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敵も味方も本気です 2

「あたし……あたしは、ベルちゃんを、絶対失いたくないんだっ!」


 見開いた目に涙すら浮かべつつ、しかし、燃える矢のような視線を男に突き刺して、赤い髪の少女が叫ぶ――


「だって……あたし、ベルちゃんのこと、大好きだからっ!!」


 男は、答えない。


 彼は深い傷を負っていた。

 だが、そのことさえも忘れたように、ただ呆然と、少女の眼差しを見つめ返すだけ――



「……ぃよおし! よしよしよしよしっ! いいぞ、いいぞ!」


 丸めた脚本でばっこんばっこんと自分の太腿を叩きながら、興奮した口調で、監督がまくし立てる。


「まさにこの感じだっ!

 ずっと隠し通してきた想いを、初めて真正面からベルセルクにぶつけるルティアの激しい叫び……

 それを受けて、ついに揺らがないはずの心を揺らがせ、そのわけを理解することができずに立ち尽くすベルセルク……

 嗚呼……」


 と、何やら両腕を広げて陶酔しはじめる監督に、


「やった! じゃあ、こんな感じでオーケーなのね?

 よぉぉしっ! 練習の甲斐があったっ!」


 ガッツポーズで、アニータが叫ぶ。


「やっぱり、監督の特製ドリンク剤が効いたのかもね!」


「――飲んだのか!?」


 と、遠くからマックスの叫びが聞こえたようだったが、彼女の耳には届かなかった。


「いやー、これは、いけそうな予感がしてきたっ!

 ねっ、ディア! ディアも昨日、きっと頑張って自主錬……」


 元気よく言っていたアニータだったが、言葉半ばから、徐々に怪訝そうな顔つきになってゆく。


「…………えーっと。ディア?」


 ぱたぱた、と手など振ってみるが、当のディアは、この前と同じように、まったくの無反応で棒立ちしたままだった。


「……? ディア?」


 肩をつかんで揺すってみようとしたところで、不意にアニータ自身の肩が誰かに『がしっ!』とつかまれる。


「あ痛!」


 というほどの力で彼女の肩に手をかけていたのは、ベルチェ監督だった。

 いつの間にやら背後に移動してきていた彼は、だーと滝のような涙を流しつつ、うんうんと頷いている。


「そうか、アニータ……あのドリンク剤を飲んでくれたのか」


「う、うん。監督の差し入れなんでしょ? あれ。

 わざわざありがとう」


「いやいや、礼には及ばないとも……! 

 そうか。自分で作ったのは初めてだったが、どうやら、うまく出来上がったようだな……」


 その言葉に、微妙にアニータの顔色が悪くなったが、監督はそれには一切構わず、


「あれは、我が家に代々伝えられる秘伝の調合法で数種の材料をブレンドし、煮出したものでな。

 ちなみに、主な材料は何だったかというと――」


「ストップ言わないでお願い監督それだけは。

 鼻つまんで飲んだし」


「飲むな……あんなもん……」


 やはりマックスが遠くで呻いていたが、これもアニータの耳には届かなかったようだ。

 断固とした制止をかけられて、監督はちょっぴり淋しそうな表情を浮かべたが、すぐに気を取り直したらしい。


「アニータ」


「は、はいっ」


「君の芝居のことだが。僕は、非常に満足している」


「あ……それは、どうも」


「だが――」


 と言いながら、おそろしく真剣な眼差しで自分を見据えてくる監督を、アニータは、緊張した面持ちで見返した。


「だが……?」


「うむ。――こんなことを言うのは、君の芝居の完成度が高いからこそなのだが。

 僕の希望としては、さらに、もう一歩、上を目指してほしいのだよ」


「もう一歩、上……?」


 何だか、最終奥義伝授の儀式といった様相を呈してきた。


「そうだ。今の君は、表情、動作、セリフ回しといった表面上の演技は、おおむね完璧にできている。

 だが、あとひとつ、足りないものが……」


「お……教えてください、監督っ!

 あたしの芝居に『あとひとつ足りないもの』って、いったい、何なんですかっ!?」


「それは……!」


 周囲の人間たちが思わず注目する中、アニータとベルチェの背後に、どっぱ~ん! と幻の荒波がおおいかぶさる。


「それは、《魂》だああぁぁぁっ!」


「おおおおおぉぉぉぉぉっ!」


 びし! と指を突きつけられて、アニータは、目を見開いて大きく仰け反り――


「……って、監督。いきなり《魂》とか言われても」


 役者モードから、急にに戻って、ぱたぱたと手を振る。

 しかし、監督には動じる様子もなかった。

 突きつけた指はそのまま、重々しく告げてくる。


「真の役者は、表面的な演技などではなく、その魂からにじみ出るものを観客へと伝える……」


「いやあたしは別に真の役者なんて大層なものじゃ……

 だいたい、本職ですらないし」


 困った表情で、アニータはぽりぽりと頭をかいた。


「それに、そんな境地って、完全に己を捨てて登場人物に成り切らなきゃ、できるもんじゃないでしょ?

