独走
見事な彫刻の施された紫檀の執務机に両肘をつき、組み合わせた指に高い鼻を軽くのせるような姿勢で、イサベラは言った。
「――実に残念だ」
ばん! と目の前の机に平手が叩きつけられても、彼女はいささかも表情を動かさなかった。
波打ったダーク・ブロンドがふわりと揺らぐほどの衝撃だったのだが、その眠たげな眼差しは小揺るぎもしない――
「一体、どういう事なのか、説明して頂きましょう」
執務机に両手をついたまま、静かな口調で言ったのは、バノット・ブレイド教官である。
今、執務室を訪れている人間は、彼だけではなかった。
バノット組、ダグラス組の全員をはじめ、慰問担当にあたっていた全ての人々が、『中止』の報を聞きつけ、一斉に駆けつけてきたのである。
「そうですよ! 説明してくださいっ、今すぐに!」
「もう、あと10日もないのに……どうして、こんな急に!?」
「今までの俺たちの苦労はどうなるんだっ!?」
「あんな……あんなに、気合い入れて、ここまで準備してきたのに――!」
バノットの一言を皮切りに、彼の後ろに詰めかけた一同が、口々に言い始める。
騒ぎ立てる人々を、イサベラは、すっと片手を挙げただけで沈黙させた。
「よいか」
静まり返った執務室に、彼女の声が響く。
「まず言っておくが、これは、私の意思ではない。
――初等部からの、要請なのだ」
その言葉が全員の脳に染み渡るまでに、数秒を要した。
「……え?」
ややあって、混乱したような声をあげたのは、ルティアの衣装をまとったままのアニータである。
「いや、でも……えっ?
この、慰問の計画って、初等部のほうから出た話だったんでしょ……?
もともと、向こうからの希望だったんじゃないんですか!?」
「ゴールドベリ自身は、今でも、慰問を希望している」
「じゃあ、どうしてなんですか!?」
激しい口調の問い掛けに――
イサベラは、彼女にしては珍しく、幾分か疲れたような口調で答えた。
「これは、私の意志ではないし、ゴールドベリの意思でもない。
初等部の、一部の生徒たちから、慰問中止の要望が出されたのだ。
大事な時期に、勉学の妨げになる、という理由でな。
……初等部は、それを受け入れた。
そういうことだ」
毎日、毎晩が、勉強漬けの日々。
試験に向けて、ぎりぎりまで自分を追い詰め、本番で最大の実力を発揮できるよう集中を高めてゆく。
ほとんどの者には、余裕などない。
わき目も振らず、ただひたすらに、合格だけを目指す――
そう、エグザミネイションを控えた初等部の雰囲気を考えれば、充分に有り得ることではあった。
だが……
だからといって、ここまで積み重ねてきた準備を思うと、そう簡単には納得できない。
「そんな……」
「妨げ――って――」
困惑と、未練を声色ににじませて、顔を見合わせ、呟き合う。
だが、今、ここで何を言ったところで、状況が変わるわけもなく――
「……ばかばかしい」
ぼそり、と誰かが口にした一言が、消えかけていた火に水をかけた。
「なあ、もう帰ろう、皆……」
「うん……」
「そうだよな……」
疲れたような声が、ぱらぱらとあがる。
「もともと、こっちから言い出した話でもないし」
「確かに、骨折り損はムカつくけど……
ムカついたところで、どうなるもんでもないしな……」
無気力な空気が広がり、今にも、人の流れが扉の外に向かって動き出そうとした――
まさに、その瞬間だった。
「――あたしは、やります!」
決然とした声が響いた。




