第59話 夜の講義
儀の七日前の夜、シラスはカヤを自室に呼んだ。
卓の上に、古い綴りが積んであった。歴代の御番医の検分録。四百年ぶん。
紙の色が、地層のように変わっていた。上の綴りは白く、下へいくほど飴色に沈み、いちばん底の一冊は、触れれば崩れそうな鴼色をしていた。四百年という時間を、カヤは初めて、目方で見た。
「王家の火の決まりを、言うてみよ」
「門外不出。外に出さず、外の火を入れず」
「なぜだと思う」
「……守るため、です」
「そうだ。四百年前、この国は火の奪い合いで割れかけた。強い火は奪われ、混ぜられ、潰された。だから王家は誓った。この火だけは、誰にも渡さず、何も混ぜず、そのままの形で継いでいく、と」シラスは綴りを撫でた。「その誓いが、国の柱になった。王家の火が変わらぬ限り、国は変わらぬ。……わしは四十年、その誓いの番人をやってきた」
老人は、そこで長く黙った。
「シラス様」
「ガマの言葉を、覚えとるか。百年生き延びた株は、百年ぶんの病をくぐった株だ、と」
「はい」
「では、四百年守られた株は、どうだ」
カヤは、答えに詰まった。
答えの代わりに、ミカゲの静かすぎる喉を思い出した。百年生き延びた株は、百年ぶんの病をくぐり、そのたびに生き残った群れだけで立て直してきた。強さは、くぐった数だけ身につく。なら、門の内で守られて、病のひとつにも触れずにきた株は──強くなる機会そのものを、四百年、一度も与えられていない。
「……守られただけで、何ひとつ、くぐっていません」
「わしはな、小娘」シラスは、初めて老人らしい声で言った。「この頃、夜中に目が覚めるたび、同じことを考える。わしらが四百年守ってきたのは、火なのか。それとも──火の形をした、誓いのほうなのか」
答えは、出なかった。その夜は。
宿舎への廊下で、カヤは一度だけ振り返った。老人の部屋の灯りは、まだ点いていた。四十年番人をやってきた人が、夜中に目を覚まして考え続けている問いを、自分はたった数日で預けられ始めている。手帖より、よほど重いものを渡され始めている気がした。




