第66話 六人目
御番医の欠員は、埋めねばならない。
慣例では、御番医の推挙は残る五名の合議による。だがシラスの遺した推挙状が、慣例に石を投げ込んだ。
〈六人目に、二等竜医カヤを推す〉
丘の上の竜医たちは、賛成と反対に、真っ二つに割れた。
師会の廊下でも、丘の屋敷の食卓でも、同じ議論が繰り返された。曰く、格式が保たん。曰く、実力は格式より重い。曰く、そもそも御番医とは何のためにあるのか──最後の問いを口にした者は、たいてい、そこで黙った。問いの答えを、誰もちゃんと持っていなかったからだ。
下町の二等を御城に上げるなど前例がない、と半数が言った。前例なら三年前からこの娘が作り続けている、とイサギたち連判組が言った。継ぎ火の術規改定、検疫立入権、儀での応急──実績を並べれば、反対派の声は小さくなったが、消えはしなかった。
当のカヤは、十日、返事をしなかった。
「受けんのか」ガマが訊いた。夜の帳場だった。
「御番医になると、誓いを立てるんだそうです」カヤは言った。「王家の竜だけを診る、っていう誓いを」
「そういう役目だからな」
「窯裏の竜は、診られなくなります。楢峡の竜も」カヤは、火鉢の火を見た。「シラス様は四十年、それでやってきた。すごいことだと思います。でも──」
「でも?」
「あたしが取った免状は、竜を治す免状です」カヤは言った。「一頭だけを守る誓いじゃなくて」
ガマは、薬研を挽く手を止めなかった。ただ、口の端が少しだけ動いた。
「なら、断り方を考えろ」老竜医は言った。
「ただ断れば、御城との縁が切れる。アサヒの火を、外から診られる形を残して断るんだ。──お前はもう、そういうやり方を知っとるはずだ」
火鉢の炭が、崩れて爆ぜた。カヤは崩れた火を掻き直しながら、頭の中で断り状の文面を組み始めた。断りの言葉より先に、残すものの形を決める。物事はその順番で運ぶのだと、この帳場で覚えた。




