すか? てゆーか、大丈夫っすか? 起きれます? いいんちょー」
「ゆ、揺さぶるなぁ……っ! ろ、肋骨が……ぐはっ」
ディアの怨恨の一撃により、ダグラス組委員長マックス・ブレンデン、全治1ヶ月。
だが、それはあくまでも後日談である。
エニグマに突つかれてひくひくするマックスを尻目に、
「やった! やった! やったああああああっ!
成功っ! ていうか、大成功!!」
アニータが、拳を思い切り突き上げて、満面の笑顔で凱歌をあげる。
「やったぁ~っ! 私たち、やりましたのね~っ!」
「く、くくく……そうよ……私たち、ついにやったのよ……」
「ああ、ミーシャ! エルナぁ! ホントに、お疲れさまっ!」
しばし、円陣を組み、きゃあきゃあと盛り上がる三人だったが、
「はっ!」
不意に、アニータは、ぴかっと音がしそうな勢いで振り向いた。
舞台の後ろのほうに突っ立っていた男の側へ、ずんずんずんと歩み寄る。
「ディアーっ! 良かったよっ、ホントに!
あたし、ベルセルクの笑顔を見た瞬間、本気で感動して泣けてきた!
ほんとに、ほんとに、素晴らしい演技だったわ!
思い返しただけで……うううううう、感動……」
「……君もな」
ばっしんばっしんと両肩を叩かれながら、《格子の館》の男は、少しだけ嬉しそうな、そして、少しだけ残念そうな口調で、ぼそっと呟いた。
いつのまにか《虹色蜥蜴》の術は解け、彼の顔は、いつもの仮面に戻っている。
初めて、それが悔しかった。
今なら、この少女に、笑いかけられるかも知れないのに……
「ねえ、ディア!」
「何だ」
「ディアってさ、実は、すっごく嬉しそうに笑うんだねえ!」
「……今も、な」
「え!? 嘘!? 笑ってるの!?
見たいっ見たいっ見たいーっ! 仮面取って、仮面!」
「だ、駄目だ」
「ぬうう! ……そうだ、ベルチェはっ!? もう一回あの術……」
ディアを捕まえたまま周囲を見回すアニータの肩に、誰かが、ぽふ、と手を置いた。
振り向けば、エルナだ。
彼女は、小さくかぶりを振って告げた。
「くくく……監督なら、さっき静かに旅立っていったわ……」
「――って、まさか死んじゃったのっ!?」
「医務室にね」
「よ、良かった……」
へなへなと力が抜けてしゃがみ込んだところへ、
「ほ……《炎の武神》さーんっ!」
「アニータ・ファインベルド先輩っ!」
いきなり、いくつもの声がかかる。
「おぁ!? ……はいっ?」
振り向けば、いつのまにか、初等部の生徒たちが舞台の際まで押し寄せてきていた。
「すげえっ! マジですげえですっ! こんなに感激したの、初めてですっ!」
「感動しました、あたし! 泣きましたッ、最後!」
「建国帝陛下の逸話は習ったけど……こんなにロマンティックな物語だったなんて、全然知らなかったですーっ!」
「お、――おおお! ほんと!?
嬉しい! 今日まで頑張って練習してきた甲斐があったよ!」
ガッツポーズで叫ぶアニータ。
他の面々にも、それぞれに、浴びせ掛けるように賞賛や質問が飛んでいる。
「さっきのすごい幻術って、どなたがやってらしたんですかっ?」
「くくく……大半は、ベルチェ監督なんだけど……
彼は、ついさっき、運ばれていったわ……」
「あれえ? ベルセルクの役の方、どうして仮面を――」
「あああ! 聞いてはいけません! あれには、深い訳があるのです。
まあ、私も知らないんですけどね」
「ふっ。過去、あの仮面の秘密を探ろうと幾多の人間が挑み、そのことごとくが、二度と故郷の土を踏むことがなかった……」
「めっ! もう、フィルさんってば~!
そんな不吉な話を、捏造してはいけません~!」
と、全員がてんでに騒ぐ中で、
「……?」
アニータは、ふと視線を感じ、舞台の下を見渡した。
それは、ただの憧れや興味とは違う……
そう、言うなれば『決意』といった、真っ直ぐな、一途な視線だ。
その視線の主は、ほどなくして見つかった。
舞台の真下にできた人だかりから数歩、引いたところで、じっとこちらを見ている、金の髪をおかっぱにした少女だ。
アニータの視線と、その少女の視線が、ぴたりと合わさる。
「あ……」
《炎の武神》の翡翠色の目をやっとの思いで見返しながら、アマンダは、声を張り上げた。
「あっ……あの、私――!」
「……えっ? ごめんっ、聞こえないー!」
舞台の上のアニータが、耳に手をやり、こちらに向けてくる。
真下の生徒たちが、何だろうとざわめいた。
アマンダは、
「わ、私……っ」
顔を真っ赤にしながら、こんかぎりの大声で叫んだ。
「皆さんが来てくれて、よかった……!
私……先輩たちみたいになりたい!」
アニータの顔が、ぱあっと輝いて、満面の笑顔になる。
「ありがとーっ! そう言ってもらえただけで、努力も3倍は報われたって感じだよ!」
彼女は、ぶいっ! と二本指を突き出した。
「がんばってねっ! ……待ってるからねっ!」
「――はいっ!」
同じくVサインを出して、アマンダが叫ぶ――
「……良かったぁ~!」
その様子を、遠くからこっそりと眺めつつ、
「成功だわ~っ!」
「ああ。大成功だ」
「やったな……!」
まだ黒ローブの教官をつかまえたままのキャロル、そしてバノット、ダグラスが、三人揃って、ひそかにガッツポーズをとった。
その、さらに背後では、イサベラとゴールドベリの最強コンビが、『うむ、うむ』と、実に満足げに頷いている――




