第71話 北からの手紙
〈カヤ先生
カルナ砦は変わりない。管理下の四頭、経過良好。
ただ、気になることを一つ書く。
先月から、軍の技官が砦に出入りしている。ムベという男だ。二十二年前の研究名簿にあった名だ。
連中は竜舎には来ない。砦の裏の、古い実験棟を開けている。あそこは灰咳の始まった場所だ。二十二年前に封鎖されて、それきりのはずだった。
夜、実験棟に灯りがつく。
私は軍医で、あそこの管轄権はない。だが窓の数と灯りの刻限は、管轄がなくても数えられる。数えて、記録している。
いつか要る日が来たら、言ってくれ。
カジ〉
手紙は、回し読みされた。セイが、ガマが、ツグミが読み、最後にハギが読んだ。読む順に、帳場の空気が一段ずつ重くなった。少年は手紙を置いて、拳を握った。
「あの実験棟……自分、知ってます。近づくなって言われてた建物だ」
「ハギさん」カヤは言った。「北に帰ったら、カジ先生に伝えてください。数え続けてください、って。それだけでいいです」
「それだけで、いいんですか」
「数字は、逃げません」カヤは、手控えを叩いた。「四年前、百十二頭を数えた人がいたから、検査法が通りました。三年前、三十頭の息を数えたから、火の夜を止められました。……いつか、あの実験棟の窓の数が要る日が来ます。来たときに、二十年ぶんの数字を持ってる人がいる。それが、一番強いんです」
その夜、カヤは手控えの北の頁に書いた。
〈軍、王家の株+灰咳発祥の実験棟。組み合わせの意味を、考えること。
覚え:嫌な数字ほど、先に数えておく〉
書き終えて、カヤは筆を置いた。組み合わせの意味は、本当はもう考え始めていた。純粋な株。灰の親株。同じ棟。考えの行き着く先が嫌で、考えを途中で止めた。止めても、数字は消えない。それを一番よく知っているのは、自分だった。




