第61話 分け火の儀(前)
儀の朝は、晴れた。
夜明け前から、御城の石段を楽の音が上っていった。城下の辻には人が出て、御城の方角を仰いだ。四百年の火の代替わりを生きて見られる者は、百年に二度か三度しかいない。都の年寄りたちは、孫の手を引いて、寒の残る朝の往来に立った。
御竜の間には、国の重臣が並んだ。王と妃。大臣たち。軍務卿。御番医五名と、末席にカヤ。堂の外には選ばれた民が入り、その中に、ガマとツグミとハギの顔もあった。
ミカゲは、堂の中央にいた。
八十二歳の牝竜は、白銀の鱗を磨き上げられ、静かに伏せていた。その前に、生後五十日のアサヒが、乳母役の竜に付き添われて立った。白に近い銀の、小さな仔竜だった。
カヤの役目は、控えの壇の脇に立ち、ミカゲとアサヒの息を読み続けることだった。
典礼が進む。祝詞。香。四百年の火の来歴が読み上げられる。九代の宿主の名。
カヤは、ミカゲの喉だけを見ていた。
熱の立ちが、遅い。
朝の火入れから、もう半刻。並の竜なら、とうに喉が温まっている。ミカゲの熱は、ゆっくり、ゆっくりとしか上がらない。八十歳の体と、殖えの鈍った株。診立て比べの日に取った数字の通りだった。
──間に合ってください。
祈りに近い数え方を、カヤは自分に禁じてきた。数字は祈らない。だが今、手控えの数字は全部頭の中にあり、その全部が、足りるか足りないかの境目を指していた。境目の外に出るための手立ては、この堂のどこにもない。あるのは、老竜の八十二年ぶんの、最後の力だけだった。
祝詞が終わった。
筆頭が、声を張った。
「分け火の儀、これより執り行う」
ミカゲが、ゆっくりと頭を上げた。




