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《黒翼の騎士の物語》 4

「どっ、どっ、どどどどどどーどーどー……」


 わなわなと両手を震わせ、ルークは叫んだ。


「どーする!? なんか、予定と違うことになってるぞ!?」


『――しぃーっ!』


 彼の周囲に集まってきていたスタッフたちが、まったく同時に指を立て、ずんっ、と顔を大きくした。

 その迫力に思わず口を閉じたルークに、


「……動揺、するな……」


 脚本を枕に床に横たわった監督が、苦しい息の下から指示を出す。


「ここまで、来たら……後は、役者たちを信じるしかない……

 大丈夫だ……

 彼らは、必ず、やってくれるだろう……!」


 あたかも戦場に倒れた偉大な王といった風情のベルチェの言葉に、


「わ、分かったよ監督――!」


 ルークは、涙ながらに頷いた。

 袖で目頭を拭いつつ、


「んで……エルナ、そっちの準備はOKなのか?」


「くくくくく……任せて。いつでもいけるわよ……」


 ルークの問い掛けに、エルナが、自信ありげに含み笑う。

 横たわった監督を中心に、舞台袖の床には、鈍く輝く炎の線で複雑な魔方陣が描かれていた。

 エルナは、杖を手にして、その傍らに立っている。

 そして――


「『任せて』って……おい、本当に大丈夫なんだろうなっ!?」


 いささか動揺気味な声をあげたのは、ダグラス組の副委員長、バイアス・バッハだ。

 彼は、その魔方陣の一角に、空間を構成する要素として取り込まれるように立っている。


 彼だけではない。

 陣の要所要所に、役者・スタッフ取り混ぜて、これ以上することがない者たちが、覚悟半ば、不安半ばといった顔つきでたたずんでいた。


「……多分ね」


「多分っ!?」


「くくく、冗談よ……必ず成功させる。

 あなたたちも、しっかり頼むわよ……不必要な動揺で、力場を乱さないでね。

 ここでしくじったら、今までの努力が、何もかもパーになるんだから……」


「お、おう……!」


「分かった……」


「くくく……よろしい。……監督も、心構えをお願いね」


 ベルチェは、こけた頬に薄く笑みを浮かべた。


「心構えは、とっくにできている……稽古がはじまった、その瞬間から」


「見上げたお覚悟……」


 おどけた調子で呟いて、陣の傍らに立ったエルナは、ぐっと杖を握り締めた。



         *        *        *



「ええと……この場合、私たちは、いったいどうしたらいいんでしょうか……?」


 マックスの、突然のイレギュラー発言を受けて――

 舞台上の大道具(塔・螺旋階段の出口)の後ろにひそんだまま、一筋の汗を垂らして呟いたのは、アランである。

 彼だけではない。

 すぐ側にはミーシャ、そして、フィルとライリーもいた。

 彼らは、このシーンの冒頭からここにひそんで、じっと出番を待っているのだった。


 舞台袖の様子をうかがえば、倒れた監督と、何やら術の準備をしているエルナの姿が見える。

 そして、大道具の板の向こうからは、アニータたちの凍りついたような沈黙が伝わってくる。

 しかし、自分たちは決してこの場を動くわけにはいかない――

 彼らにとっては、非常に心臓に良くない状況であった。


「けっ……」


 どんな状況も鉄の神経で乗り切るホーク――もとい、心臓に毛の生えた男・フィルが、相変わらずガラの悪い口調でひそひそと言う。


「ここで、俺らがガタガタしたって始まらねぇ。

 表の奴らが何とかすらぁな。

 ……ま、なるようになるってことよ」


「そうだね、兄さん」


「そうですか……」


「――ホンマに、大丈夫やろか~?」


 一同の会話を聞いていたミーシャが、心配げな声音で、しかしやはりキーリィの口調のままで呟き、そっと眉を寄せた。



