第74話 楢峡の文
秋の終わり、行商のジジさんが手紙を運んできた。
ジジさんは、カヤが銀二十二枚を懐に峠を越えた年から、何も変わらない。荷の中身が変わっただけだ。楢峡への薬と表、王都への手紙と山の茸。「わしは郵便屋じゃないぞ」と言いながら、この四年、一度も断らなかった。
村長の字は、年々小さくなる。
〈カヤへ。
ユキが、初めて空に向かって火を吐いた。青白い、いい火だ。村中が見に出た。おまえが四年前、ミゾレの火を見せてもらった場所と、同じ岩の上でだ。
湯は、熱い。今年は冬の入りが早いが、誰も案じておらん。
ジジさんに、ユキの餌の量と、火入れの刻限を書いた紙を持たせる。おまえが送ってきた表に、書き込んでおいた。
春に、顔を見せろ〉
同封の表を、カヤは灯りの下で読んだ。
餌の量。火入れのあとの熱の立ち。戻り。ユキ、三歳。数字はどれも、表の枠を上へ突き抜けそうだった。
カヤは手帖を開き、王家の頁の隣に、楢峡の頁を作って、数字を写した。
〈アサヒ様(王家・四百年の火):熱の立ち、二刻。灰の餌で支えて、殖えは並の三分の一。
ユキ(楢峡・ミゾレの火):熱の立ち、四半刻足らず。殖えは並の倍──記録の取り違えを疑って、二度写した。倍で、正しい〉
二つの数字を、カヤは長いこと見比べた。
四百年、門の内で守られてきた火と。
百五十年、村で使われ、下町で貸し借りされ、疫をくぐり、軍火を鎮め、仔に継がれた火と。
どちらが「強い」火なのか、数字はもう、答えを出していた。
カヤは頁の余白に、小さく書いた。
〈覚え:この二つの数字を並べて見た人間は、たぶん、まだあたしだけだ〉
並べて見てしまった人間には、並べて見てしまった責任がある。手帖のこの頁を開くたび、シラスの声がする。目のある者を、間に合わせること。
間に合わせる、の意味を、カヤはまだ、正確には知らないでいた。




