第56話 五十日
その夜、報せが御城を駆けた。
御竜の仔が、生まれた。
鐘が鳴り、回廊に灯が増え、遠く城下からも歓声が湧いた。四百年の火の次の宿主の誕生は、国の慶事だ。だがカヤの耳は、歓声の中で、別のものを探していた。産屋のほうから聞こえる、仔竜の初めての鳴き声。細く、高く、きゅう、と。健やかな声だった。声だけは。
牡の仔竜。名は、朝の光にちなんで、アサヒと付けられた。四百年の火の、十代目になる仔だった。
御番医たちは直ちに集まり、儀の日取りを定めた。
「分け火の儀は、生後五十日目とする」
筆頭の宣言に、誰も異を唱えなかった。分け火の期限は生後ふた月──六十日。五十日目は、古式に定められた日取りであり、十日の余裕を残す計算でもあった。
カヤは、廊下でシラスに訊いた。
「五十日で、足りますか」
「足りる。仔は健やかだ」シラスは杖を突き直した。「案じるべきは、仔ではない」
「ミカゲ様の、火」
「口が早いの」老人は笑わなかった。「儀は、親が仔に火を吹き込む。吹き込む力が要る。八十の老竜の、殖えの鈍った火に、その力が残っとるかどうか──それを見極めるのが、わしとおぬしの仕事だ」
「もし、足りなかったら」
「控えがある」シラスは、堂の奥の壇を指した。白絹に包まれた小壺が、三つ並んでいた。「儀の前に、ミカゲ様の株を採り分けておく。万一、当日に親竜が倒れたときは、あの壺の株で仔に火を入れる。四百年、一度も使われたことのない備えだ」
三つの小壺。
カヤは、それを見た。あとから思えば、もっとよく見ておくべきだった。