         *        *        *



 その魔剣と、契約を交わした日から――


『おめでとう、ディア』


 光を知らぬ真っ白な手が何本も暗闇から伸びて、彼に祝福を送った。


『ウェイザックの責めに耐え抜いた者は、二十年ぶり』


『今宵よりそなたは《主》を継ぐ資格を得た者として、氷の刃と名乗られるがよい』


 ――時間が――


『……君が、ウェイザックの試練を受けることが決定されたって聞いたけど、ホントかい?』


『過去、多くの者が挑み、失敗してきた試練……

 命を落としたり、正気を失った者も多いわ。

 でも、あなたなら大丈夫ね……』


 時間が灰色の水に溶かされ、掻き回されてゆくようだ。


 ……いや、違う。

 あの暗い場所に、時間などなかった。


「俺は……」


 これは、何だ? この感覚は。

 熱病の悪寒にも似た、これは……

 恐怖?


 そんなはずはない。

 恐怖など、遠い昔に克服したのだ。

 あの、闇の中に、捨ててきた――


 不意に髪を掴まれ、顔を上げさせられる。

 目を見開いても、塗り潰されたような闇があるだけだ。


 いや、それとも、俺の両目はとっくに抉られてしまったのだろうか……

 身体はどこまで残っている……?

 四肢の指先に始まって、どこまで刻まれたのだろう……


 不意に、赤い光が蛍火のように浮かび上がった。

 真っ赤に焼けた鏝を彼の目の前に突きつけて、美しい顔が笑う。


『怖いか?』


 くくく。



「俺は……」



 嫌だ、やめてくれ。もう耐えられない。気が狂いそうだ、ここから、

 ここから出してくれ――!



『オレ ハ オソレ ナ  イ』



 あの時、狂気の渕に追い詰められながら、口にした言葉。


『いい子』


 くくく。ウェイザックが笑った。


『お前はもうヒトじゃない。永遠にね。

 心のない、痛みも感じない、人形になったんだよ。永遠にね』


「……俺、は……」


『だからね、ほら、こういうことされても、痛くないだろう――?』


 赤熱した鉄が、彼の背筋をなぞった。


 ――そうだ。

 俺に、心などないのだ。

 心をなくして、恐怖を感じることも、誰かを愛することもない人形になった。



 あの暗闇の中に、俺は、何もかも捨てて来たのだ――



「――って、いい加減にしろおおおおぉぉぉぉぉッ!!!」


 ボカァッ!!


 清々しいまでの気迫に満ちた少女の怒声が、まばゆい光のようにディアの意識の膜を引き裂いた。


「ぬおぅっ……!?」


 アニータの裏手パンチを鼻面に受けたマックスが、彼女を捕まえたまま、よろりとよろめく。


「ぬっわあぁ~にが『ぬおぅっ』よ、この、腐れ外道のスカオヤジがっ!!」


 呆気にとられた観客と、棒立ちになったディアの前で――

 赤毛の少女は、ふんむと仁王立ちになり(やはり捕まえられたままではあるのだが)、嵐のような勢いでまくし立てた。


「ベルちゃんは、一緒に旅してきたあいだ、ずっとあたしを守ってくれた!

 どんなに苦しい時でも、絶対に見捨てたりせずに、あたしを気遣ってくれたわ!

 だから、ベルちゃんに人の心がないなんて、嘘よっ!

 だって!

 たとえ、怪しい魔剣と契約してても、時々いきなりバーサークして危なっかしくても、どーしよーもない朴念仁で、極め付きの鈍感男でも――」


 アドリブとは思えないほどの、それは、とても真摯な言葉だった。

 翡翠色の瞳が、紫の瞳を、真っ直ぐに見つめる。


「他の人間に優しくできるなら……それが『ひと』だもん。そうでしょ?」


 ――アニータ――


「ルティア……」


「それは、愛じゃなかったかもしれないけど……」


 言いながら、少女は、気取られないよう、じりじりと太腿のナイフに指先を伸ばしている。

 もう少しだ……あと、ほんの少し……

 ――届いた!

