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敵も味方も本気です

 そして一夜が明け、様々な思惑の渦巻く、クライマックス・シーンの稽古の日――


「……あー。そういや、思い出すよなぁ」


 とんてんかんてんと釘を打つ音が、のどかに響く体技館の片隅。

 大道具(木・3)を製作しつつ、和やかに言ったのはルークである。


「何を、思い出すのですか?」


 やはりこちらも和やかに、アランがきいた。


「何って、あれだよ。……エグザミネイション」


 ちょっと顔をしかめつつ、ルーク。


「オレらの劇の本番が近付いてきてるってことは、つまり、試験も一緒に近付いてきてるってことだもんな。

 本番は楽しみだけど、試験も一緒に迫ってくると思うと……

 なぁんか、こう、イヤ~な感じがするぜ~」


「そういえば……」


 と、不思議そうな声をあげてきたのは、アランではなく、その隣。

 完成した大道具(岩)の上に、ちょこんと腰を下ろしたミーシャだった。


「ルークくんも、当然、エグザミネイションを受験したのですよねぇ? 

 実技と面接が大丈夫だったのは分かるのですけど……

 筆記試験、どうやってクリアしたのですか~?」


 何だか限りなく失礼な質問ともとれるが、日頃、試験のことごとくに落ちては泣きながら追試の勉強をしている彼の姿を、一番よく知っているのはミーシャである。

 その点を考えれば、もっともな質問といえた。


「それなんだよなぁ……」


 ルークは、釘を打つ手を止めて、どこか昔を懐かしむような口調で答えた。


「オレ、昔っから、あーゆーのは丸っきりダメでさ……

 いっくら勉強しても全然覚え切れねーし、こりゃもう、合格はムリだ、って、諦めてたんだよ。

 でも、前日に、その頃の担任の先生が『諦めるな、可能性は限りなく低くても、奇跡が起きることもある』とか言って、いくつか問題をピックアップして、とにかくこれだけはマスターしていけ! って言ってくれたんだ。

 で、とにかくそれだけは解けるように、必死こいて勉強してだな。

 いざ当日、試験問題を見たら――

 なんと! それとばっちり同じ問題が出てるじゃねーか!」


「おお~!」


「すごいですねえ! そんなことが本当にあるとは……」


 感心しまくる二人に、ルークはにこにこと、


「いやぁ、奇跡ってのは、このことだと思ったぜ!

 そのおかげで、なんとか筆記試験をパスできたんだ。

 ま、他の問題は、ぼっこんぼっこん間違ってたみてーだけど……

 攻撃系魔術と格闘技の成績がよかったからって、すれすれセーフで合格だぜ! ラッキー!」


「なるほど……でも、よく考えたら、それも当然ですよね。

 戦いにおけるルークの実力を現場に生かさないのは、帝国にとって、大いなる損失といっても過言じゃないですから」


 深く頷きつつ言ったアランの傍らから、ミーシャもうんうんと同意した。


「そうですよね~!

 いざ戦闘という場面では、テストの成績なんて、全然関係ありませんもの。

 私なんて、後方支援ばっかり担当ですし~……」


「何言ってんだよ、ミーシャ。

 ミーシャの頭の良さは、運動神経のなさを完全にカバーしてあり余ってるじゃねーか!」


 微妙にフォローになり切っていないことを言い合う二人である。

 と、ルークは、ふと首をかしげて、


「……アランも、やっぱエグザミネイション受けたのか?

 いや、そもそも、初等部にいたこと、あんのか……?

