笑顔を、君に
慰問当日まで、すでに10日を切った。
――より正確に言えば、今日は、本番の八日前である。
高等部の慰問担当クラスは、いよいよ迫った本番に向け、今まで以上の忙しさにてんてこ舞いをしていた。
当初は、どの組にも『厄介なモノに当たってしまった……』というげんなりした空気が漂っていたのだが、今や、そんなやる気のなさは、どこかに置き忘れられたような勢いである。
不思議なもので、準備や練習が進むにつれて、誰も彼もが本気になってくるのだ。
『ここまでやってきたのだから、成功させなきゃ空しい!』というヤケクソ混じりの情熱で、各組とも、それぞれの出し物に向けてラストスパートに入っている。
例えば、材料のトウモロコシの確保に苦戦していた『ポップコーン』担当、エラストス・ハーレル教官の組では――
「……教授っ!」
どばたん! と扉を開いて、ハーレルーー通称『教授』のもとに、生徒が飛び込んでくる。
「ダインとジュリーから、連絡が入りましたっ!
オイゲン市にて、首尾良くボンドーネからの隊商と接触! ポップコーン用トウモロコシの確保に成功!
大至急、こちらに引き返すそうですっ!」
「うむ……!」
満足げに頷き、目を閉じて、天を仰ぐハーレル。
「これで、間に合う! 皆、よくやった――!」
「教授~っ!!」
――と、ハーレル教室が歓喜に湧いている、その同時刻。
「きゃ~!」
倉庫がわりに使っている集会室の扉を開けて、キャロライン・メリ教官は、嬉しそうに両手を胸に押し当てた。
「この前見た時よりも、ずっと増えてるわ~。
組の子たちが、頑張ってくれてるみたいね~!」
部屋の中には、本やらノートなどの文房具から、棚、机といった家具、さらには観葉植物の鉢などがごたごたと並べられている。
これら全てが、キャロライン組が担当する『バザー』に出品される商品であった。
小物では、腕輪やらペンダントやピアスといった装飾品の類が目立つ。
ポーチや針さし、ブックカバー等の手作り品も健在だ。
さらには、誰の提供品か、正体不明の薬草やらマジックアイテムまで置いてある。
「あなたたちも、こんなに持ってきてくれて、助かるわ~」
にっこり笑って言ったキャロルに、
「えへへ~」
「ふっ。どうぞ遠慮なくお納めください」
でっかい大八車に物品を載せて運んできていたミーシャとフィルが、二人そろってVサインを出した。
バノット組の面々からの出品物を、この二人がまとめて持ってきたのである。
ちなみに、ミーシャが提供したのは、『3日でできる! かんたんホムンクルス製作キット』(自作)。
フィルはといえば、サイン入り『愛の詩集』全3巻(自筆)だった。
「まあ~! それは、きっと初等部の子たちも喜ぶわねえ~」
――どうだろう。
「え~とえ~と、あと、この『ゲタ』はアニータさんからですし……
こっちの化粧品セットは、エルナさんからですわ~」
「ふっ。他にも、中古のサンドバッグ、水彩絵具セット、タワーツリーの苗など、色々と取り揃えております」
「まあ……タワーツリーって、確か、フォレスの森に生えてる、五年ほどでお城の塔並みに大きく育つ木じゃなかった?」
「ええ。アランからです。――ご覧下さい。これこのように、ちゃんと『植える場所を選びましょう』の注意書きが」
「あら、ほんと。……あらっ?」
興味津々で大八車の積荷をのぞき込んでいたキャロルが、ひょいと手を伸ばし、細長い箱を取り上げた。
蓋を開けてみて、感嘆の声をあげる。
「まあ! きれいね~、この首飾り! これは誰から?」
細緻な彫刻が施された涙滴型の銀のトップに、小さな青い石がはめ込まれたものである。
これは、女子たちが争って欲しがりそうだ……
「ふっ。それはディアからですな」
前髪を払い、爽やかに微笑みながら、フィル。
「必殺の自爆用マジックアイテム《エリル・ムンデの涙》。
敵に捕われ救援の望みがない場合、この青い石をぷちっと押しますと、吹き出した超高温の炎が、一瞬で使用者を焼き尽くすそうです」
「…………」
「しかも、一度留め金をかけたが最後、決して外せなくなるとの事ですので、くれぐれも誰かがうかつに試着することのないよう、ご注意ください……」
「それは危ないわね……
あっ、でも、ちゃんと注意書きを貼っておけば、きっと大丈夫だわ~」
――売るのか!? というツッコミを入れる者は、あいにく、この場にはいなかった。
「で、バノット先生が出品なさったのが、これです~」
ぽん、とでっかいベッドに手をかけて、にこにこと、ミーシャ。
マットレスは取り外してあるものの、ヘッドボードの部分に鋳鉄製の渦巻き飾りのついた、やたら重厚な代物である。
わざわざ大八車を持ち出す必要があったのは、ひとえにコレのせいであった。
「なんだか、部屋の模様替えをなさるそうで~」
「ふっ。買う人がいるかどうかは分かりませんが」
フィルのサイン入り『愛の詩集』と大魔王のベッド、どちらも、普通は誰も買わないだろう。
「う~ん……これで寝るとバノットくんみたいに強くなるとか、そういう広告をつければ……」
「それって、誇大広告じゃないでしょうか~……?」
「…………」
しばし、でっかいベッドを前にして、三者三様に沈黙し――
「あっ。ところで、そっちのお芝居の練習はどんな感じなの?
ここのところずっと、体技館が立ち入り禁止になってるでしょ。
だから、みんな、とっても気になってるのよ~!」
何事もなかったように、キャロルが話題を変える。
途端に、ミーシャとフィルは『ぱっ』と表情を輝かせた。
「それが、すごいんですよう~!
いよいよ練習も佳境に入って、みんな、とっても燃えてるんです~。
それに、衣装とか小道具もほとんど揃いましたし、帝都からは、ついにゴーレム演奏団も到着しましたし!」
「ふっ! 夜に日を継ぐ特訓で、一同の実力は日々向上!
エルナとベルチェ監督の魔術による効果も、素晴らしいものになりそうで。
本番当日には、ぜひ先生もご鑑賞を……!」
「あらあら、まあ!」
キャロルは、嬉しそうににっこりと微笑んだ。
「もちろん、見に行かせてもらうわ。
楽しみねえ! ベルセルクとルティアの役を、ディアくんとアニータちゃんがやるんでしょう?
きゃあ~、二人は、とってもラブラブなのね~!」
歓声をあげて盛り上がるキャロル。
しかし、彼女とは対称的に、バノット組の二人の表情は微妙に曇った。
「……どうしたの~?」
怪訝そうに首を傾げたキャロルに、
「いえ、それが~……」
困った顔で、声を合わせて二人は言った。
『そのラブラブが、非常に問題なのです』




