第79話 二通目
春先、カジから二通目の手紙が来た。
一通目より、字が硬かった。
〈カヤ先生
実験棟について、続報を書く。
冬の間に、資材の搬入が三度。飼料の発注が始まった。竜のいないはずの棟が、竜の餌を頼んでいる。
そして十日前の夜、初めて、棟の中から竜の声を聞いた。
仔竜の声だ。
私は管轄外だ。立ち入りはできない。だが、聞いた夜と刻限は、全部記録している。
もう一つ。ガルデの対岸の砦が、また増えた。川の渡し場に軍の橋脚が組まれ始めた。橋は、商いのためには架けない。
北は、長くもたない気がする。
そちらの空が平和なうちに、これを書いておく。
カジ〉
帳場で、手紙は回し読みされた。
仔竜の声。竜のいないはずの棟で。
ツグミが、手紙を持ったまま動かなくなった。ハギは土間に下り、ゲンの首に手を置いた。置いた手の意味を、たぶん本人も分かっていなかった。ただ、実験棟の檻の話を聞いた夜に、生きて隣にいる竜に触りたくなる気持ちだけは、帳場の全員が同じだった。
「……実験に、竜を使い始めた」セイが、低く言った。「王家の株を、生きた竜で試している」
「立ち入る道は」
「ありません。軍務局の施設で、しかも戦時が近い。事前通告の立入すら、『国防上の理由』で断れます」セイは、手帳を閉じた。「戦争が始まれば、すべてが『国防上の理由』の中に入ります。帳簿も、竜も、実験棟も」
診療所が、静かになった。火鉢で薬缶が鳴っていた。
ガマが、火を掻きながら言った。
「嵐が来る前に、守りたいものを数えて、帳面に付けておくことだ。戦になれば、竜は徴用で散り散りになる。全部は守れん。だが、どこの誰の、何という名の竜か──帳面に残っとるやつは、嵐のあとで探しに行ける」
カヤは、その言葉をそのまま手控えに書いた。
書きながら、数えるものの一つ一つに名前があることを思った。ゲン。ゴウタ。クロ。窯裏の三十一頭。北の二十九頭。それから──御城の、細い火。
数える指が、足りなくなり始めていた。




