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独走 2

 すでに扉のほうを向きかけていた人々が、驚いてそちらを振り返る。


「閣下」


 仲間たちと、そしてイサベラの視線を受けて、アニータは仁王立ちになり、堂々と言い切った。


「あたしたちは、やります。

 やらせてくださいっ!」


 いや、ここで、そんなこと言ったって……という周囲の囁きを、彼女は、意に介さなかった。


「だって! ここでやめちゃったら、ほんと、今まで何してきたんだか、分からないし。それに――」


 断固とした決意を眼差しに秘めて、言う。


「そういうもんじゃない、って、思うんです。

 ……あたしは、ここのエグザミネイションを受けてないから、あんまり偉そうなことは言えないけど。

 でも、やっぱり……

 そういうもんじゃないって、思うんです!」


「……そーだな」


 アニータの後ろから、おもむろに、マックスが顔を出した。

 いまだ不得要領な顔をしている一同を眺め渡しながら、ゆっくりと言う。


「なあ。そうだろ、皆?

 俺らも、ガキの頃は、そういうもんじゃねぇってことに気付かねぇで、とことんまで追い詰められてた。

 ……だから、よ。

 あの頃の俺らと同じように、エグザミネイション控えて追い詰められまくってる……今のガキどもに、教えてやりてぇじゃねえか?」


 マックスの言葉に、


「そうよねぇ~!」


 にこにこと両手を合わせて、キャロライン・メリ教官が同意した。


「だって、たったの一日よ~?

 今の時期の一日、ぱーっと遊べちゃうくらいの心の余裕がなくっちゃ、とてもとてもとても、エグザミネイションなんて、乗り切れないわよねえ!」


「そうだ。

 たった一日、何もしなかった程度で、合格できなくなるなんてことがあるか。

 もし落ちたとしたら、そりゃ、その一日のせいじゃなくて、実力が足りなかっただけだ」


 と、重々しく、ダグラス。


「そうだっ! 人生は、勉強じゃないっ!」


「くくく……人生は、勉強『だけが全て』じゃない、でしょ……?」


 拳を突き上げ、威勢よく叫ぶルークと、横からひっそりと訂正するエルナ。



 この時。

 一同の表情には、ようやく、理解の色と――

 そして、以前にも増した闘志が、はっきりと浮かびつつあった。


「そう、か……そういや、そうだよな……!

 俺たちが行って、カッコイイとこ見せりゃ、初等部の奴らも、やる気が出るかも知んねーし!」


「そうよ! もう、ここまで来ちゃったんだもの。

 今さら、勝手にいきなりキャンセルされても困るのよ。

 やっちゃいましょうよ!」


「おう! やったろうぜ!?」


「やりたい!」


「是非、やらせてください!」


「――閣下っ!」


 口々に叫ぶ仲間たちを代表するように、アニータは、真正面からイサベラに訴えた。


「この通りです。お願いしますっ!

 初等部への慰問、やらせてくださいっ!」


 イサベラは、目を閉じ、拳の角でこめかみを擦った。


「これは、もう、決まったことなのだ……

 従って、許可は出せん」


 集まった者たちの目に浮かぶ炎が、落胆の色に変わるまでの一瞬間に、彼女は、金色の双眸を開いてきた。

 その目に、悪戯めいた微笑がひらめく。


「と、いうところまでしか、私には言えんな」


「…………え?」


「私の知らんところで、お前たちが芝居をしようがポップコーンを作ろうが、つまるところ、私は知らんのだ」


 いまやイサベラは、完全に唇を曲げてにやりと笑みを浮かべていた。


「独走だ。責任は、自分たちで取れ」



 その直後の一瞬、静かになった。

 ――一瞬だけ。


「よっしゃああああああぁ!」


 その場のほとんど全員が、拳を突き上げ、歓喜の雄叫びをあげる。


「やったですの~! これで、お芝居が上演できます~!」


「うお~っ! ポップコーンが作れる!