 オレらとは、だいぶ年が離れてるけど……」


「ええ。フォレスの森から、この学院に来て――初等部には2年ほど在籍していました。

 高等部に上がったのが、2回前のエグザミネイションの時ですから……

 6年前ですね。たぶん、ルークと同じ回の試験でしょう」


 アランは、のんびりと頷いた。


「まあ私の場合、森で、長いこと、魔術の実践をやってましたから、その方面の基礎はばっちりだったんですけど。

 魔術の理論やら、帝国の歴史やらを覚えるのが大変でしたねぇ……」


「そうそう! やっぱ、みんなアレで苦労すんだよな!」


 むやみに力を込めて頷くルーク。

 釘を打つ手にも力がこもりすぎて、製作中の大道具(木・3)が『みしっ、みしっ』とか言っているようだったが、気にも留めない。

 ――と。


「そうだよねえ。兄さんは勉強が嫌いだから、特に大変だっただろ?」


「イーグル! てめえは弟のくせにいちいちうるせえっ!」


 突然、脚本片手に勢いよく言い合いながら、ライリーとフィルが会話に参加してきた。

 しかも、互いに小道具の剣(ごっついバスタード・ソード、ちなみに真剣)でがっちんがっちんドツキ合いながらの登場である。


「――おわ! びびったっ。危ねーじゃねーか!」


「あら~? フィルさんって、お勉強、苦手でしたっけ?」


 危うく斬られそうになって仰け反りながら叫ぶルークと、岩の上から不思議そうにたずねるミーシャ。

 すると二人は、ころっとに戻って、言ってきた。


「いえいえ。今のは、芝居の延長です」


「ふっ。こう見えましてもこのフィル・グランバルト、得体の知れないマニアックな知識を丸暗記することにかけては人後に落ちぬと自負しておりますよ」


「それって、微妙に誇れないような……」


「――ええと、フィルは確か、エグザミネイションを受けなかったんですよね?」


 アランが尋ねる。

 現在『バノット組』として知られている集団は、5年前――

 すなわち、バノット・ブレイドが教官となった年から存在し始めた。

 今の段階で所属している面々のほとんどが、組の発足当初からのメンバーなのだが、例外がふたりだけいる。


 そのうちの一人が、フィルだった。

 大貴族の長子である彼は、意に反した結婚をして家を継がされることを嫌い、いきなり学院に飛び込んだのである。

 まるで、駆け込み寺だ。


「ふっ、その通り!」


 どこからか取り出した真紅の薔薇をつまんで、斜め向きにポーズをつけながら、フィル。


「ゲートキーパーズの方々がどうしても通してくださらないので、とりあえず学院の門の前でペガサスを十頭ばかり召喚いたしまして、馬車ごと華麗に飛翔しておりましたら、イサベラ閣下が出て来られて『合格』と言ってくださったのです……」


「そういや、そんなこともあったなぁ……」


 学院に生徒は数多しといえども、フィルほどの召喚術の腕前を持つ者は他にはいないと言ってよい。

 激しく愉快な性格の主ではあるが、彼はまさしく、当代一の召喚術師なのだ。


 実のところ、帝国魔術学院は、彼が幼い頃から、その戦力的価値に『目をつけて』いた。

 しかし、彼の父が断固として許さなかったため、初等部へ引き取ることが叶わなかったのである。

 それを、長じたフィルが自ら入学を志願してきたとあっては、まさに千載一遇のチャンス。

 時を移さず、学院に引き入れたというわけだった。


「後で、何やら筆記試験のようなものも一応受けましたが、マニアックな知識については、幼少の頃より、私の得意分野でしたので。

 まあ、大して苦労もなく……」


 下手をすれば完全無欠の嫌味になりかねないセリフだが、この男の口から出ると、妙に爽やかに聞こえるから不思議なものだ。

 まあ、いささか間違ってる系の爽やかさではあったが。


「うお~っ。いいなぁ~」


 こちらも他意なく羨ましがる、爽やかなルークである。


「そういえば……」


 岩の上から、にこにこと、ミーシャ。


「アニータさんも、フィルさんと同じで、エグザミネイションを受けていませんわ。

 アニータさんは、ヒノモト帝国の魔術学院で、こちらの高等部にあたるクラスに所属していたそうですから~、もう一度エグザミネイションを受けるには及ばないと判断されたのでしょう~」


『ふたりの例外』のうち、もう一人がアニータなのだった。

 フィルと同じで、後から試験は受けているが、あくまでも一応だ。


「そうだったなぁ」


 感慨深そうにひとつ頷いて、ルークは、ふと、それまで続けていた作業の手を止めた。

 身体ごと振り向いて、ある方向を見やる。


「それにしても、今回のエグザミネイション受ける奴ら……

 ラッキーだよなぁ。こんなイベントがあってよ。

 しかも、そのイベント仕掛ける側が、こんだけ熱心に練習してんだもんなぁ……」


 彼の視線の先には、丸めた脚本片手に仁王立ちになった監督の前で、何やら熱演を繰り広げるアニータとディアの姿があった。


「この劇、絶対、すっげー仕上がりになるぜ?」


「そうだねえ。……ほら、兄さんも、こんなとこで練習サボってる場合じゃないよ?」


「何ぃ!? てめぇこそ、今の今までサボってたじゃねえかっ!」


 負けじと――かどうかは知らないが、再びぎゃいぎゃいと双子漫才を始めるライリーとフィル……


「ええ」


 その様を温かい目で見守りながら、アランが、穏やかな口調で呟いた。


「――きっと、すごい劇になりますよ」



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