第75話 実験棟の灯り
カルナ砦の裏、封鎖されたはずの実験棟に、その夜も灯りがついていた。
技官ムベは、卓の上の二つの壺を眺めていた。
六十を過ぎた技官の手は、若い頃と変わらず乾いて正確だった。変わったのは扱う株の格だけだ。二十二年、この男は同じことだけをしてきた。株を選び、株を組み、株を試す。竜は、その入れ物だった。入れ物に名前を付けない主義も、二十二年変わらなかった。
一つは、白絹に包まれた陶の小壺。中には、銀色に澄んだ株──四百年、一度も外に出たことのなかった、王家の火の半分。
もう一つは、鉛で封じた黒い壺。二十二年前、この棟で生まれ、封じられたきりの株。火の素の代わりに灰を作る、失敗作。灰咳の親株。
「格の高い株は、病に弱い」ムベは、独り言の癖があった。「二十二年前、我々はそれを知らずに、並の株ばかりいじって失敗した。軍火は強すぎて宿主を焼き、灰株は弱すぎて疫になった。……足りなかったのは、器だ。四百年、純粋に殖え続けた、混じり気のない器」
白い壺の中の株は、この半年、鈍いながらも殖え続けていた。餌を選び、温度を整えれば、殖える。純粋な株は、扱いやすい。何にも染まっていないから、何にでも染められる。
「王家の火に、軍火の強さを継がせる。強く、従順で、量産できる火を」
それが、凍結された計画の、凍結されなかった中身だった。
出来上がった火が何を温め、何を焼くのか。その問いは、この棟では誰も口にしない。問いを口にしない静けさこそ、二十二年前に灰咳を生んだ当のものだったのだが、静けさは自分の音を聞けない。
窓の外で、見回りの兵の提灯が過ぎた。ムベは灯りを細めた。
砦の竜舎の方角から、軍医の宿舎の灯りが、こちらを向いているのが見えた。あの軍医は、夜ごとこちらの窓を数えている──ムベはそれに気づいていて、放置していた。数えるだけの人間に、何ができるわけでもない。
二十二年前も、そう思っていた人間たちが、この棟を封鎖し損ねたのだが。




