第72話 断りの作法
夏の終わり、カヤは御城に登り、御番医の推挙への返答を述べた。
「お断りします」
合議の間が、ざわついた。反対派は安堵し、推した側は落胆した。安堵と落胆の間で、筆頭だけが、まだ表情を決めていなかった。断り方を見てから決める顔だった。カヤは、続けた。
「代わりに、一つ、定めの提案があります」
用意してきた書き付けを、カヤは読み上げた。
〈御番医検分に、外部竜医の陪席枠を設ける。
年二回、師会の推す二等以上の竜医が、王家の竜の検分に立ち会い、所見を残す。
所見は御番医の記録と併せて保管し、双方が照合できるものとする〉
「王家の竜の検分を、外の目に晒せと?」筆頭が眉を寄せた。
「晒すことにはなりません。所見は御番医の記録と併せて保管し、外へは出しません。照合できる記録が二つになるぶん、王家の火の数字は、いまより確かになります」カヤは言った。「四百年、あの火の数字は、御番医五人だけが持ってきました。五人の目が確かなうちは、それで足ります。ただ、人の目は、いつか必ず衰えます。衰える前に、次の目を備えておくこと──シラス様があたしを儀に呼ばれたのは、そのためだったと考えています。手帖に、こう残しておられました。『目のある者を、間に合わせること』と」
合議は、三日かかった。
提案は、ほぼそのままの形で通った。年二回の陪席。所見は御番医の記録と併せて正式に保管。反対の声は最後まで消えなかったが、押し切ったのは実績だった──疫を止めた名、軍火を鎮めた名、儀の日に湯気の灰で仔竜の熱を立たせた名。四百年で初めて、御城の火の数字を外の目が見る枠が、定めになった。
帰り道、イサギが石段の下で待っていた。
「断ったか」
「断りました。枠を置いてきました」
「──丸ごと通ったそうだな」痩せた試験官は、かすかに笑った。「昔、貴殿に言った。内側の勝ちは半分ずつ、二度勝てば一になる、と。……今度は、半分ずつではなかった。一度で、丸ごと一だ。勝ちを積んだ者の提案は、二度に分けて待たされずに済むようになる。貴殿は、そこまで積んだということだ」
石段の下から見上げる丘の上は、夕日で白く光っていた。六十段。初めて上った日は、上りより下りのほうが長く感じた。今日は、どちらも同じ長さだった。カヤは軽く頭を下げて、下町への道を歩き出した。