 いくら何でも、付け焼刃の特訓じゃ、そこまで悟り切れないよ」


「己を捨てる……か」


 難しい顔で顎をつまみ、監督が唸る。


「少し違うな。

 あたかも己自身がその人物であるかのように、いや、むしろ、その人物こそが己であるという意識で役に臨むのだ。

 ルティアの愛、それゆえの哀しみを、まさしく己自身のものとして……」


「だからそこまでは悟れないってば……」


「僕の友人の女優は、恋人の役を演じるときは、本当にその相手に恋をするのだと言ってたぞ」


「精神操作!?」


 思わず叫ぶが、やはり監督は聞いていない。

 いまだ、真の役者の何たるかについて、延々と語っている。


「……うう。ホントに恋するんだとか言われても。

 それはさすがに、ねえ! ディア。

 ……ディア?」


 見れば、こちらも先程から、延々と硬直したままだった。


「ああもう……ちょっと、起きてよ、ディアってばっ!」


 大声で呼びかけると、ディアはようやく『はっ』と顔を上げてきた。


「――大丈夫?」


「問題ない」


 と言いながらも、その口調はどこか浮ついている。

 あまりにも彼らしくないその様子に、アニータは思わず、真剣に不安を抱いてしまった。


「ほんと? 真面目な話、どっか具合悪いんじゃ……

 はっ! まさか、監督特製ドリンク剤が原因っ!?」


「いや……俺は正常だ。極めてフラットな精神状態だ」


「そ、そう? なんか、いつもとノリが……」


「そんなことはない。見ろ――」


 言うと、彼はいきなりその場でくるくると回転しはじめた。


「………………」


 アニータが、医務室のマリアン教官を呼ぶべきか否か本気で逡巡していると、彼は突然ひたりと回転を止めた。

 同時、目にも止まらぬ速度でその右手がひらめき――

『かすっ』という乾いた音が響いたと思うと、手近の舞台装置(塔)のてっぺんにひるがえっていた小旗が、竿を折られてひらひらと舞い落ちてくる。

 ディアが投擲したダガーが命中したのだ。


「ああ!? 何するんだよお!」


 製作者ルークが悲痛な口調で抗議をしたが、どうやら、ディアの耳には届いていないらしい。


「このように、遠距離からの攻撃によって狙い過たず目標を殺傷することもできる。

 そう、俺は冷静だ……」


「ほんとに大丈夫かなぁ……?」


 何やらぶつぶつと呟いているディアを、アニータは、心底心配げな目付きで眺めやり――

 ふと、練習場の向こうの端で展開されている光景をディアの姿越しに目に留めて、思わず無言で硬直した。


 そこに集まっていたのは、ダグラス組の面々である。

 彼ら全員が、黙々と、それぞれの稽古にいそしんでいた。


 長い槍の穂先を入念に研ぎ澄ましては、目の前にかざして鋭さを確かめている者。

 大道具の材料の余り物らしい棒を周囲に立てては、激しい舞いのように剣を振り回してそれらを切り倒してゆく者。

 突き出した手のひらに魔力を収束させては、こちらに向かって投げ放つ練習を延々と繰り返している者――


「馬鹿者! もっと脇を締めんか!

 ……ケリー、踏み込みが浅いっ!

 そんなへっぴり腰では、人間どころか、ネズミ一匹殺せんぞ!」


 そんな彼らの傍らに、なぜか鉄の棒を片手に仁王立ちになり、ダグラス教官自らが、厳しい指導を行なっている。


「あ……あれって一体……!?」


 まるでテロリスト養成所のような光景に、思わず戦慄したその瞬間、


「――敵だ」


 背後から、ぼそり、と低い声が聞こえて、アニータは慌てて振り向いた。


「せ、先生! ――ああっ!?」


 そちらに向き直ったアニータは、思わず目を丸くして大声をあげ、びしっと指を突き出した。

 ただし、いつもの仏頂面をこちらに向けているバノットに対してではなく、その背後――


「エルナ!」


「くくく……どうも」


 白ずくめの服装の中でひときわ目立つ紅い唇を『にっ』と曲げて、彼女はそろりと片手を挙げてきた。


「ベルチェ監督の特製ドリンク剤を飲んでから、妙に調子が良くってね……

 マリアン先生に頼んで、練習に参加する許可をもらったの……」


 外見が怪しい上にクソ不味い代物ではあったが、どうやら、効果のほどは本物だったらしい。

 ようやく病床から復活してきた白き死神は、バノットの背後からすいと進み出てくると、片手に握り締めた脚本でアニータたちとダグラス組一同を交互に示し、歌うように言い始めた。


「魔剣なくしては生きられないが、それを手にする限り、いつか大切な者の命を奪ってしまうかも知れない……

 薄氷を踏むがごとく困難なベルセルクの旅路を、共にたどる五人の仲間たち。

 しかし彼らの前には、幾多の強大な敵が立ち塞がり、その行く手を阻む……」


「本国からの追手との戦闘。

 魔剣の力を求める闇の勢力との暗闘。

 そしてまた、ベルセルク自身の内に潜む、破壊への渇望との闘争――」


 エルナの後ろからバノットが、淡々と続けた。


「旅の道程は戦いの連続となり、辛苦を極めたものとなるだろう。

 ……敵は、既に本気だ。

 半端な根性では、大団円にたどり着く前に叩き潰されるぞ?」


「くふ……ふはぁはっはっはっはっ! 殺せ! 殺せ!」


 その言葉を裏付けるかのように、マックスの狂喜に満ちた哄笑が響き渡る――


「人の心を捨て、魔剣に魂を売り渡した愚か者に、帰るべき国などないのだっ!

 名誉なき戦いの末、異郷の路傍に惨めな屍を晒すがいい!

 あの日、潔く死を選ばなかったことを後悔させてやるわ!

 くははははは!」


 マックス改めラーガス・ベインの高笑いを聞きながら、アニータは、頬に一筋の汗を垂らして呟いた。


「これは……確かに、本気だね……!」


「アニータっ!」


 鋭い叱咤の叫びがかかる。

 びくりと肩を震わせて振り向けば、監督がこちらへ突進してくるところだった。


「ぼっとしてる場合ではなーいっ! 稽古だ、稽古だぁっ!」


「はっ、はぁーいっ!」


 飛び上がって答えるアニータ。


 ――その直前の一瞬、ベルセルクとラーガスの間に鋭い視線の火花が散ったことに、彼女は、やはり気付くことはなかった。




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