高等部へようこそ
――そして、1月半と少しが、過ぎた。
学院は、春を迎えている。
ようやく力を取り戻した太陽が、あまねく大地の生き物に恵みを分け与えはじめる季節だ。
帝国魔術学院《暁の槍》高等部――
その前庭である《一の庭》にも、今、明るい陽射しが降り注ぎ、萌え出たばかりの芝生と、色とりどりの花々をきらめかせていた。
「おおおおお~っ……!」
やたら興奮した様子で、しかし声量だけはひそひそと抑えて叫んだのは、ルークである。
彼は、いつもの胴着姿ではなかった。
深緑色のローブを身につけ、太陽を突く槍を刻印したメダルをさげている。
《暁の槍》高等部に所属する魔術師たちの正装だ。
つい先程までは、この服装に対して『暑苦しい』『動きにくい』と文句たらたらだったルークだが、今や、そんなことは忘れ去ったかのように顔を輝かせていた。
「すっげぇ! ――ピッカピカの一年生だなあ!」
「でも、うちの組には来ないんだよね……」
「はっはっ、そうですなぁ」
「くくくくく……これ以上頭痛の種を増やしたくないっていう、上の思惑なんじゃないかしら……?」
ひそひそと言い合うバノット組の面々も、全員、ルークと同じ服装に身を包んでいる。
彼らだけではない。
今、高等部のほとんど全員が、一分の隙もない礼装姿で、この《一の庭》にずらりと顔を並べているのだった。
バノットら教官陣は、イサベラを中心に、庭の一番奥に陣取っており、やたら重厚な存在感を醸し出している。
「くくく……こんな重苦しい不気味集団に出迎えられるっていうのも、なかなかイヤな話よね……」
言って、不気味に含み笑うエルナ。
彼女たちに見守られながら、高等部の正門をくぐり、整然と入場してきているのは、ルーク言うところの『ピッカピカの一年生』――
今回のエグザミネイションを突破し、新たに高等部のメンバーとなった生徒たちであった。
漆黒の制服を脱ぎ捨て、はじめて深緑のローブを身にまとった50名余の生徒たちは、初々しい顔に、晴れがましさと固い緊張とを同居させて歩を進めている。
彼らの全員が、粛々と入場を終えたところで、
「よく来てくれた」
低いがよく響く、威厳に満ちた声で、イサベラが語りかけた。
普段どおりの眠たげな表情ではあるものの、その金の目には、射抜くような厳しい光が湛えられている。
その眼差しで、目の前の新入生たちを力強く貫き、彼女は言った。
「我らが家の門をくぐりし、若き同胞らよ。
汝らに授けられる知識と力とが、いかに重きものかを知れ。
汝ら、知識もて知識に惑わず、
力もて力に溺れず、
いかなる苦難の時も同胞の信に背かず、
帝国のために、その力を尽くすことを誓うか?」
『我ら――』
直立不動の若者たちが、一斉に唱和する。
『知識もて知識に惑わず、
力もて力に溺れず、
いかなる苦難の時も同胞の信に背かず、
帝国のために、この力を尽くすことを誓います!』
新たな帝国の兵士たちの一糸乱れぬ宣誓を受け、総司令官たるイサベラは、しばしのあいだ、威厳に満ちた沈黙を守っていたが――
「……ふっ」
まったく出し抜けに、その唇に『にやーり』と嬉しげな笑いが浮かんだ。
えっ? と、新入生たちが目を見開くのにも構わず――
「よおぅし!」
このとんでもない学院総長は、片手を振り上げ、威勢良く叫ぶ。
「今この時をもって、我らは共に戦う同胞となったっ!
お前たち、よく我慢したな。もう遠慮はいらんぞ!
……脱げっ!!」
「!?」
新入生たちが、状況を理解できずに硬直した、その瞬間。
『うっおおおおおおおおおおぉ~う!!』
今まで石像のように微動だにしなかった高等部の生徒たちが、怒涛のごとき歓声をあげた!
ばっ! ばっ! ばばっ!
無数の深緑色のローブが、続けざまに青空を舞う。
イサベラの号令一下、すべての生徒たちが――
いや、教官たちまでが、一斉に礼服を脱ぎ捨てたのだ。
なんと、その場の全員が、ローブの下に、しっかり普段着を着込んでいたのである。
「……むう。ようやく人心地ついた」
というバノットの呟きが、合図となったわけでもなかろうが――
どどどどどどどどど!
身軽になった生徒たちが、一斉に、無防備な新入生たちに向かって突進を開始する!
厳粛な式典の場であった《一の庭》は、たちまち、大混乱のるつぼと化した。
「ひっ……ひえぇ~っ!?」
「助けてぇ~っ!」
「わーははははは! おめでと~ございまぁ~す!」
先輩たちの集団に捕まり、高々と胴上げをされている者もいれば、
「そこの美しいお嬢さん。壁新聞部に入部しませんか?」
「いえいえ。あなたのような知性派の女性はぜひ、我らが攻撃呪文開発研究会に」
「ねえっ、美術部に来ないっ?
