第73話 押さえからだ
秋、診療所に弟子がもう一人増えた。
言い出したのは、ハギだった。北へ帰る日が近づいたある夜、少年は帳場の前で直立して、言った。
「自分を、弟子にしてください」
カヤは、匙を落としそうになった。
驚いたのは、志願そのものにではない。この半年、ハギが往診の荷を担ぎながら、患竜の脚の運びばかり見ていたこと。夜の帳場で、ツグミの写した竜体図を、穴の開くほど眺めていたこと。気づいてはいた。気づいていて、本人が言い出すまで待つと決めていたのは、カヤ自身だった。それでも、いざ言われると匙は滑る。
「ハギさん、竜兵は」
「除隊しました。もともと、期限付きの徴兵でしたから」ハギは言った。「北で、火の夜のとき、思ったんです。竜と一緒に前に出る仕事より、竜を診る仕事がしたいって。ゲンも──あいつも、荷駄より、診療所の手伝いのほうが向いてます。人を乗せて往診に走れます。押さえもできます。あいつ、竜のくせに、竜を落ち着かせるのが得意なんです」
それは事実だった。ゲンが庭にいると、暴れる患竜が不思議と静かになる。年上の、火の並な、落ち着いた竜が傍らにいるだけで、若い竜は安心するのだ。
カヤは、奥を見た。
ガマは薬研を挽いたまま、顔も上げずに言った。
「押さえからだ」
三度目の、採用の言葉だった。
こうして窯裏の診療所は、無免状の相談役が一人、二等が一人、三等が一人、見習いが一人と竜一頭、という所帯になった。木札は四枚に増えた。ガマは「字が下手だ」と言った。全部カヤが書いたからである。
夜、カヤは手控えに書いた。
〈窯裏、四人と一頭。
覚え:診療所も、火と同じ。継がれて、殖える〉
筆を置くと、土間からゲンの寝息が聞こえた。竜の寝息と、薬研の音と、器具を数える声。診療所の夜の音は、この三年で少しずつ増えた。音の数だけ、守るものが増えている。悪くない増え方だった。




