第70話 空の壺
技官ムベの周辺を、セイは半年、掘り続けていた。
糸口は、やはり帳簿だった。
半年、セイは休みのたびに帳簿を読んだ。軍務局の受け入れ記録、荷駅の通行記録、式典の物品目録。読める帳簿は全部読み、読めない帳簿は、読める帳簿との継ぎ目を探した。嘘の帳簿は、単体では完璧でも、隣の正直な帳簿とは、どこかで辻褄が割れる。軍務局の倉庫の受け入れ記録に、儀の三日後、一件の搬入があった。〈陶壺一。研究資材。発送元、式典警備部〉。
式典警備部に、陶壺を扱う業務はない。
セイは、防疫局の権限で追える線を全部追った。追い切れない線は、イサギの連判組が師会の筋で照会した。浮かび上がったのは、こういう絵だった。
儀の前夜、保管室の錠は一度開けられた。壺は盗まれなかった──中身の半分だけが、別の壺に移された。空に近い壺が「研究資材」として軍務局の倉庫に入り、それきり、帳簿から消えた。
「王家の株が、軍にある」
窯裏の帳場で、セイは静かに言った。
「凍結された軍火研究の、新しい種株として。……ですが、立証はできません。移された株そのものを押さえない限り、帳簿の上では『陶壺一』です。そして軍務局の倉庫には、防疫局の立入権が──」
「事前通告制、ですね」カヤは言った。
「ええ。通告して行けば、着く前に壺は消えます」
帳場が、静まった。ガマが火鉢の火を掻いた。
「三年前と、同じ場所だな」老竜医は言った。「半分だけ開いた門の前だ」
「同じじゃありません」カヤは首を振った。「三年前は、門の中で何が起きているか、誰も知らなかった。今は──数えている人が、中にもいます」
カヤは、北から届いたばかりの手紙を、卓に置いた。カジの字だった。
封を切る前から、嫌な予感はしていた。北からの手紙は、いつも季節の便りから始まる。この手紙は、宛名の字からもう、硬かった。