今ならもれなく《魔の三人衆》肖像画セットがもらえるよっ!
3枚並べて貼ると、悪霊よけに効果バッチリ!」
「……えっ? えっ?」
「待てぃ! この娘は、我ら実践剣術同好会がいただいたっ!」
「きゃああああ~!?」
「むう! 部員がさらわれたぞっ! 奪還せよっ!」
「――まだ、部員じゃないですぅ~!」
クラブの勧誘(?)合戦に巻き込まれている者もあり、
「あっ。ねえねえ、フィルさん~。
わたしたち、慰問の時、バザーにバノット先生のベッドを出品したでしょう~?」
「ふっ。そういえばそうでしたな。
ほとんどの品が売れたと聞き及んでおりましたが……
アレはいったい、どうなったのでしょうか?」
「それがですね~! わたしも、ついさっき、キャロル先生から聞いたのですけど。
なんと、初等部の生徒さんが買っていったらしいのです~……!」
「そ、それは、何と……
では、もしかするとこの中に、買った人がいるかも知れないということですな?」
「……あっ。それ、僕です!」
『なっ!?』
――ひょんなことから、先輩と会話を弾ませる者もあった。
いつの間にやら、空には景気良く花火や煙玉が打ち上げられ、正面の建物からは、
『祝・高等部入学
難関突破おめでとう!
これからも死ぬ気でがんばれ』
と大書された垂れ幕が、でっかいクス玉から紙吹雪とともに登場している。
その紐を握って、ふっふっと笑っているのは、いつもの紫色のローブ姿に戻ったイサベラであった。
「す、すごい盛り上がりようだね……
何だか、こっちまで嬉しくなってくるなあ……」
小さな声でそう呟いたのは、ベルチェだ。
医務室で一ヶ月近くも昏睡し、一時は命も危ぶまれた彼だが、例によってギリギリで死の渕から帰還し、今はすっかり元の元気さ――というか、元通りの虚弱さを取り戻している。
今も、人ごみに巻き込まれて潰されないように、ルークの背中にひっそりと隠れている彼であった。
彼が『監督』としてあれだけの偉業を成し遂げたなどとは、この様子だけを見た者には、にわかには信じがたいに違いない。
ぴょん! ぴょん! ぴょん!
「いや、実にめでたいですな!」
ぴょん! ぴょんっ!
「そうだなっ! まったくめでたいぜっ!」
ぴょん、ぴょ~ん!
「……何を、してる?」
ぼそり、と胡乱げな声をかけたのは、ディアだった。
「えっ?」
と振り向いてきたのは、アニータである。
彼女は先程から延々と、トビネズミのごとく跳ね回っては、あっちこっちに顔を向けているのだった。
嬉しくて飛び跳ねている――というわけではなく、人ごみの中に、誰かの顔を探しているらしい。
「いや、まあ……ちょっとね」
少し首を傾げながら、とりあえず跳ぶのをやめて、アニータは、ぽりぽりと頭を掻きながら笑った。
「それにしても、あれから、もう1月半も経っちゃったんだね……!
ほんとに、あっという間じゃなかった?」
「ああ。まるで、昨日のことだったような気がする……」
春めいた陽気にまったく溶け込んでいない怪しい黒ずくめ・仮面姿のディアは、重々しく頷いて言った。
「いまだに、稽古の時のことが夢に出るほどだ……」
「あっ。あたしも……」
すっかり芝居の神にとりつかれてしまったらしい主役二人である。
「当初は、何のためにこんなことをするのか理解できなかったが……
やってみると、なかなか……面白かったな」
「え?」
暗殺者の言葉に、アニータは、少し驚いたような顔をした。
「何のために、って?
……ふっふっ。そんなの、あたしは、ちゃーんと、最初から分かってたよ」
少しばかり謎めかされた言葉に、ディアが、わずかに首を傾げる。
と、その瞬間、アニータの翡翠色の目が、軽く見開かれた。
その視線の先にあったのは――
人ごみをかき分けつつ、こちらに向かってくる、一人の少女の姿だ。
おかっぱに揃えた金色の髪。
薄い青の目。
色白の頬が、今は上気して、淡いピンクに染まっている――
「先っ輩! ……私!」
人の流れに阻まれて、その向こうでぴょんぴょんと飛び跳ねながら、アマンダは、ぶいっ! と二本指を突き挙げた。
「私、やりましたよおっ!」
光るようなその笑顔を受け――
アニータの顔に、にこーっ、と満面の微笑が浮かんだ。
「……あの顔が、見たかったの」
帝国魔術学院! ~バーサス・エグザミネイション!~ 【完】
この物語を、ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました!
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