第99話 川の上の診察
ヴェルク(ナミ)の返還は、川の中州で行われた。
両岸から舟が出て、中州で竜を引き渡す。立ち会いは双方の竜医一名ずつ、と決められた。武官を立てると角が立つ、という理由の消去法だった。
王国側はカヤ。ガルデ側は、白髪の老女だった。
「イェルダ。ガルデの従軍竜医」
「カヤ。王国の戦時竜医団」
名乗り合ってから、二人は同時に、ヴェルクの喉に手を当てた。同時だったので、少し間が空き、それから、どちらからともなく手順を譲り合った。目。立ち方。喉。翼膜の縫い目。
「……いい縫いだ」イェルダが言った。「膜の縫合は、うちの若いのに見せたい」
「火の戻りも確かめてください。灰の湯気で支えました。株の餌です」
「灰の?」老女の眉が上がった。「詳しく」
中州の引き渡しは、四半刻の予定だった。二人の竜医は、一刻半、そこにいた。舟の兵たちは呆れ、それから諦めて、釣りを始めた。
別れ際、イェルダは言った。
「あんた、噂の『継ぎ火』か。……軍火を抜く術というのは、本当かい」
「本当です」
「うちにも、植えられた竜が四十頭いる」老女は、川下を見た。「戦争が終わったら──いや、終わらせたら、だね。そのとき、術を教わりに行くよ。敵にじゃなく、竜医に」
「窯裏の診療所です」カヤは言った。「診察は、銅三十文です」
老女は、その日初めて、声を立てて笑った。
舟が岸に戻るまで、カヤは中州を振り返らなかった。振り返らなくても分かっていた。あの老竜医も、こちらを見ていない。互いに、次に会う日の話をしてしまったからだ。戦のさなかに戦のあとの約束をするのは、たぶん、両方の岸で禁じられている。禁じられていることの中に、いちばん確かな希望があった。




