第76話 外の目
冬の初め、「外の目」の第一回検分が行われた。
登城の朝、カヤは一番いい上着を着て、それでも器具は使い慣れた鞄のまま持った。ツグミが戸口で埃を払ってくれた。「御城で恥かかないでくださいよ」「診立てで恥をかかなきゃいい」「両方です」
石段の上で待っていたスバルは、カヤの鞄を見て、少しだけ笑った。「その鞄で来るところが、あんたらしい」
師会の推薦で選ばれた外部竜医は、カヤだった。他に推す名が出なかった、というのが実情である。陪席にはスバルが立った。
ミカゲ、八十二歳。
老御竜の火は、儀の日より、さらに細っていた。分け火で株を割いた反動だった。カヤは喉に手を当て、熱の戻りを数え、正直に所見を書いた。
〈ミカゲ様。火は保っているが、殖えは止まりかけている。余命、火の上では三年から五年。安らかに保つことを最上とし、株の採取・処置の類は今後一切、行わないこと〉
筆頭は渋い顔をしたが、スバルが「同所見」と署名した。二人の名が並んだ所見は、四百年の記録の中で、初めて「外の目」の入った一枚になった。
アサヒ、生後十月。
仔竜は、体だけはすくすくと育っていた。カヤの顔を覚えていて、検分の間、じっとおとなしくしていた。喉の熱は──灰の餌で、細く、保たれていた。
〈アサヒ様。処方は効いているが、殖えの底は戻らない。現状の支えを続けた場合、火の寿命はシラス様の見立て通り、三十年に届かない見込み。
根治の道は、現行の定めの内には、ない〉
最後の一行を書くとき、カヤの筆は、少しだけ止まった。
定めの内には、ない。
定めの外には──あるのだ。書かなかっただけで。
検分の帰り、スバルが石段の途中で言った。
「あんたの所見の、最後の一行」
「はい」
「……いつか、あの続きを書く日が来る」御番医は、丘の下の、下町の方角を見た。「そのとき、私は御番医として、あんたと揉めることになるかもしれん。誓いは、そういうものだから」
「はい」
「揉めたときは──ちゃんと、揉めよう」スバルは言った。「黙って処理される事より、ずっといい」
下りの石段は、風が冷たかった。冬の都が、坂の下に広がっていた。煙の立つ家々の間に、青白い小さな火がぽつぽつと灯り始める。あの火の一つ一つに、飼い主がいて、帳面があって、診察銅三十文の歴史がある。四百年がどれほど重くても、守るべきものの数では、坂の下のほうがずっと多い。カヤは襟を立てて、石段を下りた。




