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継ぎ火の竜医  作者: 川中アキラ
分け火と御番医
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80/138

第80話 嵐の前

開戦の報せは、春の辻に貼られた。


〈北辺国境において、ガルデ王国軍、川を越えて侵入せり。


我が国はこれを国土への侵犯と認め、北辺全域に戦時を布告す〉


辻の貼り紙の前は、静かだった。誰もが、いつか来ると知っていた報せは、来ても声にならない。


人だかりの後ろで、年寄りが一人、小さく手を合わせた。二十年前の戦を知っている歳の人々は、みな似た顔をしていた。戦の顔ではない。戦のあとの顔だ。あれをもう一度やるのか、という顔だった。


窯裏の路地を、カヤはゆっくり歩いて帰った。


パン屋の窯には火が入り、水売りはゴウタと水を運び、炭屋のクロは炭俵を牽いていた。井戸端では、井戸竜が車輪を回していた。いつも通りの、当たり前の朝だった。


当たり前は、いいものだ。


そして当たり前は、黙っていては守れないことを、カヤはこの数年で学んでいた。


診療所に戻ると、帳場に三人と一頭が揃っていた。ガマが薬研を挽き、ツグミが器具を数え、ハギが竜体図を写し、ゲンが土間の定位置に伏せていた。


「布告、見ました」ハギが顔を上げた。「先生。竜徴令、また出ますよね」


「出る」ガマが言った。「四年前より、大きいのがな」


「診断書の書式、増やしておきます」ツグミが言った。「十六頭ぶんじゃ、足りなくなる」


カヤは、帳場に座り、手控えの新しい頁を開いた。


頁の頭に、日付と、一行を書く。


〈戦時、布告。窯裏の患竜、現在三十一頭。全頭の最新の診療録を、今月中に写しで揃えること。


覚え:嵐の前に、数えておく〉


筆を置いて、カヤは器具棚を見た。ガマの器具と、シラスの手帖と、自分の手控えが、同じ棚に並んでいる。


継がれてきたものは、嵐でも燃えない。


──いや、とカヤは言い直した。継がれてきたものだって、燃えるときは燃える。燃えないのは、継ぎ方を覚えた手のほうだ。手は、焼けても覚えている。だから、何度でも継げる。


燃やさせない、と十九の竜医は思った。

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