 その刃をひるがえして、自分を捕らえた男に向かって切りつける!


「あんたをやっつけてからラブラブになるんだから、いいのよっ!」


「こ、小癪な! 貴様らのごとき、この私の魔術で……!」


 激昂したラーガスが、その手に一瞬で魔力を収束させる――

 その、瞬間だった。


「――るっせえってんだよぉ!

 ド腐れオヤジは、即座に永久退場しやがれッ!」


 怒鳴り声と同時に飛んできた矢が、ラーガスの右肩に突き刺さる。


「ぐおおっ!?」


「ホーク!? ――それにみんな……!?」


 その隙にラーガスの腕から逃れたルティアが、目を輝かせて叫ぶ。

 螺旋階段の入り口から、血塗れの姿で、仲間たちが次々と飛び出してきたのだ。


「お待たせしましたー」


 飄々と片手を挙げて、イーグル。


「というわけで、早速、悪役タコ殴り大会と参りましょう……」


「させるかぁっ!」


 ラーガスが、吼えて放った衝撃波を、


「……はいやぁッ!」


 パキィン!


 ティスが張った魔力障壁が相殺する。


「――何っ!?」


「そりゃあ!」


 敵の動揺に乗じて背後に回り込んだキーリィが、ラーガスの首筋を毒針で狙い、


「死ねやあぁぁぁぁっ!」


「兄さんに同じ」


 バトラー兄弟が、幾多の敵を屠り去ったコンビネーション技で斬りかかる。


「!!!!!」


 ラーガスは、キーリィの毒針の攻撃を、紙一重で避けた。

 バトラー兄弟の剣も、ローブの端を切り飛ばされながら、かろうじてしのぎ切った。

 だが。


「……ハァッ!」


 ルティアが投げつけたナイフを、杖を振り回して叩き落とした瞬間――

 目の前に、黒い風が肉迫した。


「……終わりだ」


 静かな宣告と共に、魔剣の刃が振り下ろされ――


「ぎいゃあああああああああああっ!!!」


 切り裂かれた甲冑から、鮮血と黒い煙とを噴き出して、レティカ王国を牛耳った邪悪な宰相、ラーガス・ベインは打ち倒されたのだった。



 ――かくして。

 物語は、ついに最終場面を迎える。


(ついに、来た……!)


 との思いが、誰の胸にもあった。

 何度も稽古を繰り返し、そして、稽古では、何度やってもしっくり決まらなかった場面である。


 稽古の最終日、ベルチェは言った。


『後は、成り行きに任せよう。

 なに、心配することはない。

 ここまでしっかりと稽古をやり込んだ芝居は、本番になれば、何もかもがうまくいくものさ』――



(頑張って……ディア……)