 ダイン、ジュリー、お前たちの苦労は、無駄にならずに済んだぞおおおおっ!」


「よし、こうと決まったからには、早く練習に戻りましょう!」


「そうだ、もう、時間がないんだ! 皆、急げぇ~っ!」


 ずどどどどどど、と野牛の大暴走のような地響きを立て、生徒たちが、一斉に執務室からなだれ出てゆく――

 たちまち消えてゆく、たくさんの背中を見送り、イサベラは小さく呟いた。


「まったく、単純な奴らだな。

 部下の独走となれば、当然、上に立つ者も、監督不行き届きで責任を問われるというのに……」


 しかし、言葉とは裏腹に、その顔には最前のにやにや笑いが浮かんだままだ。


「まあ、小さい事だが。

 ――よいか、お前たち! 私は、失敗の責任を取るのは嫌いだ。

 やるからには……分かっているな?」


「無論です」


 仏頂面のまま、バノットが親指を立てる。

 彼の他、その場に残っていた教官たち全員が、互いに顔を見合わせて、にやりと笑った。


 生徒たちには、決して見せることのない――

 かつて生徒だった、そして、もっと遠い昔にはエグザミネイションを控えた初等部の子供だった、彼らの表情。


「よーし! あいつらに、気合いを入れにいくか?」


 ふん、と両腕でガッツポーズをとって自分に気合いを入れながら言ったダグラスに、キャロルが、にこにこしながら答える。


「う~ん。多分、必要ないんじゃないかしら?」


 ダグラスは表情を緩めた。


「……そうだな」




 その頃――


「い・よぉおおおおおおおーっし! 稽古を、再開するぞおおおおお!!」


 大道具(岩)に登ったベルチェ監督が、拳を振り上げ、居並ぶ役者たち・裏方たちに向けて檄を飛ばす。


『うっおぉおおおおおおおお~っ!』


 一同が、熱狂的な唸り声で応えた。

 小道具の武器を突き上げる者あり、どんどんと足を踏み鳴らす者ありと、まるで武装蜂起のような勢いだ。


「俺たちの手で《黒翼の騎士の物語》を成功させるんだっ!」


「そうよ! 必ず、初等部の子たちの度肝を抜いちゃうんだからっ!」


「もう後戻りはできないぞっ!

 最後までやり通して、何が何でも成功させるしかなぁーいっ!」


「……気合い入れろよ、コラ。こそこそ仮面野郎」


 圧倒的な熱気と雄叫びに満ちみちた空間の真ん中で、前を見つめたまま、マックスが押し殺した声で囁く。

 その傍らで、ディアもまた、前を見つめたまま静かに答えた。


「分かっている」


「さあ――」


 彼らの視線の先で、翡翠色の目を輝かせたアニータが、レイピアを突き上げて息巻いた。


「練習しよう!!!」




 本番まで、あと8日。

 その8日のあいだ、一同の猛特訓は、夜に日を継いで続いた。


『今までに一度でも、俺たちの組が、これほどまでの一体感をもって事にあたったことがあっただろうか……』


 と、教官たちが感慨深げな唸り声をあげるほどの、それは、見事な団結力であった。

 通し稽古が何度も繰り返され……その合間を縫って、あるいは稽古が終わった後、役者たちはそれぞれに、気になる場面の個人練習を重ねる。


 夜半を回っても、誰も寮に戻らない。

 既に全員が、ベッドで眠ることを放棄していた。

 持ち込んだ毛布を引っかぶって、練習場の隅にぶっ倒れるのだ。


 道具方は、しょっちゅう図面を囲んで車座になっては、舞台装置の位置や入れ替えの方法について綿密な話し合いを行ない、照明、音響などの効果を担当している者たちも、それぞれに試行錯誤を繰り返した。


 そして常に彼らの中心にいて采配を振るい、一同をひとつの方向へと導いていったのは、げっそりとこけた顔に目をらんらんと光らせるベルチェ監督であった。


 断片的な場面のはぎ合わせのようだった《黒翼の騎士の物語》は、一同の手によって、徐々に、壮大な一枚のタペストリーのように織り成されてゆき……



 そして、その日はやってきた。



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