第84話 出征前夜
北へ発つ前の夜、窯裏の診療所では、最後の段取りが組まれた。
残るのはガマとツグミ。窯裏の患竜と、王都の患家を守る。アサヒの灰の処方はスバル経由で継続。御城の「外の目」の代理は、イサギが務める。
北へ行くのは、カヤ、ハギ、ゲン。そして防疫局からセイ。
「ハギは見習いだぞ」ガマが念を押した。「押さえと、器具と、荷だけだ。刀の届く場所には出さんこと。カヤ、お前の責任だ」
「はい」
「ゲンは……まあ、あいつは大丈夫だろう」老竜医は、土間の定位置に伏せた元軍竜を見た。「一度戦場を降りた竜だ。二度目は、荷駄と押さえに徹させろ」
ツグミは、夜通しで薬箱を詰めた。軟膏、灰の小壺、管、包帯。明け方、荷の上に小さな包みを一つ足した。
「飴です。井戸端のおばさんが、道中にって」
それから、ツグミは少しの間、黙って薬箱の紐を結び直していた。結び終えて、顔を上げずに言った。「……全員で帰ってきてください。あたし、留守番は得意なんで」
得意になるほど留守番をさせた覚えはない。言い返す代わりに、カヤは弟子の結んだ紐を、ほどかずにそのまま荷に載せた。いい結び方だった。
発つ朝、路地には見送りが並んだ。三度目の見送りだった。パン屋の女房はもう泣かなかった。代わりに固パンを二袋押し付けて、一言だけ言った。
「帰ってきな。全員で」
ゲンの牽く荷車が、北門を出た。二度目の、北への道だった。
門の上の空は、腹立たしいほど晴れていた。戦に行く朝の空は曇っていてほしいと思うのは、人間の勝手である。竜たちは晴れた空の下、いつも通りの歩幅で歩いた。いつも通りに歩けることが、竜の強さだった。