《――殺セ》


「いいんだよ……ベルちゃん……」


 温かい血を渇望して唸りをあげる黒い刃を前に、ルティアは、静かに目を閉じる。

 我が子を受け入れる母親のように、大きく腕を広げて。



《殺セ!》



 彼女に刃を向けたベルセルクの顔が、大きく歪んだ。


「……できない……」


 震える声で、彼は呟いた。



 そこから先は、おそらく、観客の耳には届かなかっただろう。

 舞台の上にいる仲間たちの耳にも、一番近くにいるアニータの耳にすら、届かなかったのだから。


 ただ、その唇の動きだけが、彼の言葉を伝えた。  



「俺には、お前を、殺すことはできない――」  



「ベル……ちゃん……」


 刃を引き、ゆっくりと後退ってルティアから遠ざかるベルセルク。

 舞台の奥へと下がっていった彼は、やがて、塔の外壁の上に立ち――

 あと一歩踏み出せば落ちるという場所で、仲間たちに背を向ける。


「……嫌! 死んじゃうなんてやだぁ! やめて、ベルちゃん、やめてよぉ!」


《己モロトモ 我ヲ滅スルツモリカ?》


 魔剣の声――《変声》の呪文をつかったダグラス組のミーアン・プラスタの声にも、自然、力がこもる。


《ココヨリ落チレバ 汝ノ肉体ハ砕ケヨウ……

 ダガ 我ガ存在ヲ滅スルコトハ 決シテ叶ワヌ!》


「……お前を滅ぼそうなどと、考えてはいない」


 ベルセルクの静かな声が、風の音に混じって、観客たちの心に染み透る。


「お前は、呪われた魔剣……

 その刃にかかったものの魂の悲鳴を糧として在り続ける――」


《然リ!》


「そして、振るい手である俺の魂をもお前は奪い、呪縛した……

 心を壊して操り人形にすることもできただろうに、なぜ、それをしなかった?

 それは、人としての心が軋み、呻く音こそ、お前にとっては心地好い音楽となるからだ」


《然リ 然リ!》


 魔剣は、嘲笑うかのように唸りをあげた。


《ダガ ソレヲ知ッタトテ 汝ニ何ガデキヨウカ?》


「お前に、感謝しよう」


 黒い刃を己の心臓に真っ向から擬して、黒い騎士は囁いた。


「6年前、俺の命を救ったことを。

 あの日、俺はお前と、お前は俺と、その運命を分かち難く結ばれたのだ……

 そして、感謝しよう。

 お前の呪縛を受けているとはいえ、俺が、まだ、人の心をなくさずにいられたことを――」


《……待テ!》


 初めて、魔剣の声に、焦りのようなものが混じった。


《何ヲスルツモリ――》


 どん。

 騎士の手が、黒い刃を、自らの心臓に突き立てる。

 その瞬間、


「!!!!!」


 ごおっ! と黒い瘴気が噴き出し、激しく渦を巻き――

 その直中で、ベルセルクの身体がゆっくりと崩れ落ち――

 そして、


《ギイイイイイイイイイイイィ!》


 魔剣の絶叫が響く。


《我ハ、滅ビヌ! 我ハ――

  俺は

 我ハ、決シテ……

  俺の名は……

 我ハ、我ハァアアアアァ!

  ……そうだ、俺の名は……》



「……ベルセルク」



 その呟きと同時に、


「――――!!!!!!」


 一瞬、視力を奪うほどの激しい光が、無音の爆発を起こし――

 そして、ようやく視界が回復したとき、全ての者が、言葉を失った。


 ベルセルクが、再び身を起こしている。

 ――違う。

 騎士の身体は、命の糸を断ち切られて、塔の床に倒れ伏したままだ。


 ならば、今、その傍らに立ちあがっているのは何者か――

 そして、騎士の胸に突き立っていたはずの剣が、跡形もなく姿を消しているのはなぜか――?


「……魔剣を……」


 畏敬のこもったティスの呟きが、一同の疑問を解いた。


「魔剣を、支配し返した……」



《彼》が、ゆっくりと振り向いた。

 その顔立ちは、今までと寸分も変わってはいなかった。

 風になびく、長い黒髪も。


 しかし、今、その若者の目は魔剣の柄にはめられていた石と同じ真紅に変わり――

 その背には、一対の、黒い竜の翼があった。


 それは、明らかな異形の姿。

 とうてい人とは思えぬ、不吉な姿だった。

 だが。


「ベルちゃん」


 ルティアが、呼びかける。

 こぼれるほどの笑顔で、腕を、いっぱいに広げて。


「おかえりっ……!」


「ルティア」


 その名を口にしたとき、ベルセルクが、笑った。



「――愛している」



 その日、空は突き抜けるように高く、洗われたように青かった。

 その青空から、無数の光の欠片が降り注ぎ、あらゆる者たちの喜びを祝福するかのように、きらめきながら風に舞っていた……



